2017年8月30日よりパシフィコ横浜にて開催されていた「CEDEC 2017」。ここでは8月31日のセッション「高品位フォントは、こうして生まれる~クオリティの追求とテクノロジーへの挑戦~」のレポートをお届けする。

目次
  1. 生活の中に潜む、さまざまなフォント
  2. 全ての文字が、手書きによって一文字ずつデザインされる

普段我々が何気なく目にする文字を形作る要素である「フォント」。モリサワは、古くは手動写植機や電算写植機で知られ、現在では日本語フォントにおける国内流通シェアNo.1を誇るメーカーだ。印刷物はもちろん、スマートフォンなどのデジタルデバイスにもさまざまなフォントを提供しており、日本で生活する上で、モリサワのフォントを見ない日はおそらくないと言っても良いほど、我々の生活との関わりも深い。

今回の講演には、同社デザイン企画部の阪本圭太郎氏が登壇し、モリサワを支える品質の高いフォントがどのように作られているか、その裏側が明かされた。

生活の中に潜む、さまざまなフォント

前半では、まずフォントというものが我々の生活にどのように関わっているかを示すデータが紹介された。

阪本氏によると、一人の人間が一日の間に目にする書体の数は、どういう一日を過ごしたかで人によって個人差はかなり激しくなるという前提はあるものの、約20程度となると考えているという。

一日の内、文字を見かける様々な瞬間を振り返ってみると、天気予報や占いには優しい印象を与える丸ゴシック系、多くのフォントと接する電車内の中吊り広告では、インパクトを与えやすい強めのゴシック体、ゲーム内ではポップな印象を与えるハッピーなど、それぞれの場面に適した書体が使用されている。

これだけでは、阪本氏のいう20には足りないように思えるが、これは同じデザインでも太さの違う書体がカウントされているため。Wordなどのテキストエディタを使っていると、文字の太さだけを変更する機能を使用する機会もあるかと思うが、これはソフト側が擬似的に文字を太くしているにすぎず、デザインの世界においては太さの異なるものはまったく別の書体として作られているのだという。こうした文字の太さは「ウェイト」、そのまとまりは「ファミリー」と呼ばれている。

例えば、複雑な文字の形をそのまま太くした場合、それぞれの線が干渉し、どんな文字なのか見分けがつかなくなってしまうという事態が頻繁に発生する。こうしたことが起こらないように調整を行うのが、モリサワなどのフォントをデザインするメーカーの役割となるわけだ。

そんなモリサワから一年間にリリースされるフォントの数は、平均で約19種類にも及ぶ。過去3年のデータでは、一年ごとの差がかなり大きくなっているが、2014年はウェイトの種類が多いUD書体がリリースされたのに対し、2015年はそれぞれの違いが大きいデザイン系の書体が中心となっていたという事情があったそうだ。

1つのフォントが対応する文字の数は、全23058種類。
中には日常生活ではまず使用しないような文字も多数含まれているが、
幅広い用途に対応するため、あらゆる文字を打ち出せるようにする必要がある。

またフォントとよく似た存在として、作品のタイトルや社名などに使われる「ロゴ」が挙げられるが、デザインの世界においては、これらは明確に区別されているという。ロゴがある特定の言葉を印象づけるためにデザインされるのに対し、フォントはどの文字が打ち出されても同じ表情をもつ、用途の幅広さが特徴となっているそうだ。

全ての文字が、手書きによって一文字ずつデザインされる

そんなフォント制作が、どれだけ膨大な手間が掛かるかを窺い知ることができたのが、「木へん」を用いた30種類の漢字を1枚に重ね合わせた比較画像だ。目で確認できる範囲でも、共通している「木へん」の部分の形が、文字によって微妙に違っていることがお分かりいただけるだろう。

これは同じ「木へん」を使った漢字であっても、それと組み合わせる文字によって美しく見える形やバランスが変わってくるため。もっとも読みやすい形となるよう、全ての文字が一つずつデザインし直されているという。

モリサワでは、全ての文字が、方眼紙と鉛筆を用いた手書きによる作業でデザインされている。

例えば下の写真におけるAとBのへんの長さは、一見Bの方が長いように見えるが、実はこれらの長さはどちらも同じ。これは「錯視」とよばれる人間の目の錯覚の一種によるものだ。

同様に、口や十という漢字をそのまま同じ長さで書くと、横線の方が太く見えてしまう現象が発生する。これを避けるため、モリサワでは縦線を太くすることで空間的なバランスを調整しており、こうした細かな作業が全ての文字で行われている。

さらにフォントをデザインする工程の中では、一つの文字だけではなく、使用頻度の高い熟語を紙に出力し、漢字同士を並べても違和感がないか、人の目で一文字ずつチェックするという、膨大な時間を要する確認作業も行われる。

阪本氏によると、こうした一見アナログ的にも見える手法が用いられているのは理由があり、「文字はあくまで人間の目が触れるものであるため、デザイナー自身の感覚を大切にしている」ためなのだという。

その紙の分厚さから、どれだけ膨大な数の熟語の確認作業が行われているかを窺い知ることができる。
アナログ的な手法だけではなく、最新のデバイスを用いたデジタル的な工程も最終的な仕上げに使われている。

講演の最後には、モリサワが今後リリース予定の書体もいくつか紹介。時代の流れにあわせてフォントも確実な進化を続けており、その制作の裏側には膨大な手間やこだわりが隠されていることも知ることができた。

2017年の秋にリリース予定の「A1ゴシック」は、大ヒット映画「君の名は」のタイトルにも使われた
人気書体「A1明朝」の流れを組んだ、滲んだように見える表現が特徴の書体だ。
同じく2017年の秋にリリース予定の「みちくさ」。主に縦書きに向いた書体で、
文中なのか文末なのかによって文字の形が変わるという、新しい技術が盛り込まれている。

普段意識する機会が少なくとも、我々の生活とは切っても切り離せない関係にある「フォント」。プレイヤーが数字や文字と長時間向き合うことの多いゲームという分野においても、その影響力は非常に大きいと言えるだろう。

モリサワのWebサイトでは、自由に文字を入力し、様々の書体一度に見比べられる「試し書き」ができるようにもなっている。さまざまな文字の形を比較してみて、フォントについて今一度考えてみるのも面白いかもしれない。

モリサワのフォントはゲーム機との関わりも深く、最新ハードであるNintendo Switchにも採用されている。

※画面は開発中のものです。

本コンテンツは、掲載するECサイトやメーカー等から収益を得ている場合があります。

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