アニメ評論家・藤津亮太氏が話題のアニメを紹介する「ゲームとアニメの≒(ニアリーイコール)」。第39回は2022年9月9日より劇場公開中の映画「夏へのトンネル、さよならの出口」を取り上げます。

ゲームとアニメは本来異なる媒体ですが(≠)、その中での共通項(≒)となる部分にフォーカスしたいという思いから立ち上げた本連載。毎回話題のアニメをアニメ評論家の藤津亮太氏の切り口で紹介しつつ、Gamer編集部からはそのアニメがどういったゲームファンにオススメできるかをピックアップしていきます。
今回は八目迷氏による同名小説(小学館「ガガガ文庫」刊)を原作とし、監督を田口智久氏、アニメーション制作をCLAPが担当した、2022年9月9日より劇場公開中の映画「夏へのトンネル、さよならの出口」を取り上げます。
2022/9/30 21:37 作品名に誤りがございました。お詫び申し上げるとともにここに訂正いたします。
こんなゲームファンにオススメ!
- 「ROBOTICS;NOTES」「CROSS†CHANNEL」など、SF要素のある青春群像劇を描いたアドベンチャーゲーム
第39回「夏へのトンネル、さよならの出口」
“映画的”という言葉は曖昧で、観点によっていかようにも解釈できるのであまり使わないようにしている。ただし映画の場合、(例外は多々あれど)基本的に2時間前後で物語を完結させることが前提のため、そのシーンで伝えるべき感情やニュアンスを最短の手数で伝える演出が重要視される傾向にある。2時間を超える長い映画も、エピソードの量こそ多いが、語り口そのものは大きく変わるわけではない。このような「効率の良い語り」は、観客が「映画らしい」と感じるポイントのひとつといえる。そして「夏へのトンネル、さよならの出口」は、まさに簡潔な語り口が見事な映画だった。
「夏へのトンネル、さよならの出口」の物語はとてもシンプルだ。取り返しのつかない後悔と家族の問題を抱えた少年が、強い意志であることを渇望する少女がいる。ただし、2人はそれを表に出すことはない。とはいえ2人は人生を達観できるほど大人でない。2人はともに自分の中にある柔らかでドロドロとした感情が、周囲の人間には理解されないだろうと思い、頑なに心を閉じているから、クールに見えているだけなのだ。そんな2人が偶然出会い、ウラシマトンネルと呼ばれる、不思議なトンネルを見つけ、それぞれの願いを叶えようとする。
ドラマは少年と少女――塔野カオルと花城あんず――の関係性の変化に絞って展開する。アニメーション映画としては、ウラシマトンネル内部の、暗闇の中に紅葉が赤々とたっているビジュアルが大きなインパクトで、作品のヘソになっているが、演出的な観点で見ると、むしろ重要なのはカオルとあんずが使うローカル線のホームのほうだ。
2人の出会いの場所として登場するこのホームは、2人の関係の変化を描く“定点”としてその後も度々登場する。この海に面したホームのシーンは、カメラはいつもベンチの背中越しに海を捉えている。
まず、駅舎の柱を使ってカオルとあんずの距離感の変化が表現される。その後は、ホームにいるキャラクターの心情が、海と空の表情に仮託されて描かれる。少ない手数で、見事に心情が浮かび上がってくる演出だ。
そして作中の重要なあるシーンで、ほとんどのシーンで海側を向いているカメラが、陸側に切り返される。その時、カメラに映し出されたのはなになのか。切り返しという一番シンプルな手法で、画面の中の空気がガラリと変わり、ここでも演出が大きな役割を果たしている。
このように、あらすじだけ見ればシンプルな物語でも、その語り口に工夫があれば、とても新鮮な「映画」として楽しむことができるのだ。
映画「夏へのトンネル、さよならの出口」公式サイト
https://natsuton.com/
藤津亮太(ふじつ・りょうた)
アニメ評論家。1968年、静岡県生まれ。雑誌・WEB・BDブックレットなど各種媒体で執筆するほか、朝日カルチャーセンター、SBS学苑で講座を担当する。著書に『「アニメ評論家」宣言』(扶桑社)、『チャンネルはいつもアニメ―セロ年代アニメ時評―』(NTT出版)、『声優語~アニメに命を吹き込むプロフェッショナル~』(一迅社)、『プロフェッショナル13人が語るわたしの声優道』(河出書房新社)などがある。毎月第一金曜日には「アニメの門チャンネル」(https://ch.nicovideo.jp/animenomon)でアニメの話題を配信中。