中国ゲームメディアUCGによる連載企画第10回は、UCG本誌で掲載されたコラムの翻訳版「ソーシャルゲーム課金モデルの功罪」第1回をお届けする(全4回)。

「恋人ができた! 恋人ができた!」――その思いは彼女をこの上ない幸福で満たした。まるで初めて恋に落ちた少女時代へ戻ったかのようだった。恋愛の歓び、幸福に酔いしれる高揚感。もう二度と訪れないと思っていたものが、今はすべてその手の中にある。
彼女は不思議な世界へ入り込んでいた。そこではすべてが情熱に満ち、人を酔わせ、夢中にさせる。周囲には果てしない青白い靄が漂い、感情の絶頂だけが脳裏に輝いていた。平凡な日常は遥か彼方へ押しやられ、深く沈み込み、ときおり山々の隙間からその姿をのぞかせるだけだった。
――ギュスターヴ・フローベール『ボヴァリー夫人』
二次元ソーシャルゲーム「アークナイツ」がサービス開始してから、すでに7年が経過している。この間、本作はサービス初期の深刻な「虚無期間」、2020年の限定ガチャ実装をめぐる議論、2021年にNGA(中国の大手ゲームフォーラム)で発生した大規模炎上や夏イベント「ドッソレスホリデー」をめぐる騒動、2022年に実装されたローグライクモード「統合戦略」による評価の回復、さらに同時期に登場したbilibili配信者・血狼破軍によるキャラクター性能議論の基準形成など、数多くの出来事を経験してきた。
そして現在、Hypergryphの後継作品「アークナイツ:エンドフィールド」もサービス中だ。こうした状況を前に、多くのプレイヤーは「アークナイツ」が事実上の「晩年期」へ入りつつあることをすでに理解しているはずだ。
本作はかつて、「ガチャ価格は比較的安価だが天井設定が厳しい」「育成は簡単だが周回スキップ機能がない」「数値インフレに極めて慎重」といった特徴で知られていた。しかし近年、プレイヤーへの還元や利便性の向上を進める一方で、着実な数値インフレやコラボイベントも導入。商業性とプレイヤー体験・愛着のバランスを取る作品へと変化していった。
その一方で、穏やかな長期運営へ移行しつつあるように見えた本作は、2025年下半期に再び大きな騒動へ巻き込まれることになった。

そして2025年の「6.5周年感謝祭」限定ガチャで実装されたのが、※「凛御(異格)シルバーアッシュ」である。彼は既存オペレーター「シルバーアッシュ」の異格版、すなわち同一人物の別バージョンとして実装されたキャラクターである。
※「凛御(異格)シルバーアッシュ」は、2025年11月1日に実施された大陸版6.5周年イベントにて実装。グローバル版は2026年4月14日に実装された。
“本体”のシルバーアッシュは2019年のサービス開始時から存在したオペレーターで、高火力・広範囲攻撃を誇る決戦スキルによって※「初代三幻神」の一角として長く評価されてきた。また、「若き総裁」というキャラクター性も女性プレイヤーから高い人気を集め、※「元夫」という愛称でも親しまれている。
※「三幻神」:もとは「遊☆戯☆王」に登場する最強の神のカード「オベリスクの巨神兵」「オシリスの天空竜」「ラーの翼神竜」の総称。他のゲームでも3人の強力なキャラクターを「三幻神」と呼ぶようになり、四天王のようにミーム化した。
※「元夫」:シルバーアッシュが初期に唯一実装されていた★6男性オペレーターであり、その端正なビジュアルで多くの女性プレイヤーを「アークナイツ」へ惹きつけたことに由来。その後、別の男性キャラクターを推すようになったプレイヤーも、シルバーアッシュに対して特別な愛着を持ち続けることが多く、その人気と親しみを込めて「元夫」と呼ばれている。もちろん、これは好意的な愛称である。
6年半を経て実装された異格シルバーアッシュは、それまでの決戦型アタッカーではなく、補助寄りの先鋒オペレーターとして設計されていた。スキル構成も複雑化しており、初期シルバーアッシュが備えていた直感的で分かりやすい「美しさ」は薄れていた。
PV公開後、一部プレイヤーは「異格シルバーアッシュはかつての"幻神"を再現できていない」と批判。さらに「男性限定★6キャラクターにふさわしい性能ではない」と主張して、強い不満を示した。プレイヤー間の議論は急速に過熱し、公式PVのコメント数は一時、2021年の「ドッソレスホリデー」炎上時を上回る規模に達した。その後、大量のコメント削除も行われている。
しかし実装後、NGAをはじめとするコミュニティでは、異格シルバーアッシュの性能は一貫して「血狼破軍の基準では※"超大杯以上"」と評価された。その結果、風向きが変わり「極端なキャラ厨はゲーム理解が足りない」「推しが他のキャラクターを圧倒する性能でなければ満足できないだけだ」といった批判的なプレイヤーへの反論が相次いだ。こうして騒動は次第に沈静化し、コミュニティは再び平静を取り戻したのである。
※中国の「アークナイツ」コミュニティでは、オペレーターの強さをスターバックスのサイズ表記になぞらえて評価する慣用表現が用いられている。サイズが大きいほど高評価を意味し、日本でいうトール(中杯)、グランデ(大杯)、ベンティ(超大杯)が、それぞれ「やや物足りない」「十分に強い」「環境上位クラス」に対応する。これは厳密なTier分類ではなく、評価をネタとして表現する中国コミュニティ特有のスラングである。
二次元ソーシャルゲームは、中国ゲーム業界の中でも勢いと話題性を持つジャンルであり、論争や炎上、抗議運動が起こること自体は決して珍しくない。その意味で「アークナイツ」の「6.5周年騒動」は、ある意味では日常だった。というのも、この騒動は「推しへの愛」「キャラクター性能」「騒いだ者勝ち」といった、これまでにもあった論理の延長線上で展開されたものだからである。こうした対立は「アークナイツ」コミュニティに限らず、多くの二次元ゲームにも共通して見られる現象と言える。
しかし同時に、この騒動には看過できない"異常さ"もあった。サービス開始から6年半を迎えた長期運営タイトルでありながら、一人のキャラクターの性能をめぐる議論だけで、過去の炎上を上回る規模へ発展したのである。
Hypergryphは長年の運営によってキャラクター設計や性能調整のノウハウを蓄積し、プレイヤー側にも「血狼破軍ランキングが性能評価の基準である」という共通認識が形成されていた。それにもかかわらず、異格シルバーアッシュという一人のキャラクターが、極めて大きな論争を引き起こしたのだ。
もちろん、この出来事を単なる例外として片付けることもできる。しかし、「運営とプレイヤーのコミュニケーション」という枠組みだけで捉える限り、いくつかの疑問は残る。なぜ成熟した運営であっても炎上を防げないのか。なぜ長期運営を通じた「消費者教育」や「ゲーム理解」は、一部の過激なファン層を抑制できなかったのか。

※出典:bilibili UP主「血狼破軍」
「二次元ソーシャルゲーム」には、以前から多くの未整理な論点が存在してきた。たとえば最近、ある友人が「ゲームジャンル論」の観点から「二次元ゲーム」を論じた論文を執筆していたが、そこでもジャンル定義の難しさが大きなテーマとなっていた。女性向けソーシャルゲームは「二次元ゲーム」に含まれるのか。明らかに二次元文化圏に属しながら、そのように分類されない作品が存在するのはなぜか。また、日本のオタク文化研究者・東浩紀氏が「動物化するポストモダン」で提唱した「データベース消費」は、中国の二次元ゲームにも適用できるのか。こうした問いはいずれも、いまだ十分な整理がなされていない。
私自身も少し前、ゲーム研究のディスカッショングループで「ガチャはギャンブルなのか」というテーマについて議論する機会があった。このような問題に対し、プレイヤーや業界関係者は個々の現象について一定の説明を与えることはできる。しかし、それらを横断的に結びつけ、「二次元ソーシャルゲーム」全体を説明する理論的な枠組みは、なお十分に整備されていない。
現在、中国ゲーム産業は大きな転換期を迎えつつある。だからこそ、こうした現象を総合的に整理する作業は、今後の産業や研究の発展にとって不可欠である。そのためには、コミュニティ、メーカー、メディア、そして学界が、それぞれの立場から知見を持ち寄る必要があるだろう。
本稿では、研究者の視点から「課金」と「育成」という、商業モデルと快楽消費モデルを結び付ける軸を手掛かりに、この十数年間にわたる二次元ソーシャルゲームの構造と、その功罪を考察していきたい。
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