2013年8月21日~23日の3日間にわたり、パシフィコ横浜にてゲーム開発者向けカンファレンス「CEDEC 2013」が開催された。ここでは、DeNAのUXデザイナー 山口隆広氏による講演「ソーシャルゲームの開発現場でUXについて思いっきりあがいてみた1年間の話」の内容をお届けする。
本講演は、ソーシャルゲームの開発現場において、山口氏がUXデザイナーとしてどうやって関わり、その経験をプロダクトにどう活かしたのかについて語られた。
山口氏について
山口氏は2010年8月に企画職としてDeNAに入社。「農園ホッコリーナ」という女性向けのソーシャルゲームを担当し、モバゲー女性ランキング1位に導いた。
その経験を経て、現在はDeNAの特殊任務班SWATのUXデザイナーとして、ソーシャルゲームを含めた自社モバイルサービスのUX設計/開発/評価サイクルの推進を担当している。
「UX」・「UI」とは
この講演のテーマである「UX」について説明する前に、まず「UI」について触れることにする。
「UI」とは「ユーザーインタフェース」の略称である。これはユーザーがある製品を使う時の「画面表示」など、ユーザーが目にし、操作するものについてを指す。ユーザーは「UI」を通じてその製品を操作するのだ。
そして、「UX」とは「User Experience(ユーザーエクスペリエンス)」の略称で、直訳すると「ユーザー体験」となる。この「体験」とは、ユーザーがある製品を使ったときに経験する「楽しさ・心地よさ・使いやすさ」といった満足感のことを指す。
ユーザーは「UI」を通して製品を操作する。そして、その結果得られる満足感のことを「UX」と呼ぶのだ。ゲームで言うならば、ゲーム画面(UI)を操作し、ユーザーが感じる「使いやすさ」というポジティブな体験が「UX」といえる。
ソーシャルゲームにおけるUXデザイナーの領域
「UXデザイナーの仕事はUIを作ることだけじゃない」と山口氏は語る。ユーザーが満足のいくソーシャルゲームを制作するにはただ単に分かりやすい「ゲーム画面」を作るだけにはとどまらない。「ゲームの面白さ」や「使っていて気持ちいいか」といったことまでデザインする必要がある。
したがって、「UXデザイナー」の仕事は、わかりやすいインターフェースを設計する「デザイナー」、面白いゲームを作る「プランナー」、ユーザーがそのゲームのどこを面白いと感じ、どの部分に不満を抱くかを分析する「アナリスト」といった領域にまでわたるという。
ゲームを作るとき…
プランナーの場合
ターゲットが「30代男性」ならば、プランナーはその「30代男性」が面白いと思うことを突き詰めて考え、「絶対にこれは面白い!」と思えるものを作るという。
UXデザイナーの場合
一方UXデザイナーの場合、「30代男性」の中でもそのゲームを楽しむであろうユーザーの「シナリオ仮説」を立て、ヒアリング調査等を行って検証を行う。それは、自分たちが思う「面白さ」とユーザーが感じている「面白さ」の「ギャップを埋める」作業であるという。
しかし、それは間違っても「ユーザに面白いものを直接聞けばいい」とユーザーにすべての答えを求めることではない。それはとても手っとり早い作業のように思えるが、ここで注意しなければならないことは「ユーザーは自分の欲しているものに瞬時に気づけない」という点だ。
たとえば、ユーザーに「『○○』が無料だったら欲しいですか?」と直接訊ねたとする。ユーザーは「欲しい」と答える。しかし、それは実際には「(無料なら)欲しい」という意味で、蓋を開けてみれば実際は「○○」という対象自体は本当に欲しいわけではないかもしれない。ユーザーにストレートに答えを求めてしまうと、こういったすれ違いが起こりがちだという。
「ユーザーの言いなり」になってばかりでは、いいものは作れないということだ。
UXデザイナーには、よりよいゲームをデザインするために、手段としてこういったユーザ分析の仕事も領域に含まれるという。
「それならば、プランナーの仕事も一緒にやったらいいじゃないか?」という疑問が頭をもたげるが、山口氏いわく、そうではないという。ひとりでビジネス責任とプロダクト責任を両立すると中途半端になってしまいがちになる。なので、責任を分けそれぞれの立場のもと最善の策を出すのが望ましいのだという。
誤解されるUXデザイン
UXデザイナーの仕事は「UXデザインを導入すること」ではない。もっと言うと、「UXデザインを導入すること」が目的になってはいけない。UXが変わったからといってゲームがバカ売れするというようなことはなく、また、ものすごくいいUXを作ったからといって「それだけ」のゲームであれば結局ユーザーはついてこないからだ。
「UXを変えることで、救えるものがあれば、それから救って事例を作る」というのが山口氏の考えだ。
では、どの部分で真価を発揮するのがUXデザイナーなのか?山口氏はプロダクトの「低迷期」こそがUXデザイナーの価値を出せる時期だという。
ゲームを出した直後の「成長期」は、その企画者の熱意のほうが勝るので、UXデザイナーの出番はそんなにない。「UXがどうの」という話は出る幕ではないのだ。しかし、「安定期」に入り、「次の手」を打つ必要がある時期には、それは何なのか、客観視して出番に備えておく必要があるという。
だんだんと売り上げが落ちてきたりなど、ゲームが「低迷期」に入ると、運営側は混乱する。「打てる手は全て打たねばならないが、まず、何からやるべきか…」ここで、今までずっとそのゲームについて分析を行ってきた「UXデザイナー」の出番である。
ユーザーの求めているものと、今提供しているものとの「ギャップを埋める」作業に入るのだ。
仮説・調査・立正によるリサーチ
UXデザイナーはまず、「運営側が想定している面白さ」がちゃんとユーザーに思ったとおりに伝わっているかを定性調査※で聞いてみる。これは、あくまで「仮説を検証するための手段」であり、ユーザーに「正解を聞くための手段」ではない。前述したとおり、「ユーザーの言いなり」になるのではなく、聞いたうえで両者の感じる「面白さ」にギャップがあれば埋め、ギャップがなければ自信を持って次の施策を探す手段なのだ。
※定性調査…対象者から発せられる生の言葉や行動、あるいは観察者が見たままの状態や印象など、ことばや文章あるいは写真といった数値化できないデータの収集を目的とした調査で、比較的少ないサンプルで実施される
定性調査をするにあたり、山口氏は以下のような事前準備が必要だという。
- これを経て何を知りたいのかを決める
- プレイしていただく場合、どんなタスクをお願いするのかを決める
- どんなことが起こりそうかを予測し、事前に質問を準備しておく
このとき、できる限り回答を予想して調査に臨み、その上で予想外の答えが返ってきた場合、自分の仮説と何が異なっていたかを堀り下げて考えることが重要とのこと。
調査の要「プラグマティックペルソナシート」
山口氏は「設計なき調査は悪だ」と述べた。営業アポイントと同様で、準備なしに顧客を来訪しても、結局なにも引き出せず何も話せず、全く意味のない時間を使うことになってしまうからだ。
そのために、山口氏は「プラグマティックペルソナシート」というものを作成している。例えば「ユーザー像」を想定し、「このひとはどんな人なのか?」ということをザックリとまとめていく。
その中でも大事なのは「Main Activity」「Chance」「Goals」「Pains」である。
それぞれ以下のようなものとなっている。
- Main Activity…日頃そのゲームで何をメインにやっているのか
- Chance…ゲーム内でどんなことが起こるとその人は嬉しいのか
- Goals…何をもって達成感を感じるのか・何を目的にしてゲームをやっているのか
- Pains…ゲーム内でどんなことが起こるとその人は「イヤだ」と感じるのか
これらのユーザーのニーズに、「運営として達成したいゴール」をプラスし、「ユーザー・運営両方の希望がかなえられる価値(Provided Value)」を導き出す。ここで重要なことは、「どちらかの都合だけを書くということは絶対にしない」ことだ。
より説得力のあるデータを取るために
「その調査結果は一部の意見でしょ?」
「定性調査をし、それを上部の“エライ人”に持っていった時、こう言われてしまうことがある」と山口氏は語る。
定性分析
そこで登場するのが「ニールセンの定性分析」だ。ニールセンによると、ユーザーテストでは、5人の被験者でユーザビリティ問題の85%を発見できることが明らかになっている。つまりは「ユーザビリティを向上させるには、何十人も一度にテストするよりも、5人程度の小規模なユーザーテストを繰り返した方が効果がある」という理論だ。
定量分析
山口氏は前述した定性分析や、Google AnalyticsやAdobe Marketing Cloudを使った定量分析※を併用することにより、より説得力のある裏付けを用意したという。
※定量分析…収集されたデータを数値化することを想定した上で設計された調査。数値データとしての信頼性を確保するためには、比較的多くのサンプル数が必要となる。データが数値化されているため、誰でも理解しやすく、時系列での比較や多変量解析といった統計的なデータ処理にも適している
Google Analyticsなどの定量分析を駆使することで役立つのはウェブサイトにおいてのみではない。例えばアプリにおいて「あまり押されていないボタン」があるとして、「このボタンわかりづらい」「この機能、多分いらないと思う」などといった根拠のない理由でやみくもにデザインを変えるよりも、
- アクセス数はそもそもあるのか
- 新規ユーザー/既存ユーザーでの差はあるのか
- 直前にどのページを見ているのか
- そのボタンは繰り返し使うものか、イベントの時期など一度しか使わないものか
などといった要因をツールを使って多角的に分析し、最善の策を導き出すことができる。
UIの評価の理解を得る
狙ったことが狙った通りの結果になったのか?
何が効果があって、何が想定通りだったのか?
上記のようなことを定性的な反応と定量的なアクションをもとに判断していくことで、UIの評価は理解を得られる。
UIとは衛生要因
また、山口氏は「UIとは衛生要因だ」と続けた。衛生要因とは「それをきっかけでは選ばないが、それが悪いことがきっかけで嫌いになる可能性がある要因」である。
それは、ゲームで言うと「UIが良いことがきっかけでゲームを始めようという気にはならないが、UIが悪いことがきっかけでゲームを嫌いになる可能性がある」ということだ。
ここで「UI」の重要さを痛感させられる。もっといいUIについて研究し、伸ばしていこうと考えることだろう。しかし、ここで問題なのは「評価できないものは伸ばせない」ということだ。つまり、「それは本当にいいUIなのかどうか?」がわからなければ、UIのどこを改善すればいいかがわからず、次に活かせないのだ。
というわけで、話は「UIをどう評価するか」に移る。
ソーシャルゲームにおける4つの評価軸
UIをきちんと評価するには評価軸が必要となってくる。
ソーシャルゲームにおいては下記の4つが挙げられるという。
- ユーザの期待に応える(まよわない)
- 存在を意識させない(ストレスがない)
- ルールが統一されており、予想できる
- ユーザーの使用シーンを想定している
上記の軸は、下記のようにすべて「ゲームなんだから」を前提としている。
「ゲームなんだから 説明なんて読みたくない」
「ゲームなんだから 直感的に理解したい」
「ゲームなんだから 外でも当然遊びたい」
たしかに、「長ったらしい説明を最初に読まなければならない」「あるはずのところにメニューが見つからない」「選択肢のボタンの色がバラバラ」「せっかく面白いのに外で遊びづらい」などといったことをされては、ユーザーの気持ちは離れてしまうかもしれない。
だいじな「慣れ」
ここまでUIの大切さについてを語ってきたが、ただやみくもにUIの変えるのは避けた方がいいと山口氏は語る。たとえば、流行りに乗じてリッチなUIを導入したとする。しかし、その変化はユーザーにとっては重要だった「慣れ」を手放さなければならない事態であるかもしれないのだ。
たしかに変化に「違和感」はつきものだ。誰でも最初は初めてのものには戸惑う。だが、ガラッと一気にUIを変えてしまうことにより、ユーザーは「せっかく慣れてきたのに」と不満に思ってしまうこともあり得るのだ。
このことから、UIについて世間的に注目されつつある中でも、変更する際には「今と比べて変化が激しすぎないか」「ユーザーの慣れと天秤にかけてもなお新UIのほうが使いやすいのか」など、ユーザーへの配慮を忘れないことが重要となってくる。
「一般的には古かったり普通だったりするものでも、ユーザーにとって不幸ならやめるべき」と山口氏は語った。
「慣れ」をどう調査するのか
山口氏はこのユーザーの「慣れ」を調査するために「チェックシートレビュー」を使うという。ゲームを操作してもらった時の使いやすさについて、5段階の評価を設け調査するというものだ。
ABテストではかるもの
AのボタンとBのボタン、どちらのほうがより押される確率が高いのか?などを検証するために行うのがこの「ABテスト」である。
ABテストでよく陥りがちなのは、「AのボタンのほうがBより押された」という事象だけを見て因果関係を全く理解しないことだと山口氏は言う。本当にABテストで確かめなければならないのは、その結果に至るまでのユーザ仮説なのだ。
「新規ユーザーはこの画面において、バナーならクリックするけどボタンの場合は押さない」など、想定通りにユーザーが動いてくれているかのチェックをすることが大事である。
しかし、ABテストは突き詰めていくと「全パターンの検証」を行いたくなったりする。例えば全10パターンの検証をするためには10個のバナーなどを作る必要があるとする。その場合、10個分のバナー制作の労力と得られる結果の価値を秤にかけ、時には「ABテストよりはもっと別のことに工数を使ったほうがいいのでは」など客観的な判断をすることも必要になってくるという。
UXデザインのポイント
山口氏はここでデザイン全般に共通する「デザイナーあるある」の話も紹介した。
情報設計だけで議論する
ソーシャルゲームのデザインフローで最初にやりがちな誤りとしては、「情報設計がおろそかになる」ことだ。具体的には、基本的な「ゲーム骨子」や「ユーザーストーリー」といったものが曖昧なままいきなり豪華なワイヤーフレーム※を組んでしまうと、その結果装飾的なデザインのみに目がいきがちで肝心の「情報デザイン」がおろそかになってしまう、というものだ。
※ワイヤーフレーム…大まかなコンテンツやレイアウトを示した構成図。主にレイアウトの確認、メニュー構成の確認、要素の強弱の確認などを目的に作成する
ここでの問題点は、グラフィックツールをワイヤーフレーム制作に使ってしまうと、いくらでも作り込めてしまうことにあるという。たしかに、デザイナーであれば制作している最中にどんどん凝りだして、気付けば(装飾的にのみ)デザインされた豪華なワイヤーフレームが出来上がっているというのは往々にしてある話だ。
これを防ぐため、山口氏はワイヤーフレーム作成には「Cacoo」というオンラインサービスを使っているという。
この「Cacoo」というサービスはWeb上で描画ツールを使って簡単に図の制作ができるというものである。このサービスの特徴はオンライン上で作業を行うため、「公開」や「共同編集」といった他者への共有も手軽にできることだ。
Cacoo
https://cacoo.com/lang/ja/
しかし、山口氏の見出した利点はもうひとつあり、「Cacoo」の良いところは「作り込めない」ところだと語った。グラフィックを制作するツールとあえて分けておくことにより、作り込めないツールを使えば必然的に文字と図形のみのシンプルなワイヤーフレームが出来上がる。余計な装飾的要素を省くことで存分に「情報」についての議論を交わすことができるのだ。
その結果、豪華なGUIを作ってしまったあとでの大幅なデザイン変更などといった手戻りを防ぐこともできる。
UXデザイナーにできること
最後に、山口氏はUXデザイナーとは以下のような人物であると語った。
- 誰よりもユーザのほうを向いたサービス設計の推進と仕組み作りができる
- ゲームデザインやものづくりにチームの時間が取られる中でユーザに喜ばれる観点を死守していく
また、山口氏はUXデザイナーの仕事について、下記の言葉で締めくくった。
- すべては仮説ありき
- 設計したなら評価をする
- サービスと同様に、一緒に働く仲間の心も動かす
また、山口氏のスライドは以下となっている。こちらもぜひチェックしてもらいたい。
CEDEC2013 ソーシャルゲームの開発現場でUXについて思いっきりあがいてみた1年間の話 from Yamaguchi Takahiro