5月8日、東京・デジタルハリウッド大学大学院 駿河台キャンパスにて、メディアコンテンツ研究家の黒川文雄氏が主催するトークイベント「黒川塾」の第25回が開催された。
今回の黒川塾のテーマは「声優は一日にしてならず…声優事情変遷史」。これまでゲームや映画、音楽をはじめ、さまざまな角度からエンタテインメントに関する議論を交わしてきた黒川塾だが、今回は現在のエンタテインメントコンテンツの拡大の中で切っても切り離せない、声優について議論が交わされることとなった。
長くに渡り声優として活躍する古川登志夫さんと榎本温子さん、そしてマネジメントという立場から声優事情を知る青二プロダクション 執行役員・営業制作部部長 池田克明氏、81プロデュース 執行役員・営業部統括部長、81アクターズスタジオ事務局長 百田英生氏と、今回のテーマを語る上では申し分ないゲストが繰り広げたトークの内容をピックアップしてお届けしよう。
声優業界が登壇者それぞれの目線で語られる
まずは古川さん自身の経歴を通して、声優という職業の歴史を追っていくことに。当初は声優という呼称は使われず、あくまで俳優としての延長線上に声の仕事があったということで、古川さん自身、NHKの大河ドラマ「新・平家物語」に出演するなど俳優として活動する中、25歳の時に所属していた劇団の座長に誘われて「FBIアメリカ連邦警察」に出演したのが、声優としての活動のスタートだったという。ちなみに、“古川登志夫”という芸名も「新・平家物語」でのミスクレジット(本名は古川利夫)から生まれたものだとか。
野沢那智さん、山田康雄さんといった、海外ドラマから抜け出てきたような役者さんたちと共に声優の仕事をしていく中で、35歳ごろからいつの間にか声優一本で仕事をするようになっていたと話す古川さん。全天候型の仕事で一日に何本もできることなどもその理由としてあったそうだが、今は天職だと思っているとこれまでを振り返った。
一方、声優学校が生まれ始めた時期に声優事務所のオーディションを経て17歳で事務所に所属した榎本さんは、「彼氏彼女の事情」でヒロイン役として抜擢された時も、若いからキャスティングされていると感じていたと当時を振り返る。いっぱいいっぱいになりながらも仕事を続けていくうちに、業界の仕事そのものが好きになり、そこからできることはなんでもやっていこうという信念のもと、今があるという。
ビジネスサイドである池田氏、百田氏の話も興味深い。池田氏はプロレス業界という異業種にいたものの、青二プロダクションに所属する小野坂昌也さんがリングアナウンサーをやっていたことを契機として、声優業界に携わることになったそうだが、テレビCM、ラジオCMのナレーションのキャスティング担当からスタートし、現在はアニメに関わるようになる中で、声の仕事の広さを感じたという。
そうした多種多様な仕事が存在する声優業界ならではのマネージャーの立ち位置として、基本的にキャストごとに担当することになる芸能界と異なり、アニメ、報道、バラエティなどの部署ごとに担当が存在しているという。池田氏自身が“マネージャーは営業マン”と話す通り、需要のあるところにベストな声優をキャスティングするという考えは、まさに地道な営業活動が必要になってくることだろう。
そういった基本的なスタイルは変わらないと話した百田氏は、声優プロダクション間で共通したランク制度によってギャランティが確立されている点について言及。所属声優のランク表が毎年作られ、例え移籍することになってもスタイルを変えずに仕事ができるという。また、両社ともに声優プロダクションとしては老舗の部類に入るが、近年では声優事業社による日本声優事業社協議会が設立され、業界を盛り上げるための協議が行われているのだとか。
業界の変化に対応することが重要
業界として結束してより良い環境を生み出そうとしても、結局声優という仕事を継続するためには、業界内で生き残っていく必要はあるのは当然のこと。古川さんが時代の変化に対応するために意識しているのが、どんな仕事にもオールマイティに対応できるようにしていくことだという。
その一例として、今は囁くように言っても十分に拾ってくれるという録音技術の進化を挙げる。近年、古川さんが出演した「たまゆら」という作品では高校生の繊細な心情を表現する上でそのような演技がディレクターからも求められており、たとえベテランであっても、技術の進化に伴って対応できるように考えなければいけないと感じたそう。
また、今年で業界歴18年目となる榎本さんも、これまでに業界の仕事の仕方が2回、3回ぐらい変わったと話す。特にラジオからニコニコ生放送への変遷については、榎本さん自身も当初は抵抗感を感じていたものの、企業がオフィシャルチャンネルを持つようになった時に受け入れようと思ったという。
時代に応じた仕事のスタイルを変えなければ生きていけないという考えを持ちつつも、プロとしての誇りを口にした榎本さんは、黒川氏が話題に上げた、堀江貴文氏との一連のやり取りについても、一緒に同じブースの中で収録をして、気持ちの入ったお芝居をしている時に“匠の仕事”だと感じるのだと説明。その中で自身の発言をニュースとして恣意的にまとめられたことに対して、記事を載せる上では名前を記載するべきだという意見があったのだが、筆者個人としてもまとめたその責任を追うという点において、その考えには大いに同意したいところだ。
そうしたことが起こるぐらいに現在は声優の認知が上がっていく中で、プロモーションの意味合いでタレントが声優として起用されることも近年では珍しくないが、映像のパッケージ販売で収益を得るモデルが崩れつつある現在においては、声優自身であってもオーディションを行う側の意図として、人気のある声優を起用しようとするタレント化の傾向も少なからずあるという。その一方でちゃんとしたかたちでオーディションを行ったり、新人声優を起用して戦略的なプロモーションに取り組んだりと、選択の幅が広がったことでよりチャンスが広がっている業界になっている側面もあると話す。
キャラクターに命を吹き込む上で何が大切か
トークの後半では、黒川氏よりキャラクターに命を吹き込むことをどう考えているかという質問が古川さんに投げかけられる。古川さんは自身が演じた時にプラスαの演技をどうするかを考えているという。例えば出演作である「ドラゴンボール」のピッコロ、「北斗の拳」のシンのような悪役であれば、その反対側となる善性を探るのだとか。近年の出演作である「ONE PIECE」のエースの弟思いな点にフォーカスした生ゼリフを披露すると、会場からは思わず歓声が上がった。
また、榎本さんはアニメーションは監督のものだと考えており、表現したいものに対していかにお手伝いできるかを考え、その結果として演出プランとは違うけどおもしろいといってもらえたら嬉しいという。さらに、アフレコでその日出会った人たちとお芝居のやり取りをしたり、テストと本番でのさじ加減の違いなどを学んだりしていると話していた。
その他にも、榎本さんが声優はスケジュール管理やスタジオワークといった地味な仕事が主で、メディアに出ている部分が派手に見えていることに触れたり、池田氏が海外でのアニメに対する関心の高さから、海外から来た人にアニメ文化を伝えられるような場を提供したいといったビジョンを話したりと非常に濃い1時間半に。
その後の質問タイムでも、現在は歌やイベント出演がNGだと声優としての仕事が減ってしまうことや、最初は大変だけれどメインで仕事ができるようになってからが楽しいと話す声優プロダクションでの仕事内容、ゲーム開発側からのキャスティングの難しさなど、多岐にわたる質問とその回答が寄せられる中、最後は登壇者から声優を目指す人への熱いメッセージが寄せられた。