本日2016年8月24日開催の「CEDEC 2016」にて行われたセッション「人がゲームにハマる心理~行動経済学とソーシャルゲーム~」の会場レポートを公開。

橋本之克氏
橋本之克氏

人がゲームにハマる心理――そのプロセスを学生の時分に知っていたのならば、私は今こうやってゲーム業界に身を置いていたのだろうか? まあ、良し悪しを除いては語れぬ領域なので、答えは出ないのだけれど。

タイトルを見てそんなことを考えた人がいるのかはさておいて、ここで紹介していくのは“行動経済学の知見をもとに、ゲームをする人の心理を理解し、ゲームにおける欲求や行動を起こすためのヒントを探る”というコンセプトの元、アサツーディ・ケイ 第1アクティベーション・プランニング本部 第1アクティベーション・プランニング局 プランニング・ディレクターの橋本之克氏が行った講演である。

橋本氏が登壇後にまず述べたのは、氏のこれまでの遍歴と、そこで学んだというマーケティングについてだ。マーケティングには4つのP(プライス、プレイス、プロダクト、プロモーション)があり、それらを組み合わせ、モノを売っていたと語る。しかし、この10年で時勢は変化し、マーケティングでは(あるいはマーケティングでも)どのようなモノを作り上げるかで、その価値が変動するようになったという。

ゲームに例えるのならば、当時が「プログラミングをし、ビジュアルを作り、サウンドを作り、ゲーム作品を完成させ、ただリリースしていた」とすれば、昨今では「作品をプレイした人にどのような価値をもたらすのか」、つまりエンドユーザーの間で起こるであろう反応や、それに対するケアが必要になったのだ。

この一例については橋本氏より、高度経済学に興味を持ったきっかけとなる、同社への入社当初の17年前のことが語られる。当時は広告代理店ということで「車」や「旅行」など、広告の華に憧れていたという橋本氏。しかし、会社では金融担当に配属されてしまったらしい。

ところが、当時起きた大規模な制度改革「金融ビッグバン」の訪れとともに、それまで金融機関同士では行われなかった「競争」の概念が広まり、巷には広告が溢れ、2005年に至っては金融広告のニーズが業界トップに上り詰めるほど、金融会社間での競い合いが増していたという。その結果、“マーケティングで重要なことが価値になっていった”その変動を、身をもって実感したと語る。

金融広告には、ポジティブな内容を周知させるためだけでなく、ネガティブなイメージを払拭することも求められる。一例として「カードローン」の名が挙げられたが、確かに筆者も借金や金融機関に対する抵抗感がないといえば、嘘になる。しかし、それらの金融側に対するネガティブさを理由に利用しないと語る人々の裏面に調査を試みたところ、橋本氏は“(お金を)借りてしまう自分に対する自己嫌悪”が隠されていたのだと主張した。

調査の回答(上記画像)と実行動の関係は、つまるところ“言っていることとやっていることの矛盾”である。そして、その人間の行動の矛盾や不合理を、実験を通して解き明かす学問こそが、行動経済学だと述べた。

人は自身の行動を「常に合理的なものである」と判断し、実行に移すが、時には不条理なこともやってのける。合理的な選択というのは極論、欲しいものがあったとき、選択肢となりえるすべての商品を調べ、その中で比較し、自身のベストな商品を購入することだ。しかし、現実はそうではなく、選択肢の多さから諦めて妥協したり、「もっといいものがあるかもしれない」と思いつつ目の前のモノを買ったり、あるいはその場で衝動買いをすることもある。

橋本氏が以降の講演で語ってくれたことをあらかじめ要約しておくと、氏はこれらの不合理を起こす心理をカテゴライズすることで、マーケティングに紐付けているのだ。

レアアイテム、ガチャで止められなくなる理由

橋本氏は、これからのソーシャルゲームは、世間の経済・社会状況とリンクしていないと受け入れられなくなると述べた。近々の社会情勢などを加味してだが、これからのターゲットとなるユーザーは、日々の生活で(ゲームにかかわらず)収奪されたくないという意識が強まるのだという。

当たりの強い表現ではあるものの、今の時代は買い物=リスクであるらしい。欲しいものを買えることは間違いなく素晴らしいことだが、「買うまでの・買ったことの後悔」という反面がつきまとうため、人は損をしないように、それらを無意識で損得勘定する。この意識が、以下のソーシャルゲームを止められない心理のはじまりといえるだろう。

ソーシャルゲームが止められない理由の一つ目として、ここで行動経済学でいう「サンクコスト効果」が説明された。昨今のソーシャルゲームに求められるのは、ターゲットにゲームにハマってもらうため、止められない止まらないゲームを作ること。もちろん、ポジティブな意味でだ。それらの手段として、プレイを継続してもらうための「ガチャ」や「複数プレイ」といった要素が充実されているのは、Gamer読者には周知のことだろう。

その内、現在良くも悪くも話題に挙がりやすい「ガチャが止められなくなる」理由を深掘りしていくと、行動経済学においては「フレーミング効果」の1つである、サンクコスト効果に当たるのだと、橋本氏は述べた。

サンクコスト効果とは、過去に失って取り戻せないコストのことであり、現在の意思決定では過去にこだわる必要はないのだが、それにこだわってしまう心理を指している。

例としては、「5,000円の食べ放題でお腹いっぱいまで食べたけれど、もったいないから余計に食べてしまう」こと。これは支払った5,000円は戻ってこないにもかかわらず、それにこだわって現在の意思決定をしてしまった状態だからだ。私もおそらくしてしまう。ほかにも年会費といったシステムもその1つで、「年会費を払っているから~~を利用する」など、現在の意思に対し、過去に払ったコストが関係してしまう。

ここまでの説明で、レアガチャを引いてしまう心理が文法で説明できるようになった。ようは「使ったお金や時間がサンクコストになるため、止められなくなる」ということなのだ。しかも、これがさらにこじれていくと、機会費用の軽視(得られたはずの利益・選択を軽視してしまう)、損失先送り(ゲームによって失われた損失を、損失として確定させてしまうことへの恐怖により、ゲームを止められない)に繋がっていくという。

分析だけであればユーザーやメディアを問わず、広く分布している課金へのイメージ像であるが、学問的見地から改めて説明されると、その信憑性が再認識できた気分。

「継続」で止められなくなる理由

続いて挙げられたのは「プレイを続けていて上手くなってきた」「このゲームは自分向きだ」という、継続してゲームをプレイしている際の心理。これを深掘りすると、「プロスペクト理論」の「損失回避」による「保有効果」があるという。文字だけだとひたすら難しく感じるけれども、そう難しいものではないのでご安心を。

プロスペクト理論は「人は富そのものではなく、富の変化に価値を感じ、反応する」こと。また、人は利益よりも損失を大きく評価し、それゆえに損失を避けるため、得したときの満足に比べ、損したときの不満が2倍になってしまうのだという。それを避ける無意識が損失回避である。病気時の健康への喜びと、健康時の健康への喜びは、実感の面では相似ではないということか。

加えて、人は自身が所有しているモノほど高い価値を感じ、手放したくないと感じる心理現象が働くという。「小さなころに買ってもらったおもちゃ」など、所有していることが愛着に繋がり、価値を変動させる。これが保有効果を指す。

つまるところ、これらをゲームに置き換えてみると、「育てたキャラや、獲得したアイテムに保有効果を感じ、それを手放したくなる」となる。「このゲームが好きで遊んでいるから止められない」とでもいえば簡潔だが、深く切り込んでいるからこそ説明がつくというもの。

「複数プレイ」で止められなくなる理由

次は「~~さんもこのゲームをやっている」「たくさんの人がこのゲームをプレイしているらしい」というときに湧きあがる心理。これは行動経済学では「同調効果」というらしい。読んで字のごとくではあるが、「周りが遊んでいる、面白いと言っているから同調したくなる」という現象だ。

特にオンラインゲームの類など、「フレンドがインしてるから自分も」などの経験がある人には、非常に分かりやすい心理であろう。

「行動経済学」の視点で「ポケモンGO」を考える

続いてはこれまでの心理現象を踏まえ、昨今全世界でさまざまな反響をもたらしている任天堂のiOS/Android用アプリ「ポケモンGO」を行動経済学の視点から見ていくことに。

それぞれの効果については以下の図の通りだが、中でも橋本氏は広告業界で働いていることから「(世界中でさまざまなニュースになっているくらい、)そこまで面白いのか! と思わせる広告効果に非常に驚きました」とコメントしていた。

さらに、「ポケモンGO」には上記に加え、“ならではの要素”がいくつか備わっている。

まずは、「歩けば増える位置情報ゲーム」という面。これは損失回避を例に、「ゲームをプレイしている人は、道を歩いているだけでポケモンやアイテムが入手できる。そのため、道を歩いていること自体が既に得であり、それを確認しないことが損となる」という。本作のプレイヤーは無意識のうちに、歩いているだけという損な状態を回避すべく、ゲームを起動し、ポケモンやアイテムを探し続けてしまうのだ……確かに。

また、「ボール投げのモチーフ」という面。本作の画面をスワイプ操作してモンスターボールを投げ、ポケモンを捕まえるシステムは、橋本氏にとっては昆虫を捕まえていた行為を想起させるという。これには「利用可能性ヒューリティクス」という効果が影響しているらしい。

利用可能性ヒューリティクスは簡単に言うと、目の前の事象に対して、ある事柄をパッと思い浮かべ、それを踏まえて判断するという行為である。目の前にあるラーメンの丼に入っているものが何かと問われれば、経験上ほとんどの人はラーメンと答えるだろう。問われた時に「それは本当にラーメンなのだろうか?」と思考のプロセスを介する人はあまりいないと思われる。

この心理効果によって、人はモンスターボールを端末上で投げる際、「昆虫採集(などの)楽しい記憶と重なることで、より楽しいゲーム体験を感じている」のだとした。

さらに、ゲームを外に出て遊ぶスタイルにより、ゲームユーザー以外の層に訴求できた事実に関しては「認知的不協和が解消されたことにある」と述べた。これは一例だが、「ゲームをやらない人には、ゲームをやっている人が、暗い部屋でジーっとプレイしている不健康さ」を想起させているという。個人的にディティールに関しての異議は唱えたいところだが、大枠に対して異議を唱えられるわけではないので、多くは言うまい。

そして、「ポケモンGO」でゲームに触れた層は、ゲームをプレイしているユーザーを認知し、同時にソーシャルゲームへの不審を取り払い、自身を含めたゲームユーザー層に対する負のイメージを払拭したと語る。これは、人間が自身の発言も行動も常に合理的であると考えたくなる心理状況が端にあるらしい。「ゲームをやっている人は不健康だけど、私もゲームをはじめたから、ゲームをやっている人は健康」などと解釈しては穿ちすぎだろうが、あながち間違いではないはず。

これからのソーシャルゲームはどうあるべきか?

これまで語ってきたことを踏まえ、橋本氏は「行動経済学は人間のズルい部分を明らかにする学問です」と語った。ズルいという言葉を真正面から受け止めてしまうと、人によっては認識の差異が生まれてしまいそうな論調だが、上述してきた心理効果を考えると実に分かりやすい。

そして、今回語られた行動経済学は今後、人の心理を突く武器として、ユーザーによりゲームをより楽しんでもらうための武器となりえる。その使い方として橋本氏が出した結論は――人間の心理、ビジネススキーム、社会貢献まで含めて“WIN-WINの構造を作る”ことだ。

先の「ポケモンGO」の例では、マクドナルドとの連携が大々的に行われた(スポンサード活動)。また、社会貢献の一環としては、O2Oの施策から、被災地への支援、そこの人たちの心理を考えてゲームを作ることなどもあるだろう。こういったゲームを取り巻く環境を鑑み、それらと良好な関係を作り上げることで、ゲームはさまざまな発展が見込めるというのだ。

「ポケモンGO」が巻き起こした旋風を“ポケモンというIPだから”と一蹴するのは簡単だが、この前例を元に、そして今回語られた行動経済学の要点をもってゲーム作りを進めていければ、日本のソーシャルゲーム業界はさらなるレベルアップを果たすのかもしれない。このような側面からゲームに斬り込む講演こそが、まさにCEDECの華と言えるだろう。

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