パシフィコ横浜にて8月22日~24日にわたって開催の「CEDEC 2018」。ここでは、8月22日に行われた任天堂・宮本茂氏の基調講演「どこから作ればいいんだろう?から10年」の内容をお届けする。

目次
  1. 宮本氏が見てきたテクノロジーの進化
  2. 宮本氏が考えるゲームの面白さとは
  3. 試行錯誤の連続だったスマートフォンアプリ

CEDECでの講演は実に10年ぶりという宮本氏。今回の「どこから作ればいいんだろう?から10年」と題された基調講演の90分では、宮本氏が感じたエンターテイメントの進化と、ゲーム開発に対する考えかたが語られた。なお、基調講演はパシフィコ横浜のメインホールで行われるのだが、宮本氏の登壇ということもあって例年にないほどの聴講者が駆けつけた。取材用の席が用意されているプレス陣ですら「入れるかどうか分からない」と言われるほどの盛況ぶりだった。

宮本茂氏

宮本氏が見てきたテクノロジーの進化

宮本氏が最初に語ったのは主にテクノロジーの面での進化だ。「高性能になり仕事が増え、スタッフを管理することを考えなければいけなくなった」とネガティブな部分もしっかりと話しつつも、「インディーズを含めていろんなゲームが出てきました」と新しいゲーム市場に喜びのコメントも残す。

インディーズの魅力として、最初は小規模だったゲームが徐々に成長し、やがて巨大な作品になっていく点がある。これに関して宮本氏は「手前味噌ですが」と前置きをしつつ「スプラトゥーン」がインディーズのゲームに似た成長を遂げていると述べた。

「スプラトゥーン」と言えば、ペンキを打つ銃で地面を塗り自分の陣営を増やすシューティングゲームだ。宮本氏によると、日本ではなかなか受け入れられなかった3Dシューティングを「なんとか流行らせたい」という思いから作ったゲームだという。

熱弁をふるう宮本氏だが、本人は「スプラトゥーン」の開発に深く関わっているわけではなく、若いスタッフが中心となって生み出されたもの。「若いスタッフがこういうゲームを作ってくれて、安心しているところ」とは宮本氏の言葉だ。

それ以外に10年間で起こったトピックとして、ゲームを楽しむデバイスの進化も挙げられる。スマートフォンに搭載されたセンサーやAR、VRは使いやすくなってきたと期待を寄せれば、Nintendo SwitchのJoy-Conなど、任天堂自信も挑戦を続けていることをしっかりとアピールする。

また開発環境の進化も見逃せない。宮本氏も「プログラマじゃなくてもゲームが作れる、実験ができる」と現在の環境に対する喜びを表すと、「こういったことが新しいきっかけになってくれれば」と期待感も口にする。

その一方で、ゲームの規模が膨らんで技術者がなにをしているのか分からなくなるという懸念点も指摘する。自分が作っているものを評価してもらうためには、全部しっかりしたものにしたい。全部しっかりさせるには2年かかってしまう。2年かかると、自分がどこを大事にしていたのか分からなくなる、というジレンマを抱えているというのだ。

もうひとつ、この10年間で劇的に変化したことと言えばスマートフォンの登場だ。iPhoneがこの世に生まれたのは2007年のことで、タッチ操作やインターネットなど、多彩な機能で世界に衝撃を与えた。しかし宮本氏は少し違った見方をしていたそうで、「DSはタッチパネルもカメラも(iPhoneより)先に付けていたけど、携帯電話をスマートフォンに差し替えるほうがずっと簡単だった」と語る。iPhoneの革新性がDS以上に受け入れられたことに、悔しい思いもあったとか。

スマートフォンの進化の象徴として挙げたのが、京都・伏見稲荷。以前から人気のスポットだったが、
SNSを会して人気に火が付き、「外国人に人気のスポット」5年連続1位に輝いた

宮本氏が考えるゲームの面白さとは

ここからは具体的なゲームタイトルから、この10年を振り返ることになる。宮本氏は前提として、「ゲームの面白さはゴールを目指すこと、再挑戦」であると語る。ゲームというエンターテイメントが生まれたばかりのころ、アーケードの筐体にコインを入れ、それでどれだけゴールに近づけるかが遊びの本質にあった。しかし任天堂自信がファミコンを作り、いつでも自由に遊べるようになったため、「制作者がゴールを決めなくてもいいのでは」と考えることもあったという。

ゴール地点をプレイヤー側に委ねる決定打になったのはニンテンドー64の「スーパーマリオ64」だったと宮本氏。同作品はスターを集めるという一応のゴールはあるものの、どれだけの数を集めるかはプレイヤーの自由だった。「当時はスターを手に入れても、そのステージでプレイし続ける案もありました」と宮本氏は当時の状況を明かす。そして、それをさらに発展させたのが昨年発売された「スーパーマリオオデッセイ」で、こちらはスターを取っても引き続きその世界にいる。20年間で実現できたことのひとつだという。

「ゼルダの伝説 ブレス オブ ザ ワイルド」は草原を歩き、崖を上り新たな道を見つける。
プレイヤーがゴールを決める作品のひとつだ。

「自由度が高いほうが面白いなら…」と宮本氏が話すと、続けて話し始めたのは「マインクラフト」の話題だ。ブロックでなにかを作る遊びは昔から存在するし、当然宮本氏をはじめとした任天堂も実験はしていたという。しかし同時に、「どうしても面白くまとまらなかった」と振り返る。

宮本氏が特に驚かされたのは、「『マインクラフト』でコンビニを作ろう」という動画をYouTubeで見たときだという。コツコツと遊ぶだけでなく、それを発信するところまで考えられていることに感銘を受けたとか。一方で、そのゲームが日本製じゃなかったことに悔しさも覚えたという。

ただ、任天堂もエディター系のゲームをまったく作らなかったわけでもない。64DDの「マリオアーティスト」シリーズに始まり、Wii Uでは「スーパーマリオメーカー」をリリースした。「スーパーマリオメーカー」は2Dマリオのコースを自分で作れるゲームであり、「作っている途中が楽しいゲームに仕上げてくれた」と当時のスタッフにねぎらいの言葉を送っていた。

試行錯誤の連続だったスマートフォンアプリ

近年の任天堂の大きな動きと言えば、自社ハードだけでなくスマートフォンアプリへの展開が挙げられる。勝手知ったる自社ハードであればゲームを作りやすいのは言うまでもなく、他社のプラットフォームだとより多くの仕事が増えてしまう。しかし「ひとりでも多くの人に任天堂のゲームを遊んでもらう」の考えに基づき、スマートフォンへの進出を決心したという。

最初にリリースしたのは「スーパーマリオラン」。走ってジャンプするだけというマリオのもっとも基本的なアクションを凝縮させた作品だ。ゲームシステム自体はシンプルだが、宮本氏は苦労した点が2つあったと話す。

まずは難易度調整。「適度にハードルを付けて、適度に満足度を」との方針を掲げていたが、長年ゲームの世界にいた宮本氏は「もう少し難しく…」と、徐々に舵を切ってしまったとか。結果として、簡単に作っていたはずなのに、「難しい」という意見が多くなってしまったという。

これの解決策として、短いステージを10連続でプレイできる「リミックス10」を導入した。このモードはミスしてもクリアでき、なおかつパーフェクトなら高スコアが狙える。宮本氏はリミックス10を紹介しながら、「最初からこれを作ればよかった」と悔しさをにじませる場面もあった。

もうひとつの苦労は課金の仕組みだ。宮本氏はスマートフォンで「任天堂らしいビジネス」を目指したそうで、「レアリティで価値を吊り上げるのはやめよう」と最初から決めていたという。

結果的に「スーパーマリオラン」は買い切り型に落ち着くのだが、これは「できるだけパッケージに近い形」という思いもあったとか。宮本氏にとってマリオは「適当に遊んで失敗して、次は本気で」という流れがある。この流れを断ち切らないためにも、回数にお金を払ってもらうわけにはいかないと思ったそう。

自身はあまり携わってないものの、宮本氏は「ポケモンGO」でも驚かされたエピソードがあったとのこと。約3年前、「ポケモンGO」を世界に向けて初めて発表した際に宮本氏はステージに登壇したが、「最初の発表ではあまり手ごたえがなかった」という。しかし、配信してから取材がどんどん飛び込んだり、驚くべき盛り上がりを見せたそうだ。

当初宮本氏は「ポケモンGO」に対して、「スマートフォン上の遊びがあまりにシンプル過ぎる」と疑問視していたことを告白した。しかし、これはパッケージソフトを作っている人間の意見であり、宮本氏が開発に携わってないからこそ「シンプルさが損なわれなかった」と、現在ではむしろ高く評価している様子だった。

基調講演も終盤に差し掛かると、宮本氏は1枚のメモをスクリーンに映し出す。それは昔の宮本氏が書いたとされるメモ書きで、「デザイナーの悩みの構造」と題されている。

そこには

  1. 皆が面白くないと言う
  2. 自分でも分からなくて、新しいネタを考える
  3. 新しいネタを作ると時間がかかる。あせってくる!
  4. 出来上がりを見ても面白いとまで行かない→一部2へ戻る
  5. 次々ネタが増えて、まとまりがつかない
  6. まとまらないから、とくねったネタにならない。あせってきて、だんだん頭も硬くなる
  7. 1へ戻る

と書かれている。

要は、社内からの懐疑的意見、プレイヤーやモニター調査での批判から始まるデザイナーの悩みが箇条書きになっているのだ。宮本氏はこの悩みの構造の解決策として、「無茶ぶりや酷評は感謝するべき」「批判をどう受け流すか、ポジティブに返すことが大切」と、技術面だけでなくマインド面で、モチベーションにつなげることが重要だと説いた。

最後に宮本氏は、毎日欠かさず見ているというNHKの連続テレビ小説に関する話題まで提供してくれた。現在放送している「半分、青い」は、中学生の少女が漫画家を目指す物語が描かれており、少女は厳しい世界に身を置くことになる。宮本氏は「自分はゲームで、そこまで追い込まれたことあったかな」と考えることもあるとか。

「あそこまで自分を追い込んでクリエイティブをできる人が1人でも出たら、日本もまだまだ世界に一矢報いることができると思います。お互いに、10年後に向かって頑張りましょう」と聴講者へメッセージを送り、基調講演は幕を閉じた。

※メーカー発表情報を基に掲載しています。掲載画像には、開発中のものが含まれている場合があります。

コメントを投稿する

この記事に関する意見や疑問などコメントを投稿してください。コメントポリシー

関連ワード
  • CEDEC 2018
  • 宮本茂
  • 取材