ソニー・コンピュータエンタテインメントは1月16日、東京ビックサイトにて開催された「インターネプコン ジャパン 専門技術セミナー」内にて、PlayStation 4(PS4)の冷却設計に関するセミナーを実施した。
本セミナーには、PS3やPSXなどPS2以降全ての据え置き機の開発に関わってきた、ソニー・コンピュータエンタテインメント 第1事業部 設計部 5課 課長の鳳 康宏氏が登壇。PS4における冷却設計について、PS2/PS3との性能比較や設計思想の違いを含めて解説を行った。
鳳氏はまず前置きとして、プレイステーションはマイナーチェンジごとに型番を付けており、各プラットフォームの一番最初のモデルが「A」となると説明。本体の外観などが大きく変わらずとも、中身が少しでも変われば「B」「C」「D」とチェンジしていくのだという。
最初に解説されたのは、PS2のバージョンA。この当時から電源は本体に内蔵されているのだが、これはPS2程の消費電力になるとACアダプタにファンを付けなければならず、そのACアダプタが置かれるのも、埃が多い場所になりがちということが要因だ。
また、ACアダプタと本体を繋ぐケーブルに大きな電流が流れるため、ケーブルはどうしても太くなってしまい、取り回しが大変になり、値段も高くなってしまう。こうした理由があるため、消費電力が相当下がらないことには電源は内蔵されている。外付けの電源アダプタが採用されたケースもあり、PS2が薄型になったバージョンKでは、初めて電源アダプタが外付けになっている。
続いてはPS3の設計について。バージョンAの頃はφ(直径)140mmの大型ファンをはじめ、ヒートシンクも大きく、下半分が冷却系で構成されているなど、コンシューマ機とは思えないような設計になっている。後半で各モデルごとの性能比較も行われたのだが、そこに向けての目安として、このバージョンAは全てを注ぎ込み、とにかく冷やすことに重点が置かれた“圧巻のA”と称された。
大幅なフルモデルチェンジにより小型化したバージョンGでは、「小型化・高密度化」をテーマに開発が進められたという。これは小型化することで内部の空気抵抗が増え、流れる空気が少なれば音も減るだろう、という目的があってのことだ。そのため、高性能なヒートシンクを使い、いかに少ない空気で冷やすかを念頭に置いて設計されている。このモデルのキャッチコピーは“凝縮のG”だ。
C~Fモデルで削減・削除されたヒートパイプがこのモデルで復活したり、冷却系のセットにギリギリ収まる大きさのファンを使ったりと、さまざまな試行錯誤が行われている。
そして現行のPS3となるバージョンNでは、Gのモデルから一転、空気抵抗の低減がテーマになっている。Nモデルではファンから発生する空気の流れ、エアフローが非常に重要なポイントで、巻貝や台風など、自然界にある対数螺旋という形状が採用されている。あえてファンを形象化したことで、Gモデルの1.5倍以上もの空気流量を確保できたとのこと。鳳氏は「Nから始まる言葉がなかなか思いつかなかったのですが」と言いつつ、このバージョンNを“流麗のN”とした。
ここからは、いよいよPS4の冷却設計に入る。すでに公開されている基本スペックだが、この中で特筆すべきは、消費電力の最大が250Wになっていること。規格上、250Wを超えてしまうと初期型PS3のような3芯タイプの電源プラグを要求されることになり、小型化に際して不利になってしまう。そのため、電源回路の設計者などにも掛け合い、非常に高効率な電源回路を搭載することで、なんとか250W内に収めることができたという。
さて、内部構造だが、基本的な配置はPS3のG/Nモデルを踏襲したものとなっている。基盤と冷却系をセットにしたコアユニットは2枚のシールド板でサンドイッチしたような作りになっており、これがセンターフレームに入っている。PS4は、本体をぐるっと一周するように溝が存在し、溝の上面と下面に吸気口が並んでいる。排気口はリア部分に設けられており、コネクタ部分以外は全て排気口という作りだ。
エアフローはPS3のNモデルをベースにしつつも、これまでのノウハウがつぎ込まれている。フロントとサイドから吸い込まれた空気は、片方はファンに向かいヒートシンクと電源を冷やし、もう一方は別経路をたどって基盤を冷やしつつ、ファンに吸い込まれた後は同じようにヒートシンクと電源を冷やしていく。
ファンから後、下の概念図で赤く囲まれた正圧(大気圧よりも気圧の高い)エリアをしっかりと密閉することが冷却設計において重要なファクターとなるようで、正圧と負圧の境目は仕切り部材で覆われている。これが不完全だと、正圧から負圧側に温かい空気が流れてしまい、冷却効率が低下してしまうのだという。
特に排気口の周りは一番圧力が高く温度も高いため、PS3のAモデルではロの字型に覆っているのだが、仕切り部材の低減や、外観部品にルーバーをなくすことでの生産性向上を図るため、Gモデル以降ではファンとヒートシンクと電源をひとつのユニットにしていることがポイント。ここはPS4でも踏襲されており、ダクトカバーはメインフレームの一部として形成されている。
冷却の順序も、PS3のAモデルでは筐体表面とファンの間に電源が置かれていたが、Gモデル以降はヒートシンクよりも下流側に変更されている。ファンの前は空気の温度そのものは低いが、流量が少なく流速も遅いという特徴があり、逆にファンの後は各部を冷やして空気の温度が上がっているものの、流量が多く流速も早い。ファンが発生した空気は全てここを通るため、トータルではファンの後に電源を持ってきた方が良く冷えるというのだ。
この後は、「一般論に近いですが」と前置きしつつも、ファンの選定方法についても触れられた。ファンは主に「クロスフロー式」「軸流式」「遠心式」「機械式コンプレッサー」の4種類があり、流量と発生できる圧力の指標で性能が決まる。
下の図は、それらをグラフにマッピングしたもの。PS2のAモデルでは扇風機のように回ると空気が流れる軸流式が、PS3以降は遠心力によって空気を押し出す遠心式が採用されていることも紹介された。
PS4のファンは、インベラと呼ばれる部分にも細かいノウハウがつぎ込まれている。大きなファンを搭載すると騒音が大きくなってしまうが、ファンを小さくすると当然ながら流量が減ってしまう。そこで、ファンの上からも下からも空気を吸えるよう、少しだけ台形にすることで空気の向きをコントロールし、騒音を減らしつつ流量を増やしているのだ。羽の一枚一枚もPS4に最適化した形を模索するなど、技術の粋が結集している。
なお、ファンのモーターはこれまで単相モーターと呼ばれるものが使用されていたが、PS4で初めて三相モーターという、単相モーターと比べると振動と消費電力が下がるものが採用されている。その分、部品の値段は高価になってしまうようだが、非常に回転数が少ないときに発生する“チチチチチ”という電磁音の低減にも一役買っている。
ファンの形状やモーターだけでなく、回転数の制御にも力が入っている。PS2/PS3では階段制御を採用しており、センサーの温度が一定以上になるとシフトアップして回転数が上がり、さらに上の一定温度になると再度シフトアップ…という流れを繰り返し、トップギアでも温度が上がり続けるとオートシャットダウンが発生する。
この制御方法の問題は、シフトアップと同じラインでシフトダウンの制御をしてしまうと、ファンの回転数が上がったり下がったりを頻繁に繰り返し、非常に耳障りになってしまう。そのため、シフトダウンの基準値は少しずらされているのだが、そうすると今度は、一度シフトアップするとなかなか戻ってこないという問題がある。
それを解決するため、PS4ではPID制御と呼ばれるものが初めて導入されている。この制御法の場合は、基本的に制御目標に達するまで制御が介入せず、メニュー画面からゲーム開始などで負荷が上がるなどして、温度が制御目標に達することでファンの回転数が上がり始める。多くのキャラクターを表示するなどゲーム中でも負荷の高いシーンになると、さらに回転数が上がる。ポイントはここからで、PID制御の場合は、負荷が下がるとすぐにファンの回転数も下がるようになっているのだ。
温度計測については、CPUの中にあるセンサーでジャンクション温度を測定しており(PS4の場合はCPUとGPUを統合したAPUを採用しているため、APUのジャンクション温度となるが)、PS4もここは変わらない。
ただ、PS4では電源ユニットを通過した後の空気のほんの一部をメイン基盤上の温度センサーに導くことで、排気温度の測定も行っている。この排気温度とAPUのジャンクション温度のうち、厳しい値を採用してファンの回転数を制御している。これにより、電源の温度や筐体の表面温度を精密にコントロールできるようになったという。
セミナーが終盤に差し掛かると、モデル別の性能比較も行われた。PS4は体積当たりの熱処理能力は“濃縮のG”よりも高く、換気量も“流麗のN”と並ぶ。吸い込んだ空気にどれだけ熱を乗せて排出したかの熱交換率については、これに特化して設計されたPS3のNモデルには及ばないが、Gモデルとの中間に位置し、両モデルのいいとこどりになっている。
デザイン上、あまり吸排気口が見られない印象もあるPS4だが、実はPS3のG、Nモデルから順当に進化しており、特に吸気の面で改善が施されている。空気抵抗も、PS3のNモデルよりもさらに少しだけ下がっている。
騒音値やファンの消費電力については単相モーターと三相モーターの違いがあるため、 比較対象となるかに疑問は残るが、単純に数値が良くなっているのはユーザーにとっていいことだ。 |
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実際のコストは非公開ながら、1ドルあたりの熱処理能力も公開に。 |
最後に鳳氏は、美しい機械を作るためには、“理に適い、基本に忠実な設計”が重要だと、自身が持つ設計理念についても語った。社内で「独創的ですね」「すごいアイディアだ」と言われることがあるようだが、実際には高校や大学の教科書に載っているような基礎を丁寧に積み上げているだけで、プレイステーションの設計には魔法のような最新技術は使っていないのだという。そして“どこまでやったか”がライバルとの差になるというのだ。
もうひとつの理念として、技術のみを追求することも挙げられた。「カッコよくしてやろう!」といったことを考えると、得てして性能が落ちてしまう可能性がある。そのため、技術や自分が作った部品に誠実であることが、信頼を得る唯一の手法だと考えているようだ。
また、F1で「早いマシンは美しい」と言われることを例に出した。美しいマシンが必ずしも早いわけではないが、早いマシンであることだけを追求すれば、そのマシンは必然的に美しくなる。言ってしまえば“機能美”であり、鳳氏は「機能美は技術追求の結果としてしか現れないと自分自身に言い聞かせ、日々設計の仕事をしています」と締めくくった。
※メーカー発表情報を基に掲載しています。掲載画像には、開発中のものが含まれている場合があります。
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