2015年8月26日~28日の3日間にわたり、パシフィコ横浜にてゲーム開発者向けカンファレンス「CEDEC 2015」が開催。ここでは、松隈浩之氏による講演「医療・リハビリ現場でのゲーム活用事例 -半側空間無視リハビリ支援ゲームの開発-」の内容をお届けする。

目次
  1. リハビリ・ヘルスケア用ゲームとは
  2. 半側空間無視とは
  3. 訓練方法が単調なため、患者のモチベーションが低下してしまう
  4. 訓練を「楽しむ」ことで患者のモチベーションをアップ!「たたけ!バンバン職人」
  5. ゲームの実施後は患者の症状に改善の兆候あり
  6. 医療介護の分野におけるゲームの有用性
九州大学 大学院芸術工学研究院 准教授の松隈浩之氏。<br />病院や福祉施設と連携しながら、主に高齢者のための<br />リハビリ・ヘルスケアを目的としたシリアスゲーム<br />ゲームの研究開発を行っている。
九州大学 大学院芸術工学研究院 准教授の松隈浩之氏。
病院や福祉施設と連携しながら、主に高齢者のための
リハビリ・ヘルスケアを目的としたシリアスゲーム
ゲームの研究開発を行っている。

「ゲーム」と聞くと「娯楽」という言葉を連想してしまうが、なんと現在ゲームは医療現場でも非常に重宝されているという。

本講演は、松隈氏が研究開発を手がけた半側空間無視リハビリ支援ゲーム「たたけ!バンバン職人」について現場のセラピストと共に紹介しながら、制作過程や検証結果、また医療介護の分野におけるゲームの有用性について語られた。

リハビリ・ヘルスケア用ゲームとは

松隈氏が携わっている九州大学シリアスゲームプロジェクトでは、リハビリ・ヘルスケア用のゲームの開発を行っている。代表作として、起立訓練を支援するリハビリ用ゲーム「リハビリウム 起立くん」や、開眼片足立ちを支援するヘルスケア用ゲーム「ロコモでバラミンゴ」が挙げられる。

「辛い」「面倒くさい」というイメージが強いリハビリだが、ゲームの「娯楽」の部分、つまり「楽しさ」をうまく利用することにより、患者や高齢者が積極的に健康を維持することができる。

今回のテーマである半側空間無視リハビリ支援ゲーム「たたけ!バンバン職人」は、この「リハビリ」が必要不可欠な患者のために制作されたゲームだ。

リハビリウム 起立くん ロコモでバラミンゴ

半側空間無視とは

ここで、半側空間無視について触れておこう。半側空間無視とは脳卒中の後遺症のひとつだ。後遺症により損傷を受けた側の脳とは反対側のものが認識できなくなってしまう症状である。例えば、右側の脳に損傷を受けた患者は、左側のものが認識できなくなってしまうのだ。逆のパターンもあるが、現場では圧倒的に左側の半側空間無視の症例が多いという。

赤い部分が認識できない

半側空間無視の患者には風景の左側が認識できないため、絵を写描こうと試みても左側だけがどうしても欠けてしまう。また、一本の線の真ん中にチェックをつけるというテストでも、左側が認識できないため「真ん中」が判断できず、右側に寄ってしまうのだ。

日常生活での支障や危険性

日常生活においては、例えば認識できない側の食事を見落としてしまったり、顔のヒゲを半分剃り残してしまったりなどの支障が出てきてしまう。また、家の外に出れば今度は車や電柱、信号などに気づかず、身の危険にさらされてしまうこともあるのだ。

だが、ここで覚えておきたいことは、半側空間無視はあくまで「認識できない(気づかない)」だけで、左側の物体が目で見えなくなってしまう症状ではないということだ。よって、訓練によって症状を回復することができる。

訓練方法が単調なため、患者のモチベーションが低下してしまう

臨床現場では、患者が「認識できないもの」に意識を向けさせるいくつかの訓練を行う。一般的なものに四角形の板に空いたいくつもの穴に積み木を入れていく「ペグ」という訓練や、認識できない空間に向かって輪を投げる「輪投げ」、光るスイッチボードを探すもぐらたたきのような訓練が挙げられる。

ここでの問題点は、これらの訓練方法がいずれも単調であるため、患者が意欲的に継続することが難しいというものだった。しかも、リハビリはただ漫然と継続していたのでは効果は薄く、集中力を持って取り組む必要があるという。

そこで、現場での課題を克服するため制作されたゲームが「たたけ!バンバン職人」だ。

訓練を「楽しむ」ことで患者のモチベーションをアップ!「たたけ!バンバン職人」

半側空間無視リハビリ支援ゲーム「たたけ!バンバン職人」はゲームの「楽しさ」を利用し、患者の集中力や訓練へのモチベーションアップを目的として制作された。

大型モニターを用い、60秒(最大120秒)以内に画面右側の物体を叩き、左側まで移動させるというゲームだ。集中力を保ったまま段階的に右側から左側へ意識を向けさせることができ、また実際に身体を使って叩くため、その「動き」も治療に重要な役割を果たす。開発環境はPCでUnityを使用して制作されたという。

患者への配慮や訓練を「ゲーム」としてを楽しませる工夫

ゲーム内には患者に対する様々な配慮がされている。例えば、物体が右から左へ移動する際に5段階で変化していくため、患者を飽きさせないよう工夫がされている。また、患者にとっては左に移動させるほど難易度が上がるため、物体の移動速度は左にいくほどゆっくりとなる。途中で叩かなくなると警告音を発するのも、患者のゲームの離脱を防いでいる。

また、半側空間無視の患者はどうしても右側に意識が向かいがちなため、スコアは目に入りづらいように敢えて左側に配置し、右側には何も情報を置かないUIになっている。これは、プレイ中の患者の意識を散らさないよう配慮された設計だ。

患者の症状に合わせて3つのモードを選べる

本ゲームには「とにかくバンバン!」「逃さずバンバン!」「ねらってバンバン!」という3つのモードが選べる。これは、患者の症状の度合いに合わせて選べるよう用意されたものだ。

例えば、一番簡単な「とにかくバンバン!」は画面右側から移動するハチの巣を叩くだけなので、意識を向けるべき対象がひとつに絞られている。

ひとつ上のモードである「逃さずバンバン!」は、移動するハチの巣の周りにハチが飛び出してくるため、意識を向ける範囲を拡大させることができる。

そして最も難しい「ねらってバンバン!」になるとハチが右側だけでなく様々な角度から飛び回るようになるため、画面全体を意識する必要がある。

多彩なグラフィックスで患者のモチベーションをアップ

ゲームであれど、叩くべき対象がひとつだとやはり単調な作業になりがちだ。患者を飽きさせないために、グラフィックを複数用意することでステージに変化を持たせている。

ゲームの実施後は患者の症状に改善の兆候あり

実際に、患者がこのゲームを使って訓練を行なった際のデータがある。

評価の手順は、「線分二等分検査」「線分抹消」「ラインバイセクション」といった3つのテストをゲームのプレイ前後でそれぞれ行うというもの。ゲームは4セットとなっており、ひと通りの流れは約20分程度。それを合計10日間実施した。

その結果、ゲーム実施後10日目にはどのテスト結果においても改善の兆候が見られたという。

線分二等分検査

線の真ん中にチェックをつけるという検査。ゲーム実施2日目に比べ、10日目のほうが患者が引いた線と真ん中の線との距離が近くなっている。

線分抹消

画面内の線をより多く消すという検査。ゲーム実施2日目の時点では画面左上に見落としがあったが、10日目には画面内のほほ全ての線を消すことができている。

ラインバイセクション

50cmのメジャーの中央を指さすという検査。ゲームを実施する直前(青い線)に比べ、直後(赤い線)のほうがメジャーの真ん中を指差す回数が増えている。このように、実験(この場合はゲーム)を実施する直前・直後によって得られる効果のことを「即時効果」という。

また、ゲーム直後のデータが左寄りとなっているのは、ゲーム実施後は左側を過剰に意識するあまり左側を指さしたのではと考えられている。

医療介護の分野におけるゲームの有用性

実際に、訓練にリハビリ支援ゲームを導入したことで、患者は画面に没頭し、集中して訓練に取り組むようになったという。また、患者が楽しんで取り組んでいることから、ゲーム開発前の「患者の集中力・モチベーションの低下」という課題がクリアできているように感じられる。

事実、従来の単調な訓練では、「やりたくない」と拒否する患者も少なくなかったという。そんな患者からも、リハビリ支援ゲームを導入してからは「楽しい」「もっとやりたい」という声が上がるようになった。

松隈氏は、医療現場の人に従来の訓練法に加えて、リハビリ支援ゲームが選択肢としてあってもいいということを知ってもらいたいと語った。

さらに、「(ゲームとして)どういうものが面白いのか、どうやったら人が夢中になるのかをよく知っているのは、間違いなくゲーム開発の人ですよね。ゲームデザイナー、グラフィッカー、エンジニアの方たちに、ぜひこの分野に興味を持ってもらってうまく重なると、セラピストの方にとっても、患者さんにとっても、産業にとっても、とてもいいことだと思います。これからもこの活動を推進していきたいと思っています」と締めくくった。

「地道」「単調」「つらい」というイメージが強いリハビリだが、リハビリ支援ゲームの登場により、患者の治療に対する意識が変わる可能性が見えてきた。ゲームは「娯楽」の枠を超えて、医療現場でも必要不可欠な存在になっていくのかもしれない。ゲームの新たな可能性が垣間見えた講演となった。

※メーカー発表情報を基に掲載しています。掲載画像には、開発中のものが含まれている場合があります。

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