2016年8月24日開催の「CEDEC 2016」にて行われたセッション「MIDI復活ッッ!!レガシーテクノロジーを駆使してインタラクティブ・ミュージックに挑戦せよ!!」レポート。
「ソーシャルゲームのインタラクティブ・ミュージックは、せいぜい数パターンしかアレンジを変えることができない…。そんなふうに考えていた時期が私にもありました。」
このような(公式サイトの)セッションコメントで喧伝されていた本講演は、今や風前の灯火ともなった音源規格の一つ「MIDI(ミディ)」に復活の兆しありと教えてくれる場で、技術の面や、未知の面や、郷愁の面で引かれた受講者たちを多く引きつけていた。
プレゼンターはパオン・ディーピー ゲーム事業部 サウンドディレクター・岡本仁志氏と、ミュージックコンポーザー・平山航介氏の2名。
今回は同社が今冬配信予定の新作スマートフォンゲーム「ワールド・オブ・サマナーズ(通称:ワルサマ)」を題材に、本作に使用されているインタラクティブ・ミュージック(以下:I・M)が紹介されることとなった。従来のI・Mとは異なるという、その制作手法に迫ってみよう。
新作「ワルサマ」で見るインタラクティブ・ミュージック
ワルサマはRTS+MOBA+RPGを組み合わせたゲームで、それぞれのジャンルの特徴が融合されたタイトルだ。ゲームに収録されているI・Mだが、そもそもI・Mとは「ゲーム状況に応じてアレンジが変化していくBGM」のことを指している。端的にいえば、バトルBGMが瀕死時に煽るような曲調に変化するなど、その仕組みをもった曲のことである。
I・Mにおけるアレンジの手法は主に「ピッチやテンポの変化」「BGMのクロスフェード」「各楽器パートの増減」とあり、ワルサマでは後者の2つが採用されている。具体的には12+1パターン変化の「ホーム画面BGM」、12+1パターン変化の「通常バトルBGM」がI・Mに当たる。
クロスフェードの概要は下記の図の通り。各楽器パートの増減に関しては「ゲーム状況が激しくなるとパーカッション追加」「さらに激しくなるとギター追加」「さらにさらに激しくなるともっとギター追加」と、ゲーム状況に応じてプレイヤーの気持ちを盛り上げるほか、“BGM自体にゲーム内状況が付加される”ことも効果の一つといえるだろう。
WwiseとMIDIを使ったI・M制作手法
ここからは実際にI・Mを制作していった手法の説明だが、まず岡本氏はI・Mを作るため、「Wwise」と「MIDI」を導入したことを明らかにした。
まずWwiseだが、これはAudiokineticが提供しているサウンド用ミドルウェアで、通常のゲームエンジンには備わっていないサウンドに関する機能を拡張し、ループやダッキングといった機能に対応できるという。これにより、サウンド制作にかかる労力が大幅に低減したようだ。
具体的な導入事例については下記の図を参照してほしいが、岡本氏からは「Wwiseの実装がなかなか理解されない会社さんについては、プログラマーを巻き込んで、工期短縮に繋がる手段として実装を促すと良いと思います」とワンポイントアドバイスが飛んだ。
壇上では次に「なぜI・Mを選んだのか?」という、もっともな部分の話が進められる。
この背景には「リアルタイムで変化するゲームの状況を表現したい」「コンシューマと張り合えるような本格的なI・Mを作りたい」との思いと、奇しくもワルサマの前の案件でI・Mを取り入れようとしたところ、案件ごとオジャンになってしまい、残されたフィードバック(I・M)を「これワルサマに使えるのでは?」と考えたことで導入したという裏話があった。
その前案件でI・Mが生まれた経緯についても「仕様変化に伴い、ホーム画面に新しいBGMが急遽必要になってしまった」「工数や容量の制限で0から作る余裕がない」と、ギリギリの状況のときに考え出されたというから、まさに現場の知恵というほかない。
また、スマートフォンゲームでI・Mを導入するには、既存のゲームエンジンの対応の可否や、CPUやデータ容量といった問題を解決せねばならない。しかし、ゲームエンジンについてはWwiseを導入することでクリアすることができ、もう一方のCPUやデータ容量に関しては、後述のMIDIを使うことでこちらもクリアできると岡本氏は語った。
ここでMIDIについての紹介だが、人によっては「懐かしい……!」と思ったり、「なんて面倒な……」「もうやりたくない……」と思うかもしれない。知らない人に歯に衣を着せぬ言い方で伝えるのなら、セッション名の通り“過去の遺物”といえる規格だ。
MIDIの正体は「電子楽器同士を接続するために定められた世界共通の規格」で、いわゆる“打ち込み”のための規格といえる。筆者はMIDIについては深く明るく知っているわけではないが、10年以上も前の時代においては“打ち込み界の覇権を握っていた音源”と感じていたほど、ゲーム内外で幅広く扱われていたことを記憶している。
MIDIの基本的な構造は下記の図の通り。シンセサイザーなどの音響機器を操作すると、その音がMIDIデータ(譜面)として出力され、MIDIデータに沿ったデータが音源として再生される。アナログの楽器とは違い、“一枚、システムを噛んでから流される音”と考えてもいい。
また、MIDIデータの時点で音源に多彩なエフェクトをかけることもできるため、ドレミファソラシドなどの音階をそれぞれ用意・加工し、DTM用の音源モジュールとして扱うのも主用途であった。そしてワルサマでは後者の「個別に音を加工・用意する」のがキーとなるようだ。
さて、MIDIを使うことがなぜデータ容量の削減に繋がるのかだが、これは単純なカラクリで、ゲーム内でストリーミング再生用に圧縮音源を記憶するための容量が1MBとすると、オーディオデータ(一つの楽曲を記憶したデータ)を作るのではなく、「ド」「レ」「ミ」「ファ」などと各音階をそれぞれ音源化し、それをMIDIで譜面通りに再生することで、容量が200KBで済む。
1分のオーディオデータ:1MB
1秒の「ド」「レ」「ミ」「ファ」「ソ」「ラ」「シ」「ド」:各25KB=200KB(※単純計算であり、個数およびデータ量はあくまで例)
ゲーム内にストリーミング再生用のオーディオデータを10曲入れたら、単純計算で10MBになる。だが、この「ド」「レ」「ミ」の素材を駆使し、オーディオデータの代わりに、演奏用の譜面としてMIDIデータを入れておけば、結果的にデータ容量は大幅に削減することができる。
この制作手法は昔は当たり前のやり方であったが、ここ10年で記憶媒体の容量が大幅に引き上げられたため、オーディオデータをそのまま収録し、再生することがスタンダードとなった。当然、MIDIは廃れた。それにクリアサウンドが重要視される時勢も追い風だったのだろう。今のMIDIはレトロ感を出すための手法として認識されているくらいだ。
そして岡本氏のいうところ、そのMIDI特有の面倒な作業方法のおかげで、ベテランのサウンドクリエイターの中にはトラウマになっている人もいるのだとか。
そんな愛されっぷりが際立つMIDIが、最新ゲームシーンへ返り咲き、起死回生の一発を放つ……というほど事は簡単ではなく、問題も浮上したらしい。岡本氏らは当初、テスト用に音源をMIDIに置き換えてみたところ、容量の削減と引き換えに、大部分のクオリティをトレードオフしてしまったという。一言でいえば、「めっちゃ微妙」である。
やはり、手順以前に「(圧縮音源といえど)高品質なストリーミング再生が当たり前のこの時代に、遺物のMIDIにサウンド全般を任せるのはきつい」ようなのだ。
しかし、ここで岡本氏らがどうしたのかというと、「基本となる主旋律をオーディオで鳴らし、パーカッションなどの装飾面をMIDIに任せる」であった。
その結果、BGM全体にさしたる違和感もなく、品質も維持しつつ、データの軽量化に成功したという。実際に会場で聴くことができたが、確かに違和感は無しであった。
実際のゲーム内では、これまで前述してきたI・Mを表現するため、「ユニット数が少ない→ユニット数が多い」「HPが少ない→HPが多い」といったゲーム内の状況変化によって、BGMのクロスフェードと各楽器パートの増減が逐一織り交ぜられていく。
ホーム画面BGMにおいても、「現実時間の変化」「ホーム画面→ミッション画面→カスタマイズ画面」といった変化で、1つのBGMにさまざまなアレンジがインタラクティブに適用される。未プレイの身ながら、BGMに対しての愛着が非常に強くなりそうな予感がする。
手法としては過去を見ても、「メインBGMをさまざまにアレンジし、アレンジBGMとして、いろいろな場面で鳴らす」という使われ方は往々にして見ることができる。ただ、楽曲の良し悪しは別の話にしても、ワルサマのようなI・Mの用い方が主流となれば、既存のアレンジBGMを差分作りのように感じてしまうようになるのは、もはや否めないことだろう。
とはいえ、イベントシーンでMIDIを介さないオーディオデータのままを再生するための容量を確保するため、最終的には一般的には気付かない程度にビットレートを低下させるといった一工夫も取られたようなので、ネックの部分を抜本的に解決するまでには至っていないようだ。ゲーム作りならではのジレンマである。
ちなみに会場では、「どっちがMIDIでしょうクイズ」も行われ、受講者たちは自身の耳で聴き比べをすることができた。
岡本氏は当初、会場内で「どちらがMIDIか」を挙手してもらおうと考えていたようだが、「(隣に後輩が座る人もいるかと思うので、)胸の中で挙手してください」と気配りの妙を見せる。あまり褒められる耳を持っていない筆者にとっては幸いだが、“(多く受講していただろう)現場で働くサウンドクリエイターたちの耳を騙せるのか?”も気になっていたので、少し残念。
オーディオとMIDIの実際の違いに関しては、繊細な付帯音が印象的なオーケストラ演奏などは“MIDIっぽいボヤケ感”がダイレクトに出てしまうものの、キレのいいパーカッションであったり、シンプルな構成の楽曲については、「……たぶん、こっち?」くらいの判別の付きづらさであったので、MIDIだから云々はほぼ無いものとして捉えてよさそうだ。
それに、なんでもかんでもMIDIしたからと容量が軽くできるわけでもなく、MIDIの作り方のコストも含めて、使い所は考えなければ上手く転ばないという。あくまで一つの技術としての取捨選択が大事なのだろう。ワルサマ流I・Mがお披露目される今冬に期待が高まる。