2013年7月23日に開催された「Game Tools & Middleware Forum(GTMF)」。本イベントで行われた「6人で作ったコンシューマタイトル『箱 ! -OPEN ME-』の制作体制 」の講演内容をお伝えする。
PS Vita用ソフト「箱! -OPEN ME-」は、PS Vitaのカメラを通してARマーカーを見ることで画面上に箱が表示され、仕掛けられたギミックを解きつつ箱を開けていくというゲーム。一風変わったゲーム性に加え、東京ゲームショウ2012の出展に合わせて体験版が配布されたり、配信前日には秋葉原のツインボックスアキハバラにて“ハコンファレンス”という名のイベントを開催したり、何かと話題になっていたタイトルだ。
そんな本作は、企画の立ち上げからマスターアップまで6人で開発されるという、プロジェクト的にも一風変わったところがある。今回の講演では、「箱! -OPEN ME-」の前には「ゴミ箱 -GOMIBAKO-」でもプランニングとディレクターを務めていた松田太郎氏によって、開発体制にまつわる話が行われた。
松田氏はまず、本作がコンシューマタイトルとしてはかなり少人数の6人体制で開発されていたことや、プロトタイプから製品版のリリースまで終始プログラマーが1人だったという、ミドルウェアなしでは到底不可能な、ミドルウェアを使っても相当にきつい、サディスティックなプロジェクトであったと述べた。
また、企画立案からマスターアップまでの期間は約8ヶ月だが、その間にも一度頓挫したことがあり、厳密には6ヶ月程で制作したのだとか。しかも体験版や製品版、「AKB1/149 恋愛総選挙」とのコラボボックス、アジアや北米向けのバージョンなど、合計6種類のパッケージをリリースしたため、開発期間中はデバッグをしながら別バージョンを制作する状況が続いていたという。
さらに、アドホック通信を使った同期プレイやネットワークの利用など、1人しかいないプログラマーからすると、自分1人なのに要件が無数に存在するという、特に大変なプロジェクトだったに違いない。
実際に60以上のステージ(箱)を作るにあたり、制作フローを見つめ直すタイミングがあったという。プロトタイプを制作する前は、デザイナー5人が箱をプランニングし、グラフィック制作をして出来上がった仕様をプログラマーに渡し、コーディングするという流れが取られていた。ただ、これだと箱ごとにギミックがあり、専用コードも山ほどあるため開発に時間が掛かり、その後もデバッグしてプログラマーに差し戻したりと、とにかくプログラマーの首が絞まっていく状態だったようだ。
そこで、デザイナーだけで箱を作る作業を完結させ、1人しかいないプログラマーをできるだけ自由行動できるようにして、プロトタイプ制作後は新しいフローに移行することになった。新しい制作フローでは、プログラマーがシステムやネットワーク周りのことを担当するのだが、この時、プログラマーの負担をさらに減らせるよう、ミドルウェアを導入することにしたという。
本作の開発で導入された主なミドルウェアは3つあり、この場ではソニーが開発した「SmartAR」と、MATCHLOCKのエフェクト制作用ミドルウェア「BISHAMON」に焦点を当てて話が進められた。
まずは「BISHAMON」について。本ツールの導入に関しては、サンプルコードが提供されているので、当たり前ではあるがソースコードをたくさん読む必要が出てくる。ほかにも、未実装機能を独自で強化・実装する場合は内部のコードに手を加える必要もあったというが、プログラマーを介さずデザイナーで最終チェックまでできるので、トライアンドエラーの回数も格段に増え、結果的にはみんながハッピーになったようだ。
続いては、ARを活用した本作には欠かせないARライブラリについて。本作ではSmartARと呼ばれるものが採用されているが、開発当初はSmartARバージョンが低く、入力された画像とのマッチングがイマイチだったという問題などもあり、最終的にSmartARに決めるまで、さまざまなものが試されている。
例えば、北米のPS Vitaに標準搭載されているARカードをプレイするために利用されている「WAAR」。これは非常に軽量ながら、マーカーを瞬間的に見失ってしまうため、実用は厳しい状況だったという。
そこで、弱点を克服するためにSCEのロンドンスタジオで開発中だった「Magnet」と呼ばれるライブラリも試してみたようだ。するとこの「Magnet」、箱が空中でスライドしてしまうこともなく、カメラを固定した際に微振動することもない、衝撃的なクオリティだったとのこと。
しかしVRAMやCPUをかなり占有するのに加え、正式にSDKとしてリリースされるか不透明だったため、タイトなスケジュールの中で採用するのは、冒険的すぎるとの判断に。どのライブラリにするか決められないまま3ヶ月が経過した頃には、SmartARのバージョンが上がって問題点が大きく改善されていたため、ようやくSmartARを採用することで落ち着いたのだ。松田氏はここで得た教訓について、「ミドルウェア」を使うことは簡単ですが、それを最大限利用するのは大変だと感じました」とコメント
ミドルウェアを導入する利点と欠点については「プログラマーの工数が明確に減り、トライアンドエラーの回数を増やすことができます。ただ、ミドルウェアにはブラックボックスが存在することが多いため、プロジェクト開始の段階からミドルウェアメーカーさんと密に接して協力を得られる関係性を作ることが重要です」とまとめた。
最後にディレクター視点のコメントとして、会社からミドルウェアの費用が本当に必要なのか問われた際には、「プログラマーの人月と価格を比べればミドルウェアは明らかに安いので、冷静に資料を作って説明する必要があると思います」と述べ、講演を締めくくった。