アニプレックスが2024年12月13日にリリースしたPC(Steam/DMM GAMES/DLsite)用ソフト「たねつみの歌」のレビューをお届けする。

※本稿にはストーリーのネタバレが含まれるのでご注意ください。

「ノベルゲームだから、おもしろい」をテーマに掲げるANIPLEX.EXEの第3弾となる「たねつみの歌」。これまでのANIPLEX.EXE作品では、「この大空に、翼をひろげて」「見上げてごらん、夜空の星を」の紺野アスタ氏や「SWAN SONG」「キラ☆キラ」の瀬戸口廉也氏を起用するなど、美少女ゲームユーザーに刺さるスタッフが起用されてきた。今回は個人制作で「雪子の国」や「ハルカの国」を手がけるKazuki氏を抜擢している。

「ANIPLEX.EXE」にハズレなし!「たねつみの歌」は壮大な旅を通して命の尊さや生きる強さを描く傑作ノベルだったの画像

「たねつみの歌」の設定は16歳の少女・みすずが、過去からやってきた16歳の母親と未来で出会う16歳の娘であるツムギと神々が暮らす世界を冒険するという内容。なかなかに斬新な設定だ。

「ANIPLEX.EXE」にハズレなし!「たねつみの歌」は壮大な旅を通して命の尊さや生きる強さを描く傑作ノベルだったの画像

これまでのANIPLEX.EXE作品と比べると、ユーザーがプレイしようと思うまでのハードルがやや高いが、クリアした今なら断言できる。この作品はこれまで発売された「ATRI -My Dear Moments-」「徒花異譚」「ヒラヒラヒヒル」に引けを取らない作品だ。個人的には2024年にプレイしたアドベンチャーゲームのなかで、1位にあげるぐらい素晴らしかったと思う。ノベルゲーム好きなら楽しめることは間違いないので、ここまで読んで気になった人は、ぜひゲームをクリアしてから記事に戻ってきて欲しい。本作は伏線の張り方や回収の仕方がうまいので、まっさらな気持ちでプレイしたほうが楽しいはずだ。

「ANIPLEX.EXE」にハズレなし!「たねつみの歌」は壮大な旅を通して命の尊さや生きる強さを描く傑作ノベルだったの画像

プレイヤーを納得させる風土や歴史、そしてキャラクターの造形を作るのがうまい

筆者はKazuki氏のことは「たねつみの歌」に起用されるまで存じあげなかったが、ノベルゲーム好きの仲間たちにヒアリングしたところ、フリーゲーム界隈を中心に知られる実力派と知り、過去に手がけた「みすずの国」をプレイしてみた。

そこで感じたKazuki氏の魅力は徹底した世界観作り。特殊な設定ながら、どうしてそのような世界になったのか風土や歴史がしっかり練られており、世界観に説得力がある。キャラクターもそれぞれの考えがしっかりあり、ひとつひとつの言動や行動にも説得力があるのが特徴だ。そして、この「たねつみの歌」では、そんなKazuki氏の得意とするであろう部分が、遺憾なく発揮されている。表現や文章も奇麗で、紡がれる文に艶がありながらも難解ではなく読みやすい。

「ANIPLEX.EXE」にハズレなし!「たねつみの歌」は壮大な旅を通して命の尊さや生きる強さを描く傑作ノベルだったの画像

とくに素晴らしいのがみすずが未来で自分の娘であるツムギと出会う2050年のパート。基本的には現代と変わらない風景でありながら、いろいろなものが個人アカウントと紐付けされていたり、税金が上がったことで本物の肉を食べなくなったことなど、説得力のある内容でおもしろい。

「ANIPLEX.EXE」にハズレなし!「たねつみの歌」は壮大な旅を通して命の尊さや生きる強さを描く傑作ノベルだったの画像
「ANIPLEX.EXE」にハズレなし!「たねつみの歌」は壮大な旅を通して命の尊さや生きる強さを描く傑作ノベルだったの画像

ツムギが個人を尊重する考えであることに対し、1996年の時代を生きているみすずの母である陽子は家族の団欒が当然と考え、ひとりで違うことをするのは寂しいと感じている。そんなふたりが言い合いになってしまうことも多々あるが、どちらの言い分も間違いではないのでふたりの会話を追っていて社会と個人の在り方についての勉強になる。主人公ポジションのみすずがフラットな立ち位置で存在するため、プレイヤーとしても安心して物語を追うことができる。

「ANIPLEX.EXE」にハズレなし!「たねつみの歌」は壮大な旅を通して命の尊さや生きる強さを描く傑作ノベルだったの画像
「ANIPLEX.EXE」にハズレなし!「たねつみの歌」は壮大な旅を通して命の尊さや生きる強さを描く傑作ノベルだったの画像

ここまで書くと社会派の真面目なストーリーに思われるかもしれないが、時を越えて出会うみすずたちの冒険はとてもワクワクする内容で追っていて楽しい。春・夏・秋・冬の四つの国を旅する彼女たちの旅は壮大で、プレイヤーにも高揚感を与えてくれる。

「ANIPLEX.EXE」にハズレなし!「たねつみの歌」は壮大な旅を通して命の尊さや生きる強さを描く傑作ノベルだったの画像
「ANIPLEX.EXE」にハズレなし!「たねつみの歌」は壮大な旅を通して命の尊さや生きる強さを描く傑作ノベルだったの画像

物語の冒頭はみすずの母である陽子の病死から描かれることになるので、どうしても暗い気持ちになってしまうが、時を越えて16歳の陽子がやってくる展開や、陽子とふたりで未来のツムギを迎えに行く展開はとても心躍る。現代のみすずが未来で成長した自分とあっさりと出会ってしまうところなど、SFのお約束を外すような部分もあり、興味深く読み進めることができる。未来のみすずが過去の冒険について、帰ってきてからの現実の生活も波乱万丈だったこともあり、覚えていないと答えるシーンは、人生について考えさせられてじんわりと心に刺さった。

「ANIPLEX.EXE」にハズレなし!「たねつみの歌」は壮大な旅を通して命の尊さや生きる強さを描く傑作ノベルだったの画像
「ANIPLEX.EXE」にハズレなし!「たねつみの歌」は壮大な旅を通して命の尊さや生きる強さを描く傑作ノベルだったの画像

温かいストーリーのなかにも小さな違和感がいくつかある作りになっており、その違和感が伏線となっていて後に回収される作り。あえて描かないことで想像を膨らませる手法もあるが、個人的にはとてもスッキリしたし、満足のいくクライマックスとラストだった。

「ANIPLEX.EXE」にハズレなし!「たねつみの歌」は壮大な旅を通して命の尊さや生きる強さを描く傑作ノベルだったの画像

とくに冒険に同行する“たねつみの儀式”の水先案内人であるヒルコはキーとなるキャラクター。物語の早い段階で、彼が陽子が流産した息子で、生まれることの出来なかったみすずの弟であることが明かされるが、彼の抱く怒りがどこに向いているのか判明していく流れは涙なしには進められない。また、ヒルコの部分以外にも意外な展開や想像以上の展開も待ち受けており、一心不乱に物語を読み進めてしまうこと間違いなしだ。

「ANIPLEX.EXE」にハズレなし!「たねつみの歌」は壮大な旅を通して命の尊さや生きる強さを描く傑作ノベルだったの画像

陽子やツムギの家族に関しても物語のなかで明かされていき、彼女たちの抱える悩みや乗り越えるために支えてくれた大事な人たちのエピソードも分かる。ゲームをクリアしたときには全員のキャラクターが好きになり、彼女たちの人生に思いを馳せるだろう。

「ANIPLEX.EXE」にハズレなし!「たねつみの歌」は壮大な旅を通して命の尊さや生きる強さを描く傑作ノベルだったの画像
「ANIPLEX.EXE」にハズレなし!「たねつみの歌」は壮大な旅を通して命の尊さや生きる強さを描く傑作ノベルだったの画像

春・夏・秋・冬の四つの国で描かれるのは不死である神々を新たな時代へと世代交代してもらうため、“たねつみの巫女”であるみすずたちが自分たちの血を分け与えるもの。血を飲んだ神は不死ではなくなり、大地へと還っていく。それぞれの国の神々は家族を思って悲しんだり、その死を受け入れようとしなかったりと、対応はさまざま。それぞれの国のエピソードが短編としてよくできているし、全体を俯瞰したときに見えてくるものもある作りになっている。「ATRI」に携わったYow氏が演出とディレクションを担当しているため、画面の動きも多いのでプレイヤーを飽きさせないのがポイントだ。

「ANIPLEX.EXE」にハズレなし!「たねつみの歌」は壮大な旅を通して命の尊さや生きる強さを描く傑作ノベルだったの画像
「ANIPLEX.EXE」にハズレなし!「たねつみの歌」は壮大な旅を通して命の尊さや生きる強さを描く傑作ノベルだったの画像
「ANIPLEX.EXE」にハズレなし!「たねつみの歌」は壮大な旅を通して命の尊さや生きる強さを描く傑作ノベルだったの画像

四つの国の冒険を終えたあとは、現実に戻ってきてからのみすずの生活が描かれるが、このパートがとてもいい。みすずが体験する現実での恋や出産、大切な人との別れや新しい生命との出会いは本当に応援したくなる。死というものに関して、プレイヤーのなかでも変化が訪れるように作られており、終焉ではないことを考えさせられた。

「ANIPLEX.EXE」にハズレなし!「たねつみの歌」は壮大な旅を通して命の尊さや生きる強さを描く傑作ノベルだったの画像

本作はこれまでのKazuki氏の作品では実装されていなかった声優陣の音声もあり、迫真の芝居がより物語のドラマ性を引き立てている。毎回、ノベルゲームの良さを再認識させてくれる「ANIPLEX.EXE」の作品だが、今回はとくにその魅力が詰まっているので、これまでノベルゲームを通ってこなかった人にこそプレイして欲しい。

1981年生まれ。東京都出身。2000年よりゲーム雑誌のアルバイトを経て、フリーライターとしての活動を開始する。アドベンチャーゲームやロールプレイングゲームなどのジャンルを好み、オールタイムベストは「東京魔人學園剣風帖」。ほかに思い入れのあるゲームは「かまいたちの夜」「月姫」「CROSS†CHANNEL」「ひぐらしのなく頃に」「ダンガンロンパ」「カオスチャイルド」「ライフ イズ ストレンジ」「レイジングループ」など。

X(旧Twitter):https://twitter.com/kawapi
YouTube:https://www.youtube.com/channel/UCmN-juj7b73DGuIkRRh6U6A
Twitch:https://www.twitch.tv/kawapi

コメントを投稿する

この記事に関する意見や疑問などコメントを投稿してください。コメントポリシー