第16回文化庁メディア芸術祭で、PS Vita用ソフト「GRAVITY DAZE/重力的眩暈:上層への帰還において、彼女の内宇宙に生じた摂動」がエンターテインメント部門の優秀賞を受賞。2月17日に東京ミッドタウンにて外山圭一郎氏ら本作のメインスタッフによる受賞者プレゼンテーション「ゲームの中と外~変容する空間」が行われたので、その模様をお届けする。
文化庁メディア芸術祭はアート、エンターテインメント、アニメーション、マンガの4部門において優れた作品を顕彰し、それらの鑑賞機会を提供するメディア芸術の総合フェスティバルだ。現在、受賞作の作品展が国立新美術館、シネマート六本木、東京ミッドタウン、スーパー・デラックスの4か所にて開催中で、各会場では受賞作の展示・上映のほか受賞プレゼンテーションや受賞作に関するシンポジウムなども行われている(作品展は2月24日まで)。
本年度のエンターテインメント部門で優秀賞を受賞した「GRAVITY DAZE/重力的眩暈:上層への帰還において、彼女の内宇宙に生じた摂動」は重力を操る少女キトゥンの冒険を描いたPS Vita向けアクションアドベンチャーだ。重力を操作して天地を自在に変化させる斬新な移動アクションや「バンドデシネ」と呼ばれるフレンチコミックのエッセンスを取り入れた独創的な世界観など、従来の作品と一線を画す画期的な内容で多方面の支持を獲得。「日本ゲーム大賞2012」作品部門の大賞を受賞するなど、数々の賞に輝いた2012年度を代表するゲームのひとつである。
今回の受賞プレゼンテーションには本作のディレクターである外山圭一郎氏、アートディレクターの山口由晃氏、メインプログラマーの横川裕氏の3名が出演。エンターテインメント部門の審査委員を務めた伊藤ガビン氏の司会進行のもと、本作がどのようにして生み出されていったのかを語った。
「GRAVITY DAZE」の独創的なコンセプトは学生時代に着想
まず、「サイレントヒル」「SIREN」などのホラーゲームを手がけたことで知られる外山氏が本作のコンセプトについて説明。この作品の着想を学生時代に見たメビウスなどのバンドデシネ作品から得たこと。ゲーム業界に入ってからも、ずっと「あのような作品を作ってみたい」と思っていたことを明かした。ただ、最初は「ヨーロッパ的なきれいな背景の中でキャラクターが浮いている」というイメージがあるだけで、具体的な考えはまったくなかったそうだ。
だが、ちょっとしたことから、外山氏はアイディアを得ることになる。かつて、ソニー・コンピュータ・エンタテインメントは青山にあったのだが、その当時は3つにビルが分かれていて行き来するのが面倒だったのだという。そんなとき、よく「もっと傾斜があって落ちることができたら、すぐに着けるんじゃないか」、「重力を操れるんだから、着く寸前にベクトルを逆にすれば落ちても死なないだろう」といったことを考えていたそうで、「その時“コレだ!”となったわけではないが、今思うとこれがきっかけだったのかな」と振り返った。
この重力を操るアイディアやバンドデシネの要素、新ハードであるPS VITAのフラグシップタイトルであることをコンセプトに「GRAVITY DAZE」は制作されることとなった。杉山氏いわく、ゲームの企画立ち上げ時にはギミックとしての面白さである「メカニック」、世界観やストーリーなどの「アートワーク」、人の話題になるための「興業性」の3つが柱になるとのことで、本作の場合は重力アクションが「メカニック」、バンドデシネが「アートワーク」、新ハードのフラグシップであることが「興業性」の部分に当たるというわけだ。
かくして3つの柱が固まったわけだが、バンドデシネに関しては芸術的すぎてそのまま取り入れると難解な印象を持たれる恐れがある。そのため、昔から慣れ親しまれている日本のキャラクターと掛け合わせることになったそうだ。
ただ、欧米では男らしいマッチョな主人公が一般的で、アニメチックな女の子主人公は受け入れられにくい傾向がある。そこで、欧米のコミックやゲームに登場する強い女性キャラクターが共通して持つエキゾチックかつ無国籍なイメージを取り入れたり、衣装を黒装束にして海外で強いキャラクターとして認知されている“ニンジャ”のニュアンスを持たせたりしたのだという。
ちなみに、キャラクターやストーリー作りは「感覚的な部分が大きく、やってみなければ何とも言えないことが多い」のだが、本作の場合は「思いのほか、うまくハマってくれた」と外山氏は述べ、コンセプト構築に関する説明を終えた。
プログラマーとアートディレクターの立場から本作の魅力を紹介
続いて、メインプログラマーの横川氏が機能面から本作の魅力の説明を行った。まず、タッチパネルやジャイロセンサーといったPS Vitaの入力系を使った、さまざまな新しい操作に言及。画面にタッチしての攻撃の回避や必殺技の発動。本体を上下左右に振り回しての重力コントロールなど、オリジナリティあふれる斬新な操作の数々を紹介した。
空中でのキャラクターの表現にもかなりこだわったそうだ。アニメーターが作った構図とプログラマーの重力や空気抵抗などを計算したシミュレーションを融合。プレイヤーの操作時にはアニメによる表現を優先し、空中を落下しているときはプログラムの操作を優先するなど、アニメとプログラムの絶妙のブレンドにより自然な浮遊感を表現したと語った。
立体的で重層的なオープンワールドもウリのひとつで、プレハブのように部品を組み合わせて建物を作るなどの効率的な方法を採用することにより、東西約2km・上下約7kmという巨大な世界を携帯ゲーム内に構築することができたのだという。さらに、映像にさまざまなエフェクトを重ねることで、建物が空気の中に溶け込むような空気感のあるCGを作り上げたとのことだ。
最後にアートディレクターの山口氏が実機操作をしつつプレゼン。山口氏は本作を「よくある一本道ではなく、ちゃんとした世界を提供した上で、その中で自由に遊んでもらえるゲームにしたい」と考え、開発当初から「箱庭世界の構築」を提案していたのだという。もちろん、作業量が非常に多くなってしまうためスタッフの負担は多大なものになるが、「みんな同じ意識で面白がってくれた」とのことで、膨大な街並がすごいスピードで作られていったそうだ。
ファーストパーティーは新ハードをけん引する斬新な作品が求められる
プレゼンの終了後に伊藤氏の進行によるディスカッションも行われた。まず、伊藤氏は「エントリー作品のほとんどは続編で、新規性のあるゲームはほんの一握り。しかも、そのほとんどはパズルっぽい小さなゲームばかりだったが、この作品は新しいゲームでありながら、すべての部分が大作と同じようなクオリティーで作られていて驚いた」と今回の審査を総括した上で本作を高く評価した。
なぜ、このような作品が作れたのか聞かれて外山氏は「オープンワールドのゲームがいっぱいでてきて、テクノロジーの部分で実現できるタイミングになったのが大きかった」と回答。さらに、「ファーストパーティーはサードパーティーより、斬新なものや新たなジャンルを生み出してハードを引っ張ることが求められる」とも語り、それゆえに新しいことがやりやすかったと述べた。
ただ当時のPS VITAはまったくの新ハードだったため、開発にはかなり苦労したそうだ。横川氏も「プログラマーとしては新しいハードというのはチャレンジングで面白いんですけど、新しいゲームのアイディアも同時にケアしなければならないので、かなり大変でした」と振り返った。
チームでの企画を練り方については「僕が1を出せば、それをみんなが10とか20にしてくれる。そのように広げられるコンセプトを出せたこと、ノッてくれる関係を作れたことがうれしかったですね」と外山氏は回答。山口氏も「アートの人がプログラムのことを言うし、プログラマーがゲームデザインについて言うこともあるんです。そうすることで作品が良くなっていくのが分かるし、ヤル気も出る。みんなの力を引き出すという意味で、すごくよかったと思います」と語るなど、自由度の高さとスタッフ間の垣根のなさが成功に繋がったことを強調した。
ゲームのコンセプトが当初からほとんどブレなかったことも成功の要因のひとつではと外山氏らは語る。これは最初に外山氏のアイディアをもとにスタッフたちがムービーを作ったからで、そのムービーが制作過程で迷わないための指針になったとのことだ。このコンセプトムービーはYouTubeにアップされており、現在でも閲覧することができるので序盤の展開と見比べてみるといいだろう。
ちなみに、浮遊アクションの実現についてはさほど難しくはなかったそうで、むしろ「その気持ち良さをどう伝えるか。どのように物語やキャラクターとリンクさせるかのほうが、はるかに難しかった」と外山氏は語る。横川氏もキャラクターを飛ばすだけなら簡単にできるが、開発過程で「だから何?」と言いたくなることがあったと明かし、「飛んでそこに行きたいと思わせる動機や欲求を生み出すためのストーリー、世界観、設定などが重要」と述べた。
最後に3人より、新しいゲームを作りたいと考えている人たちへのアドバイスを紹介して本稿のまとめとしよう。
外山圭一郎氏
「インディーズやスマートフォンが台頭してきて、資金調達の面でも“kickstarter”のようなこれまでになかった形態が出てくるなど、今は混沌としています。いろいろなことが崩れてきていて非常に面白い時期だと思うので、いろいろとやってみてほしいですね。
山口由晃氏
「自分が学生だったら“Unity”とかに飛びついていると思います。個人でもゲームを作れる時代になってセンスなんかも如実に出せますし、Webなど多くの人に見てもらえる場所も提供されていますから自己アピールしやすい、おいしい時代になったと言えますね。数が増えたことによって、どうすれば選ばれるか考えるでしょうから、より優秀なアーティストが育つんじゃないでしょうか」
横川裕氏
「プログラムは昔よりも作りやすくなったと思いますね。PS Vitaだと“PlayStation Mobile”を利用すれば、自分の作ったプログラムをVitaで動かすことができます。タッチパネルなども使うことができるので、学生やインディーが開発するならPS Vitaをプラットフォームにするのも面白いんじゃないかなと思いますよ」