1万本以上のゲームを所持しているゲームコレクターの酒缶さんが、ゲームアーカイブスで配信されているタイトルに携わった方々にインタビューを行う連載企画「ゲームコレクター・酒缶のリコレクションアーカイブス」。第3回目はフォグの宗清紀之氏へのインタビュー内容をお届けします。

目次
  1. 今回のリコレクター:宗清紀之氏
  2. 「みちのく秘湯恋物語 kai」
  3. ●プロフィール

昔のゲームから当時の背景を読み取れるとすれば、このゲームは背景自体に実写を採用していたため、ゲームで遊ぶだけで90年代中頃の東北地方の美しい風景を改めて確認することができます。ということで、今回の「リコレクションアーカイブス」は、「みちのく秘湯恋物語 kai」のフォグに訪れました。

今回のリコレクター:宗清紀之氏

フォグ代表取締役。フォグの全作品のプロデューサーで、関わったタイトルは「美少女花札紀行 みちのく秘湯恋物語」(PS)、「みちのく秘湯恋物語 kai」(PS)、「久遠の絆」(PS)、「久遠の絆 再臨詔」(DC、PS2、PSP)、「風雨来記」シリーズ(PS、PS2)、「ミッシングパーツ」シリーズ(DC、PS2)など多数。

酒缶:今回は、「みちのく秘湯恋物語 kai」を取っ掛かりに、色々とお話をお伺いしたいと思います。

宗清氏(以下、敬称略):了解です。

「みちのく秘湯恋物語 kai」

1999年12月22日にフォグがプレイステーション向けに発売したアドベンチャーゲーム。撮影旅行で東北に訪れたカメラマンの卵は、不思議な少女・朱鷺子と出会うことから、事件に巻き込まれていく。モデルとなる女の子を撮影するためには花札勝負で勝って撮影権利を得なければならない。2007年9月27日よりゲームアーカイブスで配信されている。

ゲームアーカイブス版
http://www.jp.playstation.com/software/title/jp0656npjj00091_000000000000000001.html

酒缶:でも、「みちのく秘湯恋物語 kai」の前に、「みちのく秘湯恋物語」が発売されてますね。1997年の8月発売で、約15年になります。

宗清:会社を作ったのが96年の12月ですから、その翌8月のデビュー作です。

酒缶:「みちのく秘湯恋物語 kai」を取っ掛かりに、と言いつつも、まずは、宗清さんの過去の話から伺っていきます。宗清さんが生まれてから初めて遊んだゲームは何でしたか?

宗清:「ブロック崩し」だと思うんですけど、定かではないですよね。

酒缶:その時代から、ゲームには興味があったんですか?

宗清:好きでしたね。だから、小学生の時に商店街に行っていた時からゲームになるとお金の感覚がなくなっちゃって、全財産の500円を全部使って真っ青になって帰ってきたりとか。

酒缶:当時の興味の対象はゲームだけでした?

宗清:ゲームのことしか覚えてないなぁ。「ブロック崩し」の後に、バンドを始めて色気に走っちゃった時期はありますけど、基本、ゲームはベースにありますよね。大学時代は8割がたゲームセンターでした。食うモノ食わずにゲームをやっていたんです。

酒缶:そんな頃に「リブルラブル」でも遊んでいたんですか?

宗清:「リブルラブル」は就職も意識していて「ゲーム会社に勤めたいな」と思っていた時に飛び抜けてすごいゲームだと思ったので。絵もキャラクターも企画も音楽も好きで……まぁ、「リブルラブル」が好きだというヤツは周りにいなかったので、売り上げも大したことはなかったと思いますよ。

酒缶:結構マニアックなゲームですよね。

宗清:ええ。こういうのを平気で新製品で出してくる会社にすごみ、というか、どんな会社なのか興味を持ちまして。

酒缶:それでナムコに入社。ナムコに入社したころは、どんなことを目標にしていたんですか?

宗清:開発をしたい、ゲームをとにかく作りたい、という思いはあったんですけど、何も考えてない学生だったので、もちろんパソコンをいじったこともないし、パソコンは高いモノだったし、プログラミングもやったことがないし、企画もできないし、実務なんかもやったことがないのに、「何をやりたい?」と言われて、「開発をやらせて下さい」って。でも、開発の部署を落とされて、コンシューマのプロジェクトに配属、しかも営業の担当でした。でも、「スーパーチャイニーズ」のような外注作品は営業部門が管理をしていたんですよ。

酒缶:じゃ、いわゆるパブリッシャーが外注の開発会社と一緒に開発をするようなお仕事じゃないですか。その後のタイトルで、担当として何か要望を出したりとか?

宗清:いや。当時は別にディレクターとかプロデューサーとかいうわけでもなくて、あくまでも営業側の意見として、そんな上から管理したとかではなくて、気が付いたことがあったら言うみたいな。ディベロッパーさんが作ったものをほとんど手直しすることなく、ほほいのほいと出てきたような気がしますね。

酒缶:いい時代ですね。その頃は、いろんな開発会社の方に意見をしていたんですか?

宗清:そうですね。例えばニチブツさんの「ファミリーマージャン」とか。ニチブツさんは業務用で老舗じゃないですか。でも、開発途中のロムをやっていたら、点数計算をしていないことに気付いたんです。で、「これおかしいでしょ」って言ったら、当時のニチブツのプログラマーさんが麻雀を知らないというので、結局僕が点数計算のフローを作ったら、「これを組みます」ということで点数計算をやって、そのあとニチブツさんはそのフローを使ってましたね。後で、飯をおごってもらいました(笑)。

酒缶:それが初めての開発のお仕事ですか?

宗清:フローみたいのを作ったのは「ファミリーマージャン」が初めてかもしれない。ナムコには5年いたんですけど、最後の2年は大阪の営業所にいました。

酒缶:そこから、会社を辞められて?

宗清:そうですね。当時のナムコの上司と先輩なんですけど、5、6人で辞めてアイマックスという会社を作って、そこに6年半いましたね。その後、フォグを作ったんです。

酒缶:アイマックスのときは、開発を?

宗清:基本的には事業部長という形、コンシューマ事業部長をやっていたので、開発も、基本外注だったので、外注の管理を。

酒缶:アイマックスというと、バーチャルボーイもやってましたよね。「インスマウスの館」とか。

宗清:バーチャルボーイ、ありますよね。クトゥルフですよね。「インスマウスの館」の企画は「久遠の絆」を書いた加藤なんですけど、あの頃からずっとクトゥルフが好きなんですよ。「久遠」は違いますけど。

酒缶:この時代から加藤さんと一緒にお仕事を?

宗清:そうですね。彼がディレクターで。

酒缶:アイマックスにいた頃に、自分の会社を作ろうと思っていたんですか?

宗清:思ってなかったんですけど、辞めてどっか勤めるのも面倒くさいし、自分でやろうかな、という短絡的な理由で。

酒缶:(笑)。短絡的と言っても辞めてそんなに期間を置かずに会社を作ってますよね。

宗清:会社を始めるのは最速でやりましたね。辞める前は会社を作ることに関しては仕事中に時間を割くことがなかったので、頭の中の作業だけに留めて、辞めてから事務関係を一気にやって。1カ月で作ろうとしたんですけどさすがに無理でした。アイマックスを10月末に辞めて、12月3日にこの会社の登記が済みました。

酒缶:それって、相当早いんじゃないですか?

宗清:早いですね。事務所探しが大変で、当時渋谷で始めたんですけど、なかなかいいところが決まらなくて、それが一番きつかったですね。

酒缶:フォグ設立時は何人で始めたんですか?

宗清:僕と経理の二人です。「みちのく秘湯恋物語」のディレクターの加藤はフリーランスですし、いまだに変わらないですね。

酒缶:会社設立時に、最初からプレステとサターンに参入しようと思っていたんですか?

宗清:とりあえずPSでやろうと思っていましたね。

酒缶:最初から「みちのく秘湯恋物語」を作るつもりだったんですか?

宗清:これはもう、アイマックスのラインナップを見たら、すぐに出来ることは見えてくるじゃないですか。アドベンチャーと花札の組み合わせは、アイマックスの「恋々物語」があるんですけど、アドベンチャー部分は日本一(日本一ソフトウェア)さんが作っていて、ユースさんの花札エンジンが使われています。

酒缶:なるほど。ちなみに、「みちのく秘湯恋物語」での宗清さんの役割はどんな感じだったんですか?

宗清:金集めですね。プロデューサーです。あの頃は会社を作って、ハードメーカーにパブリッシャー契約をすることが主でした。

酒缶:開発は日本一さん?

宗清:企画のところから一緒にやっていました。

酒缶:プロデューサーとして、「みちのく秘湯恋物語」を作る時には、リソースとか人員とか検討されて?

宗清:そうですね。それが本来のプロデューサーの仕事ですね。ディレクションや企画は加藤にまかせていました。ただ、タイトルは自分で付けました。最初あがって来た企画書では「みちのく二人旅」だったので……。

酒缶:それ、演歌のタイトル、ほぼそのまんまですね。

宗清:「久遠の絆」のときは「久遠の恋人」。結構、ネーミングはダメなんですよ。予算的に一切宣伝にお金を掛けられないので、タイトルを見れば内容が伝わるようにするため、「美少女」「花札」「紀行」で、「風呂」ですよね。エロチックな要素を出さなくてはならないので「秘湯恋物語」。このネーミングは僕がやりました。

酒缶:「みちのく秘湯恋物語」を旅ゲーにしたのは、ディレクターさんの判断?

宗清:旅ゲーにしたのは、僕と加藤で話していて出てきたことです。最初から旅ゲーを志したわけではなくて、背景を描くお金がないから写真を撮ってきましょう、みたいな話で旅ゲーになりました。

酒缶:主人公がカメラマンという設定も旅ゲーという設定とリンクしていたんですか? 旅と実写とカメラマン。

宗清:全部セットで出てきていますよね。まずは、キャラクターの絵の枚数に限りがあるし、時間もないし、物語のボリュームはある程度小さなモノになる。どこかにゲームの括りを作らなければいけない、というときに花札で物語の進行をある程度制御することになって、花札で何を貰うか考えた時に、撮影権利にしよう、というところは全部リンクしていています。お風呂で撮影することなんかも、最初から出来ることはしようと思っていたので、ソニーさんとの話の中で、ギリギリまでやりました。あの頃は15才とかの括りがなかったので。

酒缶:ゲームアーカイブスの「kai」はCERO Cが付いてますね。でも、あのシチュエーションは、裸の状態で、花札とカメラを持ってお風呂に入っているんですよね。お風呂で花札をどうやって遊んでいたんだろう、って。

宗清:異常は世界です。実際の撮影も異常な世界だったと聞いています。お風呂の撮影は、夜中、お客さんがいなくなるまで待ってから撮影したようです。

酒缶:背景が写真だと、そんな苦労もあるんですね(笑)。

(インタビュー後編は来週9月30日に掲載予定です)

●プロフィール

酒缶(さけかん)/ゲームコレクター

1万本以上のゲームソフトを所有するゲームコレクターをしつつ、フリーの立場でゲームの開発やライターなど、いろいろやりながらゲーム業界内にこっそり生息中。ニンテンドードリームにて「酒缶が訪う」連載中。最新作は3DSダウンロードソフトウェア「ダンジョンRPG ピクダン2」。

■公式サイト「酒缶のゲーム通信」
http://www.sakekan.com/

■twitterアカウント
http://twitter.com/sakekangame

■電子書籍「ゲームコレクター・酒缶のファミ友Re:コレクション1」
http://www.pubooks.jp/item/detail?id=386

※画面は開発中のものです。

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