2016年8月24日からパシフィコ横浜にて行われている「CEDEC 2016」。ここで行われた講演「『VR ZONE Project i Can』から得られた知見」をレポートする。
バンダイナムコエンターテインメントが企画開発を担う期間限定のVR研究施設「VR ZONE Project i Can」が、2016年4月15日よりお台場のダイバーシティ東京にて展開中だ。
今回のCEDEC 2016では、「『VR ZONE Project i Can』から得られた知見」と題し、同社のエグゼクティブプロデューサー・小山順一朗氏とマネージャーの田宮幸春氏が登壇。「VR ZONE Project i Can」で得られた知見や仮説、そして新登場したアクティビティの秘話まで、タイトルの通り赤裸々に語った。
「VR ZONE Project i Can」のアクティビティは、6種類のラインナップからスタート。2種が追加されたのち、1種(「リアルドライブ」)がnamco川崎ラゾーナ店に移され、お台場では現在7種が稼働中だ。さらに8月26日より「ガンダムVR ダイバ強襲」が追加される。
「VR ZONE Project i Can」を始めた理由は、世の中を沸かせたい、可能性を追求したいからだと小山氏は語る。氏が言う90年代の「VR絶望世代」である取締役を説得するために、消費者の反応を導き出すことにした。
ターゲットは、最先端テクノロジーに興味がある人ではなく、みんなで遊んだり、SNSでシェアしたりするのが好きな、いわゆる“リア充グループ”に設定。こうした人々から対価を得ることを目標に、「ゲームは100円」の概念もリセットすることにしたという。
お台場というインバウンド(訪日外国人旅行)の顧客とファミリーが大多数の観光地に施設を設置し、体験も完全予約制に。平日にも来店してもらい、3,000円以上利用してもらうという、傍から見ればかなり無謀な企画である。しかしこのハードルを超えれば、VRエンターテインメントは無視できないものになると小山氏は予想したそうだ。
人が信じられるものは人の感情
「VR ZONE Project i Can」のターゲット設定は前述のとおり。ではVR未体験の彼らが挑戦してみたくなるモノは何だろう? それはゲームでもアトラクションでもない、大人が昔夢見ていたものを実現するモノだ。これを小山氏らは「VRアクティビティ」と名付け、「さあ、取り乱せ。」というキャッチコピーを付けた。
決して多くなかった宣伝費の投入先は、1本のムービーだ。このムービーでは、VRゴーグルのすごさではなく、人間の行動にフォーカスしている。
VRのすごさを伝えるのは難しく、体験しない限り100%理解してもらうのは困難だ。社内でも相当苦労したと田宮氏は語っていたが、その潮目が変わったのは、VRアクティビティを若い人に体験してもらった動画を他の人に見せた時だという。
VRを体験している動画を見せた際、初めて「おもしろそう」という反応が得られた。この時に小山氏と田宮氏は、人間は感情なら信じられるのだと知ったそうだ。この体験を経た2人は、人の反応を撮ることに踏み切った。このエピソードを踏まえて当該ムービーを見ると、感じるものが違うかもしれない。
キャッチコピーの威力
さて、ここまでが「VR ZONE Project i Can」の作戦と仮説だ。これらを踏まえ、実際に運営してみた結果はどうだったのだろうか。
まずは来場者。アンケートを集計すると、20代の来場者が非常に多いという結果が出た。ターゲットにしっかりとリーチしていることが伺える。また予約も埋まり続けており、収入も90分3,000円のベースをキープ。他のエンターテインメントと比べても上出来だ。懸念された価格設定も、多くの人が「満足」と答えている。
8種類もVRアクティビティがあると、当然ながら人気に差が出てくる。またアクティビティごとに席数が違うので結果を鵜呑みにはできないが、1席あたりの収入割合も違う。その理由は、キャッチコピーにあった。
「VR ZONE Project i Can」のキャッチコピーは「さあ、取り乱せ。」だ。このキャッチコピーを受けて、実際に「取り乱しそう」なものに人気が集まった。つまり、コンテンツを消費しにやってくる人は、その場所がどういう場所か知ってから足を運ぶのだ。ゆえに、他のエンターテインメントと比べて時間に対する割合が高い料金体系も満足されている。
逆にキャッチコピーの魔法を解くとどうだろうか。人気、収入割合ともに下位だった「リアルドライブ」は、キャッチコピーが掲げられていない川崎ラゾーナに移されて以降、人気を博しているという。それほどまでにキャッチコピーの威力は絶大なのだ。
ボトムズが示したもの
さて、「VR ZONE Project i Can」では先日から新たなVRアクティビティ「装甲騎兵ボトムズ バトリング野郎」(以下、VRボトムズ)が追加された。VRアクティビティの「やる前にやらせる力」は、テーマからくるものなのか、IPによるものなのか検証するためだ。また小山氏は、自由に動きまわる体験に挑戦したかったのも理由のひとつだと話している。
「ボトムズ」を選んだ理由は、4mのロボットである必要があったからだ。例えばガンダムのように18mの巨大なロボットになると、怖さは1/10になってしまう。現実との比較がなければ、驚きも少なくなる。
狭い“鉄の棺桶”を表現するためにコントローラーを筐体と一体化させたり、酔いを軽減するために被写体深度を浅くしてロケーションも暗くしたりと工夫を凝らしたVRボトムズ。運営してみた結果、田宮氏が「異常値」と驚くほど40代の来場者が激増した。
劇的に増加した40代の来場者は、VRボトムズを目的として初めて「VR ZONE Project i Can」にやってきた人たちだ。「さあ、取り乱せ。」と言われてやってくる人ではない。つまり、20代の「VR世代」と40代の「バーチャル世代」に隔たりがあることがわかった。
“怖い・怖くない”に個人差がある理由
「VR ZONE Project i Can」のアクティビティのひとつ「高所恐怖SHOW」は、高さ200mのビルの屋上から伸びた1枚の板を渡るという内容だ。怖くて一歩を踏み出せない人もいれば、スタスタと歩く人もいる。渡れるか否かで感じている恐怖の個人差がはっきりと分かるアクティビティだが、なぜ恐怖に個人差が表れるのだろうか。
バーチャルリアリティの定義は「虚構」ではなく、「抽出された現実」「現実そのものではないが本質的には現実」だ。現実の完全再現は難しくても、抽出、つまり厳選して再現することはできる。
運営する中で想定外だったこととして「スキーのアクティビティ(スキーロデオ)で寒さを感じた」という意見があったことが紹介された。これは「スキーロデオ」内で表現されている雪景色と白い息、そして送風によって「実在感」が生まれたからだ。これらによって体験者は、入力されていない感覚を感じている。
人間は認識と判断を端折りたがる生物だ。入力に対して素早く判断して行動する必要があり、ゆえに「いつものパターン」のインプットを早く処理しようとして、騙される。そしてこのインプット処理=感じ方は、その人が今まで得た経験や知識で変わる。コンテンツの再現度は一定なのに対して、「VR共感力」には差が出るのだ。
ではそのVR共感力に個人差が出るのはなぜだろう。田宮氏は、状況やテーマに対する経験の豊富さが要因のひとつだと語る。先述の「高所恐怖SHOW」も、自衛隊の落下傘部隊にいた人や、舞台のやぐらの上で作業したことがある人は、木の板の前に立った瞬間にギブアップしたという。よく言われる「リア充グループの方がVRを楽しめる」という説も、これに起因すると考えられる。
一方で、妄想での経験が豊富な人もVRアクティビティを楽しめる素養がある。少女とともに巨大ロボに乗り込んで戦う「アーガイルシフト」やVRボトムズはそんな人々にぴったりのアクティビティだろう。現実で体験しようにもできない類のものだ。
逆にVR共感力が少ない人は、VRを分析しようとしたり、最初から斜に構えたり、理性をもって体験する人だ。ただ、それでも一度素直に楽しもうとすればVR共感力は上がる。その状況に必死になれるかどうかでVR共感力に差が出るのだ。
多くの人に実在感を得てもらうためのひとつの手段として、現実をモチーフにしたり、大多数が知っている実物を扱うということが挙げられる。多くの人が体験したことがあるゆえにVR共感力が高くなり、また個人差も少ない。
もちろん、ファンタジーも扱いたいというクリエイターも存在するだろう。その場合は、人間の共通認識である物理法則の演出が大事だと小山氏は話す。炎が近くにあると熱い、ビームで地面が割れるといったものだ。これらが、共感の突破口になる。
先ほども書いたが、人は認識と判断をショートカットしたがる。そして複数の情報を統合して得た「いつものパターン」にはめっぽう弱い。そのため、爆発映像に音や揺れを加えれば、どんどん再現度もVR共感力も増していくのだ。
ゲームとVRの違いの本質とは
セッションの最後のテーマは、ゲームとVRの違いの本質だ。ここではモニターに表示されることが前提のビデオゲームコンテンツを「ゲーム」、エンターテインメントを目的とした3DCGによるリアルタイム描写のVRコンテンツを「VR」とする。
ゲーム業界では、VRではビデオゲームのノウハウが通用しないと言われている。例えば、ホラーを題材にしたVRにHPゲージを導入した途端に、自分に近づいてくるノコギリが怖くなくなる、という具合だ。
田宮氏はこの原因を、VRは体験して感動する“一人称”だが、ゲームは感情移入して感動する“三人称”だからだと分析する。感情移入が前提のノウハウやお約束表現が、VRでは通じないのだ。例えばリアルを表現するVRにBGMを流すと、たちまちゲームになってしまう。
また、ゲームとVRではインプット特性も異なる。ゲームは主にレバーとボタンを使うが、VRは自分の身体を用いる。そのため、ゲームでは行動制限ができるが、VRはできない。またVRは周囲を見回したり、歩いたりすることができるのも大きな要素だ。
これらを統合すると、VRの強みは強烈な体験を与えられることだと導かれる。一方でゲームの強みは、クリエイターが狙った感情を強制できることだ。田宮氏はこれらの分析を経て、VRよりむしろゲームに対する気付きが多かったと振り返る。
VRのおもしろさとゲームのおもしろさは違う。VRはのおもしろさは体験のおもしろさで、つまりVRはゲームではないのではないかと田宮氏は仮説を立てていた。
VRコンテンツで大事なのは、本当に起こったらどうなるかを豊かに想像する力だ。ルールよりもどんな体験を提供したらおもしろいか、リアル体験だからこそ得られる感動をコンテンツの中心に据えてみてはと小山氏、田宮氏は提案する。未体験者をVRに誘う「百見は一体験に如かず」という言葉は、VR開発者がコンテンツ制作の際に肝に銘じるべき言葉でもあったのだ。
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