中国ゲームメディアUCGによる連載企画第7回は、UCG本誌で掲載されたコラムの翻訳版「中国乙女ゲームの感情構造」“理想の関係性”のつくり方の第2回をお届けする(全4回)。

「私は三次元の恋愛にあまり興味がなくて、好きなのは二次元のキャラクターだけなんです。『恋とプロデューサー〜EVOL×LOVE〜』から『恋と深空』まで、本当に“二次元の彼氏”と恋愛している感覚があります」
そう語るのは、乙女ゲーム歴7年のプレイヤー、ミャオミャオ(仮名)だ。現在は「恋と深空」を中心に遊んでいるという。「恋とプロデューサー〜EVOL×LOVE〜」と比べて3D表現により没入感はさらに強くなったが、それでもプレイをやめたわけではない。
「作品ごとに恋愛関係が違うんです」
彼女の一日は、朝のデイリーミッションから始まる。通勤中や、デリバリーを待つちょっとした時間にもゲームを開く。
「自分ひとりじゃなくて、ホムラも一緒に出勤してる感覚なんですよね。」
仕事中には、「恋と深空」の“付き添いモード”を起動して、キャラクターをそばに置いているという。
「これってサボりになるのかな(笑)。でも本当に彼がそばにいる感じがして落ち着くんです。上司にも見せたことがありますけど、操作が必要なわけじゃないし、むしろ集中力が上がるんですよ」
一方で、別のプレイヤーである暴力兔子(仮名)は、主人公と自分自身を明確に切り分けている。彼女にとって重要なのは「キャラクターとの関係性」だ。
「主人公はあくまでゲームのキャラクターです。どれだけ衣装を買って写真を撮っても、結局はキャラクターでしかない。私自身にはなれません。現実の男性が、私の理想を超えることはないと思っています。私は本気で彼を“二次元の彼氏”として見ています」
彼女はグッズ収集にも熱心だ。アクリルカードやぬいぐるみを持ち歩き、旅行先や食事のたびに写真を撮るという。
「キャラクターを作ったのはゲーム会社だとしても、恋愛関係を育んでいるのは私たち自身なんです。彼は絶対に“ただのプログラム”じゃない」

もちろん、主人公と自己をそこまで厳密に分けないプレイヤーもいる。
「自分で作った主人公だからこそ愛着が湧くし、理想の自分を投影できるんです。ゲームと現実は別です。でも、ゲームの中だからこそできる恋愛ってあるんですよね」
そう話すミク(仮名)は、「シャイニングニキ」「恋と深空」「代號鳶 (ダイハオユァン)」などをプレイしている。現実にも恋人がいるが、それでも乙女ゲームは特別な存在だという。
既婚者プレイヤーのリタ(仮名)もまた、現実とゲームを自然に共存させている。
「私にとって乙女ゲームは、“恋愛”というより“推し活”に近い感覚です。現実の恋愛と混ざることはありません」
彼女にとってゲームは、日常を少し豊かにしてくれる“スパイス”のような存在なのだ。

こうしたプレイヤーたちに共通しているのは、乙女ゲームが単なる娯楽以上の意味を持っているという点である。
プレイヤーがゲームに求めるのは、キャラクターや物語への感情移入だけではない。そこには、「もう一人の自分」を作り上げ、確認していくプロセスも存在している。そして、ゲームと現実の境界線をどう捉えるかに関わらず、多くのプレイヤーは乙女ゲームを通して、自分自身の感情や欲求と向き合っているのである。

幻想でありながら、現実を超える「理想の彼氏」
乙女ゲームにおける「恋愛」は単なるフィクションではなく、プレイヤーの視点に合わせて精密に設計された仮想的な感情体験である。
そこにあるのは、現実の恋愛に付きまとう衝突や不安、煩わしさを取り除いた理想化された関係だ。尽きることのない愛情、関心、尊重―プレイヤーはそのすべてを受け取ることができる。
ゲームの男性キャラクターは多くの場合、完璧な「理想の彼氏」として設計されている。クール系であれ、ヤンデレであれ、年下キャラであれ、その根底にある役割は共通している。彼らは常に、「あなた」を人生の中心に置いてくれる存在なのだ。
この一途さや献身は、単なる恋愛描写ではない。ある種の“感情サービス”として機能している。

現実の恋愛は、互いが変化し、衝突し、折り合いをつけながら関係を築いていくプロセスといえる。しかし乙女ゲームでは、感情の流れはあらかじめ設計されている。プレイヤーは選択肢を通して物語に参加しているように感じるが、その結末の多くは、すでにゲーム側によって用意されている。
つまり乙女ゲームの恋愛とは、本質的には「感情の定型」であり、幻想でもある。それでも、この仮想恋愛はプレイヤーの感情的欲求を強く満たしてくれる。プレイヤーは、現実のような衝突や不安に向き合うことなく、理想化された愛情空間の中で、安心して「愛される」ことができる。
キャラクターの微笑みや気遣いの言葉、献身的な態度は、即座に感情的な満足感をもたらす。それは厳密には現実の恋愛とは異なるかもしれない。しかし少なくとも、プレイヤーの心にある空白を埋め、一種の慰めとして機能していることは確かだ。
そして、この幻想はしばしば現実にも影響を与える。プレイヤーは無意識のうちに、ゲーム内で提示された理想の恋愛を現実の人間関係にも重ねてしまうことがある。相手に対して、ゲームの男性キャラクターのような無条件の愛情や献身を期待してしまうのだ。だが現実の恋愛は、不完全で複雑なものである。その落差が、現実への失望につながる場合もある。
「現実の男性が、どうやって“彼”に勝つんですか?」
そう語るルオジー(仮名、乙女ゲーム歴3年)は、乙女ゲームを自分にとって大切な感情の出口だと捉えている。
「今は現実で相性のいい人に出会っていないので、『恋と深空』をちゃんと楽しんでいます。でも、本当に素敵な人が現れたら考え方は変わるかもしれません。ただ、今は恋人を探したいとは思わないんです。三次元の男性と違って、二次元の彼氏はお金を払った分だけ感情的な価値を返してくれます」
彼女は現実の関係性よりも乙女ゲームによる「感情的な満足」を重視している。彼女にとって幻想の恋人は、現実よりもコントロールできて、安心できる存在だ。
「現実の男性は私の財布ばかり見ている気がする。でも乙女ゲームのキャラクターは、仕事も勉強も運動も、ちゃんと寄り添ってくれるんです。彼は必ず私を選んでくれる。その安心感があるんです」
彼女にとってその関係は「偽物」ではない。乙女ゲームにおける「揺るがず選ばれる感覚」は、彼女にとって大切な基盤になっている。
一方で、長年二次元文化に親しんできたシーコウ(仮名)は、ゲーム内キャラクターを“彼氏”とは考えていない。
「現実に7年付き合っている安定した彼氏がいますから」
それでも、乙女ゲームが生活に欠かせない存在であることは否定しない。
「乙女ゲームって、退屈な日常の調味料みたいなものなんです。自分の感情を預けられるユートピアでもある。恋愛しているのは“二次元の自分”であって、現実の私ではありません」
彼女にとって、現実の恋人とゲーム内の恋人は競合するものではなく、むしろ補完関係にある。
「現実では相手の不完全さを受け入れなきゃいけない。でも二次元の恋人は、自分が理想とする要素を全部満たしてくれるんです。甘え方とか、距離感の取り方も学べるので、現実の恋愛関係も前より安定した気がします」
彼女にとって乙女ゲームは、単なる逃避ではない。幻想を通して現実の恋愛にも良い影響を与え、自分を見つめ直す装置でもあるのだ。

乙女ゲームの恋愛は、単なる現実逃避ではない。そこには、感情的欲求を補う「補償」のメカニズムが存在している。理想化された関係は、プレイヤーに安全な感情空間を与える。その中でプレイヤーは、現実で背負わされている期待や抑圧から一時的に解放され、無条件に「愛される側」になることができる。
現実社会では、多くの女性が他者の感情を受け止め、気を遣う役割を担わされがちである。しかし乙女ゲームの中では、その構図が反転する。男性キャラクターこそが感情労働を担い、プレイヤーへ無条件の愛情や関心を注ぎ続ける存在になるのだ。この「感情労働の反転」は、現実で疲弊しているプレイヤーにとって、大きな感情的補償として機能しているのである。
乙女ゲームは鏡? それとも影?
乙女ゲームの感情構造には、「投影」と「反射」という独特のメカニズムが存在している。プレイヤーはゲームの中で、自分の欲望や理想、恋愛観をキャラクターや物語へ投影する。そして、男性キャラクターから返ってくる反応によって、自らの感情を確認していく。
つまりプレイヤーが向き合っているのは、単なる男性キャラクターではない。そこに映し出されているのは、自分自身の内面的欲求でもある。ゲーム内の選択肢ひとつひとつには、プレイヤー自身の期待が込められている。そしてキャラクターから返ってくる応答が、その期待を「反射」する鏡として機能する。

ユールー(仮名)は、小学生の頃からアニメや女性向けゲームに親しんできたベテランプレイヤーだ。乙女ゲーム歴はすでに22年になる。
「乙女ゲームがあるから現実恋愛をしない、というわけではありません。ただ、現実が苦しい時に、二次元に深く没入したくなることはあります」
彼女は乙女ゲームを単なる逃避ではなく、「自己形成のプロセス」だと考えている。
「シナリオライターが作るキャラクター像って、本当に立体的なんです。テキストを読むたびに心が柔らかくなる。私は彼らから温かさや勇気をもらっています。もし現実であんな素敵な人に出会ったら、もちろん好きになると思います。でも、二次元と三次元はやっぱり別です」
それでも、彼女にとってゲームキャラクターは単なる幻想ではない。幼い頃には、あるアニメキャラクターを人生の目標のようにして生きていた時期もあったという。
「昔から、好きなキャラクターの価値観や生き方を真似したくなるんです。今は、自分が“選びながら変わってきた”ことに満足しています。世間から見れば、彼らはただの幻想かもしれません。でも私にとっては違うんです」
彼女にとって、キャラクターは人生を形作る一部でもある。キャラクターたちにある種の“実在感”すら感じている。
「私はいつも、自分の世界から彼らの人生を見守っている感覚があるんです。次元は違っても、大切に思う気持ちは変わりません。乙女ゲームを遊ぶ意味って、自分の幸せを大切にすることだと思うんです。自分の感情を尊重しているからこそ、彼らも大切な存在になるんですよ」
こうした相互作用によって、乙女ゲームは多くのプレイヤーにとって「自己認識」の場になっている。プレイヤーはキャラクターへ感情を注ぐたび、自分の欲求や理想を投影している。そしてキャラクターから返ってくる反応を通して、自らの感情を確認していく。仮想恋愛のキャラクターやシナリオは、プレイヤーの感情欲求を映し返す「反射装置」として機能している。
たとえその関係が虚構であったとしても、そこから得られる感情体験は、現実の自己認識や恋愛観に深い影響を与えうる。だからこそ乙女ゲームは、単なる娯楽では終わらない。それは、プレイヤーが自らの感情を見つめ直し、「自分は何を求めているのか」を探り続けるための、ひとつの“感情認識の実験場”なのである。

Xみーしゃ:https://x.com/miishyagames
TikTokみーしゃ:https://www.tiktok.com/@miishyagames
本コンテンツは、掲載するECサイトやメーカー等から収益を得ている場合があります。

































