2016年8月24日開催の「CEDEC 2016」にて行われたセッション「夢の印税生活!?ゲーム開発者が本を出版するためのノウハウ」をレポート。
目次
CEDEC 2016開催初日のセッションよりレポートしていくのは、昨年のCEDEC 2015で行われた「ゲームクリエイターのための出版入門(本セッションの模様はコチラの記事)」の外伝にあたる講演だ。
ここでは前回の講演を聞き、その時の登壇者(編集者)にコンタクトを取り、実際に書籍「ゲームクリエイターの仕事 イマドキのゲーム制作現場を大解剖!」の執筆を行ってきたヤフー PSC 事業戦略室 エグゼクティブプロデューサー・蛭田健司氏より、執筆から出版までのノウハウが語られた。冒頭で「本を出すのはめちゃくちゃ大変でした」と語った蛭田氏のこれまでをさかのぼっていこう。
提案全ボツの衝撃!企画を通すためのコツ
本を出すためには、まず出版社にアプローチをし、本の題材となる企画を通さなければならない。蛭田氏はこれまでにいろいろなキャリアを積み重ねてきたことを自負しており、それらの経験をいくつかの題材とし、編集者に企画案として相談したようだが……
×新規事業の立ち上げ経験:「情報ニーズはあるが、読者ニーズが少ない」
×北米での会社責任者経験:「読み物の切り口としては面白そう」
×人材育成経験:「有益ではあるがパッとしない」
×世界で注目されるゲーム作りの経験:「ゲーム課金本の中の1章としてはアリ」
×250件以上の人材採用経験:「学生向けのクリエイターになる本の1章としてはアリ」
これらがすべてボツになった。キャリア自体は興味深いものだが、“対象読者を踏まえて本にするのは難しい題材”であるというのだ。そして、その後に採用された企画がこちら。
企画:ゲームクリエイターの仕事
内容:業界の基礎知識、プロセスやプロジェクトの立ち上げ、職業間の分業
需要:将来、ゲームクリエイターになりたいという人に向けて
最終的には上述したネタを全般的に取り扱い、網羅的に取りまとめた本に決定した。この企画の採用ポイントは「業界内外の多くの人に役に立つ内容」であったこと。企画を通すためのポイントは古今東西さまざまにあるが、それだけで企画が通るわけではないのが世の常か。
本の内容に関して氏は「(ゲーム業界に)入る前にこの本の内容が理解できていたら、その後がすごく楽だったはずです」とコメントしている。同時に、筆者として何が書けるのかよりも、”多くの読者にどう役に立つ本なのか”を考えることが重要であったと口にした。
編集者との上手なコミュニケーション法
蛭田氏は当初、「本作りは筆者と編集者が中心となって進めていくもの」というイメージを持っていたらしいが、実情は「編集者が筆者も、デザイナーも、イラストレーターも、校正者もすべて統括する」という構図であったらしい。そして氏は「編集者の権限が大きいことを理解しつつ、編集者を業界のプロと見込み、尊重することが大切です」と受講者たちに告げた。
もちろん、氏も筆者として企画案をはじめ、書籍の価格やイラスト、本の仕掛け(本の主人公が章間でレベルアップしたりなどの小ネタ。結局ボツになってしまったらしいが)を積極的に提案していったとのこと。筆者といえど文章を書くだけではなく、本をよくするための方法はさまざまに考えたほうがよいようだ。
また、編集者とのコミュニケーション面においては、編集者とのやり取りを議事録に書き、メールは連絡の用途に分けて管理し、自身から進捗確認を発信するなど、さまざまな工夫を行ってきたこと、そして「編集者はすごく忙しいので、一般的な会社と同様、任せるだけでなく、細かな気配りが大切です」と付け加えた。一緒に仕事をする人を尊重する姿勢を持ちたい。
続いては本を一冊、実際に出版していくまでのスケジュールが紹介される。まずは氏が本の執筆前に想定していたスケジュールだが……
企画:3週間
執筆:16週間
公正:4週間
こうなる。この中でさらに1週間毎に仕事内容を区分けしていたという。そして、下記が実際に進められたスケジュールとなるが……
企画:3週間
執筆:18週間(+2週間)
公正:8週間(+4週間)
この通り、スケジュールの齟齬が発生している。原因には氏の実際の作業のほかに、相手方の編集部側の繁忙によったところもあったらしいが、そこには「自身の想定していなかった、本作りならではのやり取り」があったのだ。では、それらの原因を見てみよう。
タイムマネージメントのコツ
蛭田氏の当時の生活は、会社勤めと執筆作業の同時並行。1日のスケジュールを洗い出してみると、「睡眠」「業務」「食事」「執筆」が必要なタスクだ。氏は当初、会社での業務後に執筆時間をとっていたが、後々それを改めたという。その要因となったのは血糖値であった。
文章の執筆というのは見た目以上の重労働であり、同時に集中力を必要とする。血糖値の観点から下記スケジュールを見てみると、効率の悪い時間帯の作業に繋がっていたと氏は述べた。
そこで、より効率を高めるために、血糖率が最適な朝食後に執筆の時間をとることに変えたのだとか。1日の時間で見てみると、それぞれに使っている時間は変わっていないが、仕事効率が高められる=糖分を活用できる時間帯が増えてみることが見て取れる。
ここで氏が一例として挙げたのは「プロ棋士は試合前、朝夜以外の時間帯に間食を挟んでいます。しかし、プロ棋士にスラっとしている人が多いのは、それだけ集中力(=糖分)を使っているからです」という話。また、「個人的には“プロ棋士ダイエットの本”なんてのも書いてみたいですね」と今後の草案の1つを漏らしていた。
同時に「日常生活の効率化」も大事であった。それは合間の休憩時間であったり、帰宅後の日常作業なども含まれる。会社勤めと並行して執筆をする場合、「我慢をするか」「効率化するか」の2点でしか、時間を捻出することは叶わない。
しかし、長期間にわたって我慢するのは大変なので、ここでは「タスク管理を徹底する」ということが語られた。その方法は日々の情報収集のためのブラウジングにしても、キュレーションなどを活用し、時間を細かく作り出すことが重要とされる。
さらにワンポイントとして、氏は「タスクを忘れないようにするメモ」「タスクの優先順位を一覧化する作業」も大事だとし、資料やツールなども含め、それらをクラウドサービスを用いて一括化するなど、いつでも執筆にアクセスできる環境作りも重要視していたようだ。執筆というものは長丁場である。無理や我慢ではなく、改善と無駄の排除でリズムを作っていくといいのだろう。
書籍ならではの困難さとは
本を作ることは、ゲーム開発とは異なるクリエイティブである。ここで最初に挙げられた困難は「文字数、レイアウトの制限」について。書籍は本全体の情報の濃淡を一定に保つため、書籍ならではの構成として、この文字数およびレイアウトが要求されるが、これはゲームクリエイターが普段の業務であまり意識をすることがない類のものだという。
次は「経験を重ねたことによる難しさ」。これは個人のモチベーションを指しており、氏は「本には網羅的な内容を書く必要がありました。そのため、自身にとっては当たり前のことを書き続ける時間が多くありました」と語る。
業界のベテランというものはジャンルを問わず、“未経験者にとって、何が分からないのかが分からなくなってくる”のが常だ。しかし、それを伝えるための本であるからこそ、自身の積み重ねてきたキャリアが、逆に足を引っ張る結果になってしまったのだろう。
そして、予想外に大変だったことが「図の作成」。これは挿絵として挿入される図を指しているが、ネットからの引用は当然禁止のうえで、「基本図形の組み合わせで作る」「基本的にできるだけ使い回す」という方針が課せられたとのこと。文章はどうにか書き上げたものの、この図を作る作業は予想に反して、ものすごい時間を費やしてしまったとコメントしていた。
加えて「リサーチしていないこと」こととして、自身の経歴で抜けていたサウンド分野に関しては、専門家を紹介してもらい、インタビューを試みたという。そして氏は「未知は恐れなくていいですが、相応の時間は覚悟した方がいいです」と述べた。
「もう書けない!」の乗り越え方
文章を書いていると、何度となく手が止まってしまい、その苦しさに追われることがある。よく分かる。その結果、蛭田氏は徐々に計画のズレが発生してしまい、「(当初)16週間、1日2ページで楽勝」「(3週間後)1日2ページ半で進めれば大丈夫」、6週間後……、9週間後……、「(12週間後)あ゛あ゛あ゛あ゛あ゛あ゛あ゛!!」となってしまったらしい。
これには上述した構成やレイアウトなど、初経験の作業にぶち当たった結果、それらが影響し、徐々にスケジュールのズレが発生してしまったのだと氏は語った。本業ではベテランでも、本を書くことは新人である。それをあらかじめ自覚しておかなければ、こういった問題は避けられないということだ。まあ、納期の恐怖については、大体の人が共感できるだろうが。
そして、本の執筆の未経験者にとって最も重要なこととして、「書けるところから書く」ということが告げられた。
氏は普段の業務では、「一番大変なことから取り掛かる」ことが重要だとしており、下記のプログラム処理の図のように、最も大きなバグからとりかからなければ、それに紐づくバグの存在も明らかにできないと考えていた。ときには「前バージョンではバグが10個、現バージョンではバグが1個になった。ゲームが起動しないバグだ」なんて、プログラマーならではのブラックジョークも起きえてしまうからこそのやり方だ。
しかし、本の執筆は逆であったという。進捗0%の状況で一番難しいところに取り掛かると、未経験者にとっては、先行きの見えない作業に精神的負担がかかってしまうようなのだ。そのため、「書けるところから書く」ことが重要だと氏は言った。これは担当の編集者からも最初に言われたというので、今後文筆作業の予定がある人は、頭の片隅に覚えておこう。
また、実際に文章を書き進めていけば、その分だけ経験が積み重なっていくので、一番語りたい、一番書きたい部分は最後に残すのがいいという。そこが「最初に書ける部分」である場合は論に即して書いていいと思われるが、要は「当初の計画にこだわり過ぎない姿勢」で自由に書くのがいいのだろう。スケジュールは守りつつだが。
校正時の心構え
執筆がひと段落し、「やっと終わった―」と思ってしまってはいけない。実際の書籍には「校正作業」があり、書いた文章を編集者に見てもらい、誤字脱字などを細部までチェックしてもらい、世に出しても問題ないといえる完成品まで文章を磨く必要があるのだ。
蛭田氏の場合は、書いた文章を提出すると、pdfファイルが送られ、そこに文章へのコメントや修正が書かれていたとのこと。この校正作業のフォーマットは会社ごとに違うというが、私としても「wordで修正」「メールで要点のみ返答」「修正というか削除」「もはや書き直し」等々、メディアの人間として多数経験しているので、氏の言うことは確かである。
また、校正作業では注意しなければならない点がいくつかある。まず、相手が校正・更新した部分に抜け漏れがないよう、しっかりと確認しなければいけないことだ。修正個所を残したまま、再度校正を送ってしまうと、校正を行う担当者にとっては二度手間となってしまう。しっかり気を付けよう。……気を付けます。
また、あまり起こしてしまいたくないことだが、修正点のみをサーッと眺め、その部分だけをチョチョっとコピペしているだけだと、反映しきれていない箇所や、送り仮名を残してしまうケース(「続ける」→「続けた」にコピペ修正→「続けたる」になってた……)などもあるので、修正後にもしっかりと見返すことは重要だ。
蛭田市は校正が終わるまで、「校正を送る→校正が戻る」を計4往復した。そこで学んだのは「直してもらうのではなく、自分で直す意識を持つこと」だという。それは文章のみならず、デザインにしてもそうだし、特に専門知識が必要な部分に関しては“編集者がその専門分野に精通していない”こともありうるので、用語や用法は自身でしっかりと調べた後、記述する意識を持たねばならない。
また、ときには前進だけでなく、編集者やデザイナーによる修正内容自体が間違っていたことで、記述を元に戻すケースも起こりうる。文章量が多い際は、校正ごとのファイルを個別に管理しておくなどもいいだろう。
さらに、用語統一の難しさにも直面したと語る。これは「ユーザー」「プレイヤー」「お客様」などが文章内に混在していると読みづらくなってしまうためだ。ただし、それぞれの言葉のニュアンスが微妙に異なることもあるので、使い方も考えねばならない。上記にしても――
ユーザー:利用者と同時に需要者である対象者
プレイヤー:実際にサービスを利用している対象者
お客様:会社→ユーザーはいいが、メディア→ユーザーの際は違和感
実はこの記事にしても、こういうところも頑張っているんです。
そして最後は時間との戦いだ。結局、校正は複数人での作業なので、筆者が手隙でも、編集者も手隙だとは限らない。ゲーム業界でいえば、校正を送る→ゲーム会社→ゲーム版権元→版権の原作者と、作品によってはたらい回し、そこから逆順で各修正が入ることもある。こうなると伝達ロスが増大するため、「校正が1日で返ってくる」なんて迷信でしかなくなる。
これに関して氏は、「校正が戻ってきたら、できるだけ最速で修正し、それを送るよう心掛けた」とのことだ。この部分はスケジュールが最も崩れやすい作業なので、注意しておこう。
実際どれだけ売れるの?儲かるの?
蛭田氏の今回の収入・印税については、出版社との取り決めによって開示NGとなったため、前年の資料を用いて説明が行われた。詳しくは前回講演で確認してもらいたいが、印税収入に関しては「増刷で稼ぐ」「2年に1回新刊、3年に1冊改定」を基本スパンとし、相応の売り上げを出せると、誰もが憧れる“夢の印税生活”の足掛かりに繋がる。
しかし、氏に関しては今回の案件を時給換算したところ、最低賃金を下回る結果になってしまったとか……。しかし、氏は今回の書籍出版では、誰かの役に立つ、貢献することが大切であったと語り、その気持ちにも偽りがなさそうであった。
プロモーション
本の発売後はプロモーション活動のターム。ここで「売れるといいなー」の姿勢で待つのではなく、「しっかり人に届ける!」ことを目的としておかなければ、現代のコンテンツ大量生産時代の波に乗ることは叶わなくなるだろう。
蛭田氏はこれまで、メディアや学校へサンプルとして本を贈呈する「献本」に努めたほか、各種メディアでのインタビュー、イベントでの講演を行ってきた。特に献本については「クリックポスト(日本郵便)」を用いて作業したとのことだが、これが非常に効率的であったというので、気になる人は調べてみては? こういう部分での効率化も重要なのだ。
また、プロモーション活動といっても、結局は知人を頼ることが多かったと語る。確かに、「友達になってください! 本出るから宣伝してください!」と言える日本人は少ないことだろう。氏は「人と人との繋がりは一朝一夕ではない」とし、常日頃から人の縁を大切にしておいた方がいいと述べていた。
本を出すと、何が変わる?
蛭田氏は本の出版後に、教育機関の非常勤講師、イベント総合プロデューサー、企業アドバイザーと、依頼や打診が急激に増加したという。これは一理に、本のメディア露出だけでなく、「本業と並行しながら、書籍を執筆・出版したという困難を認められた」ことが関係しているとしていた。これが明確な成果に感じられたほど、社会的な信用の向上は目に見えたようだ。
そして氏は、「著者になるべき人」という問いかけを受講者たちに述べた。
その結論は、最初からデキる人ではなく、できなかった人こそが本を書くべきというもの。最初から天才な人には、読者となる対象層に“できなかったことが、できるようになったというノウハウ”が伝えられないからだと語る。非常に心強い助言である。
最後に「私にとって出版とは、自分よりも、人のことを考えるということでした」と述べた蛭田氏。行き着くところ、ゲームクリエイターも自分が楽しむために作品を作るのではなく、人に楽しんでもらいたいからゲームを作るのだ。大変な出版だが、それを通し、読者や業界に役に立つ、人の幸せにつながることは、大変さの価値があるとし、講演を締めくくった。