7月22日~24日にかけて、パシフィコ横浜 ノースにて開催のゲーム開発者向けカンファレンス「CEDEC2025」。本稿では22日に行われた講演「西洋服飾史の流れ(古代~近世)」のレポートをお届けする。
西洋はさまざまな時代がゲームの舞台となっているが、近年はより精緻な映像が可能になったこともあり、各時代の正確な衣装の描写が求められるようになっている。
本講演はそうした状況を踏まえたもので、文化服装学院専任教授の朝日真氏が古代から19世紀初頭にかけての西洋のファッション史を通史的に解説。各時代の衣服のデザインや構造などを、さまざまな絵画やそれぞれの時代を題材とした映画作品などを事例に紹介していった。

まずは俯瞰的な視点から西洋のファッション史を簡単に紹介。人間が衣服を着る大きな理由のひとつが社会的ディスプレイで、古代エジプトの時代から18世紀フランス革命期までは権力の誇示と各時代の美を表現したものであったこと。19世紀以降はブランド品を嗜好するなどステイタスシンボルの意味合いが強くなっていったことなどが説明された。
また、服装の歴史にはいくつかの方程式があり、ひとつは男性服における、その時代の実用服・機能服のフォーマルウェア化。これはファッション歴史を通じて何度も繰り返し起きているそうで、現代のスーツも乗馬服を起源としている。
もうひとつがインナーのアウター化で、もともとは人前で出すものではなかった服がアウターになっていくということが繰り返されてきた。一番わかりやすいのがTシャツで、第二次大戦中まではアンダーウェアだったが、やがてスポーツウェアになっていき、50年代以降になるとアウターとして着るようになっていった。


続いて、男性服の歴史の変遷を簡単に紹介。13世紀までは男性も女性も基本的に長袖のワンピースと半袖のワンピースのレイヤード(重ね着)で衣服に大きな性差はなかったこと。しかし、14世紀半ばになるとヨーロッパの服飾において男女差が生まれ始め、男性の服は前述のように時代時代のミリタリーウェアの影響を受けながら機能的になっていったことなどが語られた。
一方、女性は女性服といえばドレスという時代が20世紀初頭まで続いてきた。デザインにはふたつのパターンがあり、ひとつは古代ギリシアのキトンを起源とする、1枚の布を最小の縫製で身体にまとわせたクラシックタイプ。もうひとつはコルセットやペチコートなどで体型を整え、ドレスで覆ったロマンティック・タイプで、どちらも今の時代まで着られ続けてきたものだ。



ここからは各時代のファッションを具体的に紹介。まず、古代エジプトだが、ここではトゥトアンクアメン玉座に描かれたツタンカーメン夫妻にフォーカス。ツタンカーメンの妻であるアンケセナーメンの服が、「カラシリス」と呼ばれる大きな一枚の布を体に巻き付けるドレーパリー形式のドレスであることが紹介された。
このタイプのドレスは現代にも引用されており、「ティファニーで朝食を」(1961年)で、オードリー・ヘップバーンが着ていたジバンシーのドレスもカラシリスから発想されたものだそうだ。


古代ギリシアの時代では「ドーリア式キトン」が紹介された。大きな一枚の布を折り返して、その中に身体を滑り込ませて両肩をフィビラと呼ばれる留め具で留めて紐やベルトで腰を締めるというもので、この時代は男女ともこれを着ていたそうだ。
古代ギリシアの防具にも言及。青銅製の鎧や布製の鎧に金属片を貼り付けたタイプの鎧、馬の毛を付けたコリント式の兜などが紹介された。これらの鎧や兜、前述のドーリア式キトンなどは映画「トロイ」(2004年)などで見ることができる。


古代ギリシアは衣服による身分差がほとんどなかったが、古代ローマの時代になると衣服の色や着方、縁飾りなどが明確に身分を表示するようになる。この時代の代表的な衣服のひとつに「トガ」というものがあるが、テュロス紫という赤紫に近い色で染められた「トガ・ピクタ」を着ることができるのは皇帝だけだったという。
こうした「トガ」をはじめとする服飾や金属片を組み合わせた甲冑「ラメラ・アーマー」などが見られるのが映画「クレオパトラ」(1963年)で、皇帝のみが着るトガ・ピクタも作中で登場していることなどが語られた。


続いて中世(12~15世紀)だが、先に述べたように14世紀中ごろから衣服の男女差が明確になり始める。
11~12世紀は十字軍がオリエントの織物、衣服を持ち帰ったことから人々の服飾への関心が高まり、この時代から西洋は格段にオシャレになったそうだ。ただ、この時代の主流も長袖と袖なしのワンピースのレイヤードで、13世紀くらいまでは男女に差異はなかったという。
男女がこうしたワンピースを着ていることは映画「ロビンフッド」(2010年)などで確認できる。また、14世紀にコタルディと呼ばれるワンピースドレスに紋章などを入れた女性服が一時的に流行したという事例が、映画「ブレイブハート」(1996年)に登場するシーンとあわせて紹介された。


13~15世紀になると格段に現代の衣服に近づく。鎧を身体にフィットさせる技術が縫製のパターンの技術に転化されていったためで、このころから男性のミリタリーウェアがフォーマルウェアになるという流れが起き始めたという。さらに、14世紀中ごろからは「プールポアン」と呼ばれる男性用ジャケットが登場するなど男女差も明確になっていった。
この時代からは金属だけで構成されたプレートアーマーという鎧が登場しはじめるが、この鎧を着る際、下に着けていたキルティングのジャケットがプールポアンになっていったのだという。これもミリタリーウェアがフォーマルウェアになっていった典型例のひとつで、映画「ジャンヌ・ダルク」(1999年)などで見ることができる。



15~16世紀のルネサンス期のファッションをうかがえるのが映画「ロミオとジュリエット」(1968年)だ。この映画に出てくる衣装のポイントは袖が縫われているのではなく、紐で結ばれていること。つまり、着装するときには胴体部分をまず着て、次に袖を着て身頃と紐で結ぶという着方をしていたことがわかる。ズボンはタイトで左右の色が違っているシンメトリーのデザインが多く、股間の前の部分にブラゲットという股袋が付いていた。
この時期のファッションで、特にユニークなのがチョピンという靴で現代の厚底靴の源流といわれている。ヴェネツィアの貴族や高級娼婦などに履かれたそうで、映画「娼婦ヴェロニカ」(1998年)でチョピンを履いて優雅に歩く練習をしているシーンを見ることができる。


17世紀バロック期はフランスのルイ14世が流行を発信した時代で、以降フランスはファッションの流行にもっとも影響を与えている国といわれるようになる。
ルイ14世の時代の前半は男性のフォーマルウェアがスカートであった唯一の時代で、「ラングラーブ」というキュロットスカートを履いた男性の肖像画などが紹介された。この時期の衣装が見られる映画のひとつが「女優マルキーズ」(1998年)。ルイ14世が着替えをするシーンなどがあり、ワイシャツの原型とされるシュミーズの形状やギャランというリボン飾りなどを身に付けているところなどを確認できた。
カツラもこの時代ファッションの特徴のひとつ。ヨーロッパの歴史において薄毛が恰好いいとされた時代はなかったそうで、薄毛は男性にとって常に恥ずかしいものであったという。王様のコンプレックスが新しい流行を生むということはよくあることで、ハイヒールもまたルイ14世が身長の低さを気にして、自分の靴に高いヒールを付けたことから流行になったそうだ。


最後は18世紀のロココ時代。この時代の女性服である「ローブ・ア・フランセーズ」は、ファッション史の中でもっとも有名ドレスといわれている。一方、男性は半ズボンがフォーマルウェアで長ズボンがカジュアルウェアだった。
こうしたファッションが出てくるのが映画「危険な関係」(1988年)で、女性がシミューズを着てコルセットやパニエを付けているところやストマッカーという胸布をその場で縫い付けている様子などが見られる。また、この時代はシノワズリという中国風文化が流行しており、カツラにも清の弁髪の影響が見られるそうだ。



朝日氏は絵画やマンガなどの服飾の表現で、ここに縫い目の線がないとおかしい、ここは前合わせが逆といった間違いがよく目に付くそうだ。衣服の構造がわかっていればおのずと描く線が変わってくるはずで、逆に知らないと無いはずの線を描いてしまいがちだ。西洋の歴史を題材としたゲームを制作したりする際は、踏まえておくべきだろう。
なお、CEDEC2025は8月4日10時までタイムシフト配信での受講が可能だ。本講演で行われた、より詳細なファッション史の解説を聞きたい人は下記の公式サイトをチェックしてみてほしい。
CEDEC2025公式サイト
https://cedec.cesa.or.jp/2025/
本コンテンツは、掲載するECサイトやメーカー等から収益を得ている場合があります。
































