「Bury me, my Love」をレビュー。2018年NHK日本賞デジタルメディア部門を受賞したテキストメッセージ型ノベルゲームのiOS版がついに日本語化。その内容を紹介する。

目次
  1. チャットアプリを通じて妻を導くノベルゲーム
  2. そもそもシリア内戦とは?本作の背景
  3. 生きるということ…!戦時下の一般市民
  4. 積極的に楽しみたいと思う人にとって心に刻まれる一作

「Bury me, my Love」は、Tilt Gamesからリリースされたテキストメッセージ型ノベルゲーム。シリア内戦と難民をテーマにした「シリアスゲーム」的な作品だ。「シリアスゲーム」とは、娯楽を目的とした一般的なゲームとは違い、教育や医療など、社会の様々な問題解決を第一目的としたゲームのこと。本作も、シリア内戦や難民の実態を知ってもらうことが意識されており、制作にあたっては、実際の難民からの聞き取り調査に基づいて作ったのだという。その一方で、エンターテイメント性も決してゼロではない。ストーリーを通して描かれるのは、人間ドラマ。人間のつながりが生み出す感動は、プレイヤーの気持ちを強く揺さぶる力を持っている。

チャットアプリを通じて妻を導くノベルゲーム

本作の主人公は、内戦状態のシリアから難民としてヨーロッパへ向かおうとする夫婦。まず妻のノアが単身シリアを脱出。夫であるマジドは、タイミングをずらして後からノアの元へ向かうという予定だ。

プレイヤーの役割は、マジドとなってノアをサポートすること。マジドとノアはスマートフォンのチャットアプリでコミュニケーションをとっている。プレイヤーはマジドとして、返信を行う。操作としては、選択肢から返信内容を選ぶという形。選択肢を選ぶことで、ノアにアドバイスを与えたり、励ましたりするわけだ。

こうしたゲームシステムそのものは、スマートフォン向けのテキストメッセージ型ノベルゲームの基本的なシステムを踏襲している。使っているのがチャットアプリなので、選択肢を選んでもすぐテキストが更新されるわけではなく、タイムラグがあるという点も、一般的なテキストメッセージ型ノベルゲーム同様。もちろん、テキストの更新を実時間と連動させるかどうかはオプションで選択可能だ。

ただ本作の場合、極力実時間と連動させた方がいい。その方が、シリア内戦の状況や難民が置かれた状況を実感できるからだ。ノアがシリアから脱出するまではもちろん、シリアから脱出して以降も、数多くのトラブルが待ち受けている。騙そうとする人間だっているし、騙さないにしても、難民をこころよく思わない人も多い。だからこそ、ノアからの返信時間が遅いことに不安が募る。「何かヤバいことがったのかも…」と最悪の事態を想像し、「選択肢が間違っていたのかも…」と思ってしまう。夫であるマジドが味わっているのは、こうした感覚だろう。

そもそもシリア内戦とは?本作の背景

本作の物語のはじまりは、2016年、シリアの中の都市ホムスからノアが旅立つ…という場面。基本的に物語は「いかにシリアから無事脱出するか?」というノアとマジドの視点に置かれているため、シリア内戦の詳細は説明されていない。ただ、2人の置かれた状況を把握する上では、ある程度シリア内戦について知っておいた方がいいだろう。そこで、ここである程度説明しておきたい。

シリア内戦とは、政府軍、シリアの反体制派、そしてそれらの同盟組織などによる内戦のこと。内戦初期の状況こそ、シリア政府に対する抗議運動という形だったが、その後戦闘に発展。反体制派側もひとつの組織というわけではなく、人種的・宗教的に異なる立場であることから反体制派間でも戦闘が発生。さらにそこへアメリカやフランスをはじめとした多国籍軍、ロシア、イランなどといった諸外国が介入。人種的対立、宗教的対立、経済的利害など、様々な思惑によって様々な勢力が衝突する形になっており、紛争解決が困難な状況となっている。

シリア内戦がはじまったのは、2011年。では、本作で描かれる2016年、都市ホムスはどのような状態だったかといいえば、戦闘は行われていたものの、国内ではまだ安全な方だったという。なお、シリア内戦は現在もなお継続中だ。現在のホムスがどうなっているのかというと、都市の建物ほとんどが半壊し、廃墟となってしまっている。

こうした背景が頭に入っていると、ノアとマジドのやりとりから受ける印象も、また変わってくるのではないだろうか。彼らの抱える「怖さ」もより強く伝わってくるし、ノアを励まそうとするマジドの優しさや、押し殺そうとする不安など、感情がより深く理解できるのではないかと思う。

生きるということ…!戦時下の一般市民

「戦争」を扱ったゲームは少なくない。ただ、エンターテインメント的なゲームの多くは、軍隊を指揮する「将軍」や、戦闘を行う「兵士」の立場を通して「戦争」を描く。これに対し本作は、「一般市民」の立場から「戦争」を描いている点が特徴だろう。

筆者は戦争を経験したことがない。ただ、実際に第二次世界大戦を生き延びた祖母に育てられたため、よく戦争の話を聞かされた。それによると、戦時下の一般市民ができることといえば、「避難する」ことと、「生きる」ことだったという。空襲されやすい都市部から、空襲されにくい田舎へ疎開するという形で「避難する」。あるいは、空襲警報などの警報が鳴ったタイミングで、防空壕などへ「避難する」。

ただ、いつ空襲が起こるかはわからないから、ずっと防空壕にいるわけにもいかない。そして、都市部にいても田舎に避難しても、「生きる」ためには仕事をして食事をしなければならない。つまり、日々の生活をしていかなければならないのだ。そして、日々の生活をしていかなければならない以上、そこには「余裕」がいる。ずっと張り詰めて、怯え続けていられるものではない。だから、戦時下といっても、冗談を言ったり、生活の工夫で楽しさを見出したり…なんてことをしていたと聞いた。また、家族で生き抜くためには闇市などを利用しなければならないこともあったという。つまり、したたかさが求められたということだろう。

この「戦時下でしたたかに生きる」という部分については、本作からも強く感じた。「密入国」という言葉は、一般的には悪い意味で使う言葉だろうが、ノアとマジドにとっては、利用することが大前提。そして、「密入国」の相談をしながらも、2人は冗談をかわし合う。非常にしたたかに見える。

ただ、したたかなのはノアとマジドだけではない。ここぞとばかりに値段を釣り上げるタクシー運転手など、周りに十分、したたかだ。そもそも状況的に、したたかでなければ生き残れない。

戦争によって、明日をも知れぬ…いや、もしかすると数分後には命がないかもしれない。そんな状況がもたらされてしまうことは、間違いなく不幸だ。一方で、「一般市民」たちはその中でもなんとか生きていこうとする…。置かれた立場は弱いが、生き方はしたたか。そんな「戦時下の一般市民」の姿を繊細に描いたところに、本作ならではの魅力があるように思う。

積極的に楽しみたいと思う人にとって心に刻まれる一作

ここまで紹介してきたとおり、本作は「爽快感」や「恐怖」、「泣き」などといった感情を娯楽的に盛り立てる作品ではない。この記事に書いた通り、そもそも本作が扱っているシリア内戦は、「終結を迎え、歴史として記録されている出来事」ではない。今、シリアで起きている現実の社会問題であり、我々の生活と地続きの課題だ。なので、本作を現実と切り離して純粋に楽しめるかと言われれば、NOだろう。むしろ、プレイしていて「自分事として考えざるを得ない」という部分にこそ、「シリアスゲーム」としての価値がある。

一方で、ノアとマジドの絆や、戦時下に生きる人間のしたたかさなど人間ドラマを感じさせる部分や、シリア内戦の状況について理解が深まる部分などに、「知的な楽しさ」が存在している。「自分事として考える」だとか、「知的な楽しさ」という点では、小説における純文学系の作品に近いといえるかもしれない。なので、娯楽を目的とした一般的なゲームをプレイする感覚で、受け身でプレイすると、本作の魅力を知ることは難しいだろう。

一方、純文学系の作品がそうであるように、作品に興味を持ち、積極的に楽しみたいと思う人にとっては、本作は心に刻まれる一作となるはず。なので、本作に興味を持ったのなら、是非プレイしてみてほしい。一般的なゲームで味わう「楽しさ」とはまた違った、「シリアスゲーム」ならではの「知る楽しさ」が味わえるはずだ。

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