坂口博信氏が自身のクリエイター人生とこれからを語る―過激な発言も次々に飛び出した「黒川塾(四十)」をレポート

坂口博信氏が自身のクリエイター人生とこれからを語る―過激な発言も次々に飛び出した「黒川塾(四十)」をレポート

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9月29日、東京・渋谷のオルトプラスにて、メディアコンテンツ研究家・黒川文雄氏が主催する「エンタテインメントの未来を考える会」のトークイベント「黒川塾(四十)」が開催された。

今回は「黒川塾」4周年・40回記念企画として「ファイナルファンタジー」シリーズの生みの親である坂口博信氏をゲストに迎え、「坂口博信 人生のクリエイティブ」をテーマにトークを展開。きわどい発言が次々に飛び出し、爆笑の連続となったイベントの模様をお届けしよう。

坂口博信氏(左)と黒川文雄氏(右)。40回記念ということで、両氏には花束が贈呈された。
自分が作り上げた世界観の中でキャラクターたちが輝くのが楽しい

これまでは、「(ゲーム作りが)ただ楽しいからやってきた」だけで、「何が楽しいのか意識したことはなかった」という坂口氏。だが、最近になってようやく「ゲームを作っていて何が面白いんだろう」と考えるようになったという。

そんな坂口氏がゲーム作りの理由として挙げたのが「世界観を作ることの楽しさ」。もともと他の人と作品の受け取り方が少し違うと感じていて、例えば映画「スターウォーズ」でいうとファンの間では2作目の「帝国の逆襲(エピソード5)」が特に評価が高いが、坂口氏はまったく新しい世界観を確立した1作目の「新たなる希望(エピソード4)」が断然好きなのだという。

ゲーム作りも同じで、「自分が作り上げた世界観の中でキャラクターたちが輝くのが好きで、それにはゲームが一番いいんですよね」と回答。通常、最優先されるのは物語のテーマや人間ドラマなどで世界観は二の次にされがちだが、坂口氏は逆で「語りたいことなんて基本ない。それよりも不思議な世界を描きたいというのがあったんだろう」と振り返った。

ちなみに、“高校時代”はパチンコにハマッていたというちょっと危ないエピソードも披露。知り合いのパチプロにいろいろ技を教えてもらって、けっこう稼いでいたらしく、その勝ち分を本や映画などにつぎ込んでいたそうだ。

当時、好きだったものとして挙げたのはハヤカワ文庫で、「グインサーガ」や「エルリック・サーガ」などにハマっていたというが、「そうした作品にクリエイターとして影響を受けた部分は?」という黒川氏の問いには「ないんじゃないかなあ?」と否定。例えば、子供の頃は手塚治虫作品や石ノ森章太郎作品などを見ていたというが、それらは同時代の多くの人も同じで「全員が影響を受けているはずだから、そういう質問はすごく難しい」と答えていた。

高校を卒業後、一浪したのち横浜国立大に進学。横浜という地を選んだのは東京に友達が多くいたからで、基本1人が好きだという坂口氏は「あまりそこに巻き込まれたくなかった」そうだ。その点、横浜は東京から近くて、一方で昔の友達からもちょっと離れていられるのが良かったという。このように坂口氏は「王道ではなく脇からいこうとする」ところがあると自己を分析。当時のメジャーどころであるナムコやコナミでなく、スクウェア(当時は「電友社」)を選んだのもそうした気性ゆえだったと語った。

もちろん、当時はアーケード全盛でハードに精通していないと難しいという読みもあったという。もっとも、大学時代にはApple IIの海賊版を自作して、いろいろ遊ぶといったことはしていたそうだ(Apple IIは回路図が公開されていたので、部品さえ揃えれば自作可能だった)。特に熱中していたのがソフトのプロテクト外しで、方眼紙を利用してプロテクトを外す方法を喜々として話してくれた。当然、現在の価値観では許されない行為だが、当時はそうしたことがほとんど問題視されない牧歌的な時代だったのである。

さまざまな人たちとの出会いがあったスクウェア時代

かくして、同級生の田中弘道氏(※1)と共に「電友社」の東京営業所でアルバイトをすることになった坂口氏だが、当時は「電気の友って怪しい社名だなあ」と思っていたと本音を吐露。また、時給1,500円という約束だったはずが、鈴木尚氏(※2)に750円に値切られて「ダマされた」と憤慨したそうだ。

※1 田中弘道氏:「ファイナルファンタジーXI」のプロデューサーなどを務める。現在はガンホー・オンライン・エンターテイメント所属。
※2 鈴木尚氏:スクウェア創設メンバーの1人で同社社長、会長を歴任。

最初に手掛けたのはテレビでおなじみの「鳥人間コンテスト」のゲーム。ところが、会社が権利を抑えておらず、開発途中であっさりボツになってしまう。仕方なく自分たちで作り始めたのが、PC向けのアドベンチャーゲーム「ザ・デストラップ」だった。このとき美大卒のスタッフを3人採用したのだが、当時はゲームのグラフィックというものがまだ一般にほとんど知られておらず、いずれも油絵風の絵を描くので、かなり矯正が必要だったと坂口氏は語る。

ところが、接し方や指導が厳しかったためか、この3人からは「鬼」と嫌われ、ついには「ゴブリン坂口」というありがたくないアダ名をつけられる羽目に。一方、当たりのソフトな田中氏はスタッフに人気で「今の奥さんはすごくキレイな人なんですけど、そのとき採用した3人のうちの1人ですよ」、「ボクが“ゴブリン”と呼ばれていたとき、彼が何をしていたのかは知らないけどね!」とボヤきまくっていた。

スクウェアが「中山美穂のトキメキハイスクール」の開発に参加したときのエピソードも披露された。坂口氏もスタッフとして加わっていたことはよく知られているが、このとき鈴木尚氏らスクウェアの首脳陣だけが中山美穂さんと食事に行き、「作った自分は会えなかった!」と暴露。「どうよ、これ?」、「経営者のこうした行動は良くない!」、「作った人間に会わせなさい!」とグチりまくり、来場者の笑いを誘っていた。

週刊少年ジャンプの名物編集者として知られる鳥嶋和彦氏(現白泉社社長)についても赤裸々にコメント。鳥嶋氏との関わりはジャンプの袋とじに「ファイナルファンタジー」シリーズを載せてもらうために編集部に通いつめたのが始まりで、「雲の上の集団」、「憧れの存在」だった堀井雄二氏や鳥山明氏ら「ドラゴンクエスト」を作った男たちに「近づきたい」という思いがあったと坂口氏は振り返る。

本格的にジャンプに掲載してもらえるようになったのは「VI」からだが、「IV」の頃から最新のロムが上がったら真っ先に見せに行っていたという。その際、編集部内で「今度の『ドラクエ』はいいねえ」という声が上がったことがあり、そのときは悔しさのあまり「いつか絶対、ジャンプ潰してやる!」となったというが、「V」のあたりで鳥嶋氏に認められるようになり、「クロノ・トリガー」のプロジェクトに参加したのはご存知のとおりだ。

ちなみに、鳥嶋氏は否定から入ることが多く、「FFはキャラが立っていない」とよく言われていたそうだ。中でも「VI」のケフカには辛辣で「あんなキ××イ魔法使いを倒しても快感ないだろ? もっと強い自分の目的を持ったヤツじゃないと」、「あれは最悪の悪役だ」と全否定されたという。ただ、ケフカは現在でも割と人気のあるキャラクターだけに「ボクはあれで良かったと思っている」とも坂口氏は語っていた。

坂口氏の過激な発言の数々に黒川氏がタジタジになる場面も再三見られた。

また、黒川氏との出会いにも言及。当時、黒川氏が所属していたセガの小口久雄氏(※3)を通じて知り合ったのだという。初めて会ったのは1993年頃、場所は六本木のお店で、黒川氏いわく「かなり豪快な飲み会だった」そうだ。その頃の坂口氏は六本木の「キング」と呼ばれるほどの飲みっぷりで、黒川氏は坂口氏のスタンスには大いに賛同するところはあったものの、アレルギー体質でお酒が飲めないこともあり「このノリにはついていけない」と感じたらしい。

※3 小口久雄氏:「ダービーオーナーズクラブ」などを手掛ける。現セガサミークリエイションCEO。

のちにハワイにスタジオを立ち上げることになった際、坂口氏は黒川氏をスクウェアに誘うが、結局黒川氏は坂口氏の勧誘を断って鈴木尚氏の立ち上げたデジキューブに入社。この件について坂口氏は「ボクは黒川さんに振られた男ですからね」、「裏切り者だよ~」と笑いつつ恨み言を述べていた。

そんな黒川氏だが、「クリエイターに対してきちんとリターンできる会社にしたい」という当時の坂口氏の言葉には感銘を受けたそうで、「特に印象に残っている」とのこと。坂口氏自身も「やる気と充実感は会社が与えるものじゃない。会社が与えるべきはお金と時間(休暇)」と改めて力説。結果として開発費の高騰を招いたが、それでもスタッフたちに報酬を払ってあげたかったと当時の思いを述べた。

映画「ファイナルファンタジー」を作ろうと思ったワケ
黒川氏は映画「ファイナルファンタジー」のパッケージを持参。

賛否を呼んだ映画「ファイナルファンタジー」も話題に。映画を作ったのはCGの部分でハリウッドとの力の差を感じたからで、「ファイナルファンタジーVII」ではCGの分野における日本の凄腕を集めたつもりだったが、映画「ジュラシックパーク」を見て「全然レベルが違う」と打ちのめされたという。そこに追いつくには一緒に仕事をするのが一番で、とにかく日本のスタッフとハリウッドのスタッフを半々にしたかったと当時の思いを語った。

とはいえ、このとき「欧米人の我の強さ」を改めて実感させられたそうで、日本人同士のようなツーカーな関係になることがなかなかできず、「どう言うことをきかせるか」の部分でかなり腐心したという。ただ、ワークフローや進行管理といったものは日本よりもはるかにしっかりしていて、「そこは勉強になった」とも語っていた。

「映画の終盤の展開は急すぎるのでは?」という黒川氏の意見には坂口氏も同意しつつ、そうしないと「作業が永久に終わらないパターンに入りそうだった」と説明。ゲームの開発でも「無限ループに入ってしまう」ということがあり、ひとたびそこに入ってしまうとなかなか抜け出すことができないそうで、「終わらせること、完成させることはすごく大事」と強調していた。ちなみに、某大作ゲームもそうなりつつあるとのことだが、タイトルが何なのかはここでは言わないでおこう。

その後、坂口氏はスクウェアを退社してミストウォーカーを設立。いくつかの作品にエグゼクティブプロデューサーとして名を連ねるが、実際は3年くらい何もせず「ハワイでぼーっとしていた」という。本人的にはいい充電期間だったというが、3年も経つと「さすがに何かやらなきゃ」という気になり、親しい仲間に鳥山明氏や井上雄彦氏を起用して何かやりたいと希望を述べたそうだ。ところが、彼らにはブランク明けの坂口氏の言葉は無謀に聞こえたようで、「あなたはバカか?」、「あなた1人しかいないんだよ?」と全否定。これで逆に「やってやろうじゃないか」と奮起して、「ブルードラゴン」と「ロストオデッセイ」が誕生したという意外な秘話が語られた。

「ラストストーリー」の後、「Party Wave」というiOS向けのサーフィンゲームも制作しているが、こちらはあまりの売れなさに絶句したそうで、ひどいときは1日のダウンロード数が3本だけという日もあったという。当人もスマートフォン向けのゲームとしてはあまりにも稚拙だったことは認めており、「なんでだろう」といろいろ勉強し直し、もう一度作ってみたくなって生まれたのが「テラバトル」だった。

坂口氏が見据える生配信の可能性とVR、ARについて

すでに260万ダウンロードを突破と高い人気を誇っている「テラバトル」だが、コンシューマーっぽくしたかったということもあって、あえて課金要素は抑えたため「そんなにもうかっているわけではない」という。ちなみに、加山雄三氏が背景画を制作したり、北瀬佳範氏(※4)がクエスト制作を手掛けたりといろいろな施策を打っているが、これらのゲストクリエイターはほとんどがコネによる友情出演で、「全部タダだし、こりゃいいやと。すごくいいこと思いついちゃった」と冗談っぽく笑った。

※4 北瀬佳範氏:歴代の「FF」シリーズ作でディレクターやプロデューサーを務める。

定期的にニコニコ生放送での配信も行っているが、これにはかなりハマっているとのこと。今はみんなが「発信したい」と思うようになるなどユーザーの性質が変わってきていると実感していて、配信・生放送の最前線にいることで「次が見えてくるのではないか」と語るなど、かなりの可能性を感じているようだ。

逆に、将来の可能性を「先に誰かに見つけられたら悔しい」とも語っていて、そうした悔しさのひとつが「ドラゴンクエスト」の登場だったという。その頃の坂口氏は「ファミコンでRPGは作れない」と思っていて、周囲にもそのように話していたと告白。理由は「セーブができないから」で、RPG的な企画もすべて却下していたそうだ。そこに「ドラクエ」が出てきたわけで、当時はかなり悔しかったと回顧。また、そうした革命的な何かが放送や配信といった分野で出てくるのではと予測していた。

VR(バーチャルリアリティ)にはまださほど興味は持っていないが、アメリカではすでにアダルトVRの分野がかなり進んでいるそうで、「せっかくアメリカにいるんだから、そうしたものを紹介するのも手かもしれない」とコメント。一方、AR(拡張現実)を利用した「Pokémon GO」はかなりやり込んだそうで、「皇居の回りはミニリュウが多いね」と楽しそうに語っていた。ちなみに、集めたポケモンは108匹で現在のレベルは24。「Pokémon GO PLUS」にも興味津々とのことだ。

一番うれしかった出来事は「娘が彼氏と別れたこと」

トーク後の質疑応答では身内の死去にともなうゲーム作りの変化について質問が出された。この点について坂口氏は、やはりストーリーに死生観が出るようになったと認めており、現在作っている作品もその傾向があるという。家族に関しては娘がかわいくてたまらないようで、最近一番うれしかったのは「娘が彼氏と別れたこと」と満面の笑みでコメント。アメリカではスキンシップが当たり前なので、目の前で手をつないだりハグをしたりするのを散々見せられて、そのたびに「ふざけるなよ、お前!」と憤っていたと語るなど複雑な親心をのぞかせていた。

任天堂と「スーパーマリオRPG」と共同開発をした際に「トラブルはなかったのか」という質問も出されたが、坂口氏は「別にないですよ」と回答。当時、何かあったのではという噂を一蹴した。ただ、「絶対に殴ったりしないと思っていたマリオをRPGにさせてもらえるのは驚きだった」そうで、「キングダムハーツ」におけるディズニーのキャラもそうだったが、そうしたキャラクターをいろいろ戦わせられるのは「禁断の果実を食べさせるみたいな快感がある」と笑った。

ディスクシステムで発売予定だった「聖剣伝説」が発売中止になった経緯に関する質問も。のちにゲームボーイで発売された「聖剣伝説」とはまったく異なる内容のもので、大きな話題となったが坂口氏は「ディスクシステムでやるには企画が大きすぎた」と回答。結果、開発が無限ループにハマってしまって、いつまでたっても完成しない状態になってしまったため打ち切られたと当時の内情を明かした。

今後についてだが、すでにいくつかのスマートフォンゲームやコンシューマーゲームの開発が進行しているそうで、「来年にはいくつか新作が出せると思います」とのこと。スマートフォンゲームに関しては「さらにコンシューマーくさいものを作りたい」、「スマートフォンゲームとは思えないと言われるくらいにしたい」ともコメント。「世界観を感じさせるストーリーを語りたい」という坂口氏のさらなる活躍に期待しよう。

※メーカー発表情報を基に掲載しています。掲載画像には、開発中のものが含まれている場合があります。

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