特別ではない夜に遊び続けた一本――「エルデンリング ナイトレイン」と過ごした2025年【年末年始企画】

2025年年末年始企画
2コメント SIGH

Gamerで執筆しているライターに、年末年始に合わせて自由に書いてもらおうという企画。本記事ではSIGHがお届けします。

年末年始が近づいて、ふと「今年はどのゲームが一番良かっただろうか」と考えることが増えた。記憶に強く残っている一本、完成度の高さに唸らされた一本。評価の軸はいくつも思い浮かぶが、「最も長く付き合ったゲーム」という観点で振り返ると、「エルデンリング ナイトレイン」(以下、ナイトレイン)が自然と浮かんできた。原作の「エルデンリング」は、広大な狭間の地をひとりで進み、失敗と挫折を重ねながら少しずつ前に進んでいくゲームだ。集中力と覚悟を強く要求される分、得られる体験は濃密だが高難易度ゆえにプレイヤーのコンディションが、そのままプレイに反映される側面も強かった。

仕事で疲れている日や、体調・気分が優れない日には、「今日は重たい」と感じることも少なくなかった。思い返せば「エルデンリング」と向き合う日は、「気合を入れる日」と「今日はやめておく日」ではっきり分かれていたように思う。腰を据えて挑む覚悟がないと、あの過酷な世界には足を踏み入れづらかった。だが“腰の据え方”の境界を少しだけ曖昧にしてくれたのが、「ナイトレイン」だった。

「エルデンリング」の世界観を引き継ぎながら協力プレイを前提とした構造で、常にフルスロットルの没入を求められる本編とは、プレイヤーとの距離感がわずかに異なる。誰かと一緒に遊ぶ以上、常に完璧なプレイが続くわけではない。私自身ミスをしないほど器用なプレイヤーではないし、集中力が切れる瞬間もあれば、ぼんやりして判断が遅れることも当然ある。

だが、本作における協力は、野良でなく友人と遊んでいたことも大きいだろうが、「攻略の効率化」というより「同じ時間を共有するための枠組み」として機能していた。失敗も切り捨てられる要素ではなく、即座に断罪されるものでもない。むしろ会話のきっかけとして受け止められ、「次はこうしようか」という空気へと変換されていく感触が、体験を少しだけ柔らかくしていた。

特別ではない夜に遊び続けた一本――「エルデンリング ナイトレイン」と過ごした2025年【年末年始企画】の画像

「ナイトレイン」の“柔らかさ”は、ゲームライターとして慌ただしくなるにつれて、ありがたみがよりはっきりと感じられるようになった。原稿の締め切りが重なる時期は、そもそも仕事としてゲームに長時間向き合っており、趣味としてゲームに没頭するための精神的な余裕が揺らぎやすい。だが本作は「夜の王」という明確な目標と、「雨」による時間制限が用意されており、一回のランは約40〜50分で完結する「短く区切って遊ぶ」ことが前提として組み込まれている設計だ。腰を据える気力がない日でも、「今日は一回だけ」という選択が無理なく成立する。気合を入れてゲームを起動する必要もなく、生活の隙間に差し込まれる余白として最適な位置に収まっていた。

“上達”を過剰に急かしてこないのも気に入った点だ。知識や経験を重ねることで、ルート取りやボスの立ち回りが洗練されていくのは確かだが、それが唯一の価値基準ではない。多少ぎこちなくても場の流れとして成立する余地が残されており、マルチプレイにありがちな「上手くならなければ置いていかれる」という焦りをあまり意識せずに済んだ。常に成長を証明し続けることを求められないという点でも、「ナイトレイン」は途切れながら遊ぶゲームとして、付き合いやすい作品だった。

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また、「ナイトレイン」が身に染みたのは、私たちが身を置く現代社会があまりに荒れ果ててしまったからかもしれない。2025年のSNSはもはや交流の場というより、絶え間ない対立が続く戦場のような様相を呈している。タイムラインを開けば誰かの「お気持ち」や冷笑、断罪の言葉が濁流のように流れ込み、一瞬の隙すら許されない空気が支配している。そのような殺伐とした外の喧騒に比べれば、「ナイトレイン」の夜は驚くほど静かだった。ただ目の前の困難をどう凌ぐかの一点のみが必要とされており、友人同士であればミスをしても炎上は怒らず、無知を晒しても蔑まれることはない。情報の攻撃性が高まりすぎた現代において、限定的な関係性の中でしか得られない安らぎがあり、消耗した精神を本作の暗くもどこか温かな箱庭で癒やしていた。

12月4日に配信されたDLC「The Forsaken Hollows」をきっかけに、久しぶりに起動したときも印象は変わっておらず、操作を忘れていても「思い出しながらやればいいか」と受け止めてくれる柔らかさがあった。「ああでもないこうでもない」と言いながら追加要素を確かめあう時間は、攻略というより近況報告に近かったのかもしれない。ゲームを介して、互いの生活リズムを擦り合わせているような感覚があった。

終わらせたいもの、区切りをつけたいものなど年末年始は節目として、「何かをやり切る」ことが意識されがちな時期だ。だが「ナイトレイン」は異なる立ち位置に据えられており、終わらせるために遊ぶのではなく続いているから遊ぶ。特別な区切りをつけないまま関係が続くという感覚は、どこか長年の友人との距離感に近い。私にとって本作は、特別な日に腰を据えて向き合う一本ではない。だが特別ではない夜にも自然と選択肢に残り続けた一本だった。そういった意味で「ナイトレイン」は、今年もっとも“そばにあった”ゲームで、2025年の疲れ切っていた私はきっとその距離感を求めていた。

RPGとADVが好きなフリーのゲームライター。同人ノベルゲームは昔から追っているのでそこそこ詳しい。面白ければジャンル問わずなんでもプレイするのが信条。 X:https://x.com/sigh_xyz Bluesky:https://bsky.app/profile/sigh-xyz.bsky.social note:https://note.com/sigh_xyz

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