5月14日にNintendo Switch用のダウンロードソフトとしてリリースされたなぞ解きアドベンチャーゲーム「アンリアルライフ」のレビューをお届けしよう。
少女が目覚めたのは、しゃべる信号機や動物たちが暮らす不思議な夜の街
横断歩道の前で目覚めると、一切の記憶を失っていた女の子・ハル。彼女を起こしてくれたのは自称“高性能AI信号機”の“195”だった。195のナビゲートで辺りを調べたハルは、自分が“先生”と呼んでいた女性に会わなければならないことを思い出すーーこうしてはじまる「アンリアルライフ」は、夜が明けない不思議な世界での、ハルと195の旅路が描かれるゲームだ。
開発したのは個人ゲーム開発者のhako 生活氏。発売中のNintendo Switch版を皮切りに、Steamやスマートフォンへの移植も予定されている。
ゲームとしては、フィールドでクリックできる箇所を探し、クリック時のリアクションによって状況が変化する“ポイント&クリックアドベンチャー”の一種と言える本作。一部のギミックはパズルを解くような思考を要求される。
仕掛けの起動や、キャラクターとの会話など、この手のジャンルのオーソドックスな選択肢以外に、本作ではハルが触れたものの周囲の過去の風景を読み取れる“さわる”というコマンドが存在。これによって可視化される風景が、あるときは謎を解くカギとなり、またあるときは先生を追いかける道しるべとなってストーリーが進行していく。
アイテムを入手することもある。入手したアイテムはハルが肩に掛けているカバンに入れて持ち運べ、カバンから取り出せば、いつでも使用することが可能だ。このアイテムの数々も、謎を解き、ゲームを進行させるためになくてはならない存在となっている。
絵筆はキャンバスに絵を描くときに使えるし、ホイッスルはハルに懐いたとある犬を操作したいときに使えるほか、大きな音を出すことで状況を打破するような局面もあるだろう。カバンに最初から入っている“青い本”は、ゲーム開始時、識字能力すら失っているハルにとってはあまり役に立たない代物だが、いずれ読めるようになるときが来るかもしれない。
ハルたちが旅をする世界は、僕たちが暮らしている世界とはちょっと違うらしい。夜が明けることはないし、アパートの扉を開けたらそこは豪華なホテルだったりと、世界の構造も奇妙に歪んでいるようだ。
また、ハルと先生以外は人間の姿も見当たらない。かわりに出会うのは、個性豊かな“人ならざる者”たち。ホテルの支配人は頭がぐるぐる回る箱になっているし、カフェテリアで料理を振る舞ってくれるのはお喋り好きなマリモ。技術者として働いているのは、口数は少ないが腕は確かなネズミだ。
最初はハルに非協力的な者もいるが、みんな、愛すべきキャラクターばかり。ときおり不穏な気配も漂わせる本作だが、全編を通して優しい温かみのようなものを感じられるのは、ハルを親身にサポートする195も含めた、“人ならざる者”たちの“人間味”に満ちた台詞の数々が大きいだろう。
極上の没入感をもたらす細部のこだわり
真夜中の静謐な雰囲気をドット絵で表現したグラフィックと、寄り添うように奏でられる音楽も本作の魅力だ。水面に逆さまに反射したゆらゆら揺れるハルの姿や、電車に乗っているときに流れていく背景などの美しさは、スクリーンショットでは伝わらない部分なので、ぜひ実際にプレイして確かめてほしい。
テキストウィンドウやメニュー画面などのユーザーインターフェースにもこだわりを感じる。また、テキストは“ストーリー上重要なこと”や“謎解きのヒントになる部分”がオレンジ色で表示される。難易度もさほど高くないので、謎解きが苦手なプレイヤーでもあまり詰まらずにプレイできることと思う。
現時点ではNintendo Switch版のみがリリースされている本作。Switch版の開発に注力したことが大きいのか、このハードの持ち味がしっかり活かされている点も見逃せない。
特に大きいのはJoy-ConのHD振動の活用で、ハルが歩くときや何らかのアクションを実行したとき、かなりの頻度でコントローラーが震える。しかも行動によって震え方にかなり変化を付けているようだ。世界に“さわる”ことが大きな意味を持つ本作では、ハルが感じる反動や衝撃がプレイヤーにも繊細に伝わってくることが、かなり没入度を高めてくれているように感じた。また、タッチスクリーンにも完全対応しており、コントローラーに一切触れずにプレイができる辺りも地味にすごい。
オプションの充実ぶりも見逃せない。日本語のフォントは読みやすい“スムーズ”とグラフィックの雰囲気にマッチした“ドット”から好きな方を選べるし、色の違いを識別しづらいプレイヤーのために、ゲーム中、重要な箇所の色として多用されている赤色が、ゆっくりと点滅する設定も用意されている。
これらの細部にわたるこだわりが、プレイヤーの作品世界への没入度を、徹底的に底上げしてくれているように感じられた。
物語が持つ豊かさを、優しく肯定してくれる作品
ここからは、人によっては若干のネタバレと感じるような部分にも触れていくので、ご注意いただきたい。
物語が終盤に近づくほど、不穏な演出も増えていく本作。選択を誤ったときにたどり着く、後味の悪いバッドエンドもいくつか用意されている。なお、バッドエンドに到達してしまった場合、ストーリーの分岐点となるタイミングでオートセーブされるため、スムーズにほかのエンディングを目指すことが可能だ。
筆者も複数のバッドエンドを経験し、そのたびに次はきっとハルを幸せな結末に導くぞと決意を新たにプレイを再開した。終盤までハルの旅を見届けてきたプレイヤーにとって、感情移入先はハルではなく、どちらかというと共に彼女を見守ってきた195になるかもしれない。
そうしてやがて到達した真のエンディングは、感動的なものだった。プレイヤーによって何を感じるかは少々違ってくるかもしれないが、筆者は本作のテーマのひとつは“物語讃歌”だったように感じた。
どうしようもなく辛い現実に晒されたとき、空想の世界の物語に身を委ねることで、魂が救われることは、実際にある。それがつくりものだったとしても、物語の中で知った言葉や想いは、胸の中に確かに息づいてゆく。それらを大切にして生きていくのは、決して悪いことではないだろう。
「アンリアルライフ」は、人の空想によって生み出される物語が持つ豊かさを、優しく肯定してくれる。公式サイトでは、本作を制作するにあたってhako 生活氏が影響を受けた作品の一覧がリストアップされているが、これも物語への敬意の表れであるように感じた。それに、リストアップされている作品に好みのものが多い方なら、きっと本作も気に入るのではないだろうか。
優しく温かな真夜中の物語が、いまこの作品を必要としている人のもとに届くことを願う。