パシフィコ横浜にて8月22日から24日にわたって開催の「CEDEC 2018」。ここでは、8月22日に行われたセッション「ハリウッド映画音楽の演出術」の内容をお届けする。
目次
ゲーム音楽制作でも活躍する備耕庸氏が登壇
本セッションは、アメリカ・ロサンゼルスで活躍するクリエイティブディレクターの備耕庸氏(テディックスミュージックCEO)を迎え、ゲームにも取り入れられているハリウッド映画の音楽手法に迫ろうというもの。モデレータを務めたのは、カプコン サウンドプロダクション室室長の岸智也氏だ。
鹿児島県出身の備氏は、アメリカの大手映画音楽エージェンシーであるサウンドトラック・ミュージック・アソシエイツ所属の作曲家エージェント。これまでに、映画やテレビを中心として活動している作曲家を、「アンチャーテッド」や「ファークライ」など、100を超えるゲーム作品に紹介してきた。
また、自ら設立した音楽・効果音制作会社テディックスミュージックでは、「バイオハザード7 レジデント イービル」にも参加。ハリウッド最先端の手法で日本や中国の映画、ゲームなどのサウンドを制作している。
邦画とは違う、ハリウッド映画音楽の特徴とは
はじめに、ハリウッド映画音楽の特徴を明らかにするため、劇伴(スコア)と挿入曲(ソング)についての説明があった。スコアとは、作曲家がその作品のために書き下ろす、オリジナルのインストゥルメンタル(ボーカルの入っていない曲)のこと。ソングとは、ヒットチャートで見かける既存のアーティスト楽曲で、使用許諾を得て劇中で使うものだ。
日本の映画やテレビドラマでは、劇中で流れるほぼ全楽曲がスコアで、ソングは作品のために作られたタイアップ曲のみ使われることが多く、ライセンスを受けて既存曲を使うケースはあまり見られない。
一方、ハリウッド映画や海外ドラマでは、スコアは全体の5~8割ほどで、残りは既存曲のソングを使用。たとえば、映画「ガーディアンズ・オブ・ギャラクシー:リミックス」では14曲ものソングが使われ、サウンドトラックは“ソング盤”と“スコア盤”の2枚がリリースされた。
ハリウッド映画において、スコアは1秒間に24コマ撮影される映像の1コマ1コマに合わせて作曲され、オーディエンスを一瞬で作品世界に引き込む役割を果たしている。
対するソングは、ミュージックスーパーバイザーと呼ばれる選曲の専門家が、監督のビジョンに沿った選曲をし、歌詞の内容や曲のノリ、アーティストのイメージなどといった、楽曲が持つ印象による演出を行なう。また、スコアの作曲家が書かないタイプの曲を、ソングでカバーすることもできる。
このふたつを使い分けているのが、ハリウッド映画音楽の特徴のひとつというワケだ。
ゲームに起用されるハリウッド映画の作曲家たち
ここで備氏は、ゲーム音楽とハリウッド映画音楽の作曲家の関係性に触れた。近年、ゲームの演出がシネマティックになったことにより、ゲーム会社が映画的なアプローチができる作曲家を探すようになってきたという。また、いままでゲームを子供が遊ぶものとして見ていたハリウッドの作曲家も、大人向けのエンターテインメントコンテンツとして興味を持つように。
その結果、ハリウッド映画音楽の作曲家がゲームに多数起用されるようになった。たとえば、映画「ワイルド・スピード」シリーズの作曲家、ブライアン・タイラーは「ファークライ3」を、ドラマ「ウォーキングデッド」のコンポーザー、ベア・マクレイリーは「ゴッド・オブ・ウォー4」を担当している。
ところで、そんなハリウッド映画音楽の作曲家たちは、映画監督から一方的なオーダーを受けるのではなく、対等な立場で直接やり取りしてサウンドを生み出していくのだそうだ。作曲家は、監督のイメージ通りの曲を書くという仕事以外に、サウンドで監督の世界観を作る音楽プロデューサー的な役割も大きく、“音楽演出家”とでも呼ぶほうがしっくりくる、と備氏は語った。
「ハリウッド映画音楽2.0」のキーワード“テクスチャー”
さて、備氏によると、最近“テクスチャー(質感)”というのが、ハリウッドサウンドのキーワードとなっている。実は、決して新しい話ではなく、ひと昔前はオーケストラの演奏でテクスチャーを作っていたのだが、ジョン・ウィリアムズ(映画「スター・ウォーズ」の作曲家)のようにメロディックな旋律を用いるアプローチであったという。
しかし、備氏が「ハリウッド映画音楽2.0」と呼ぶ世代のテクスチャーは、楽譜上で見ると1音だけだったりするのだが、独特の質感があるというもの。それを生み出す手法はオーケストラからシンセサイザーまでさまざまということで、具体的な事例が紹介された。
ヨハン・ヨハンソンのアコースティック・サウンドデザイン
はじめに紹介されたのは、アーティストのヨハン・ヨハンソン。オーケストラや楽器の音などを録音して加工するアコースティック・サウンドデザインを得意とし、録音テープを輪っか状につなげ、同じ音を何百回も録音することで質感を表現するテープ・ループを使うことで知られる。
映画「ボーダーライン」には、麻薬密輸のための地下トンネルが登場するが、ヨハンソンは低いストリングスやブラスの音を収録し加工することで、地底から湧き出る邪悪なものを表現する禍々しい音を作り出した。また、映画「メッセージ」では、テープ・ループによるクジラの鳴き声のような不思議なサウンドを聞くことができる。
ジャスティン・メランのモジュラーシンセ・パフォーマンス
次に、モジュラーシンセサイザーアーティストのジャスティン・メランが紹介された。今、ロサンゼルスではモジュラーシンセが流行っていて、川沿いで発電機を回してライブをやったりしているのだとか。
ハリウッドでモジュラーシンセを使う作家はほかにもいるが、ランダムなパッチングがあったり、事故的な音ができたりするため、再現性が低く、映画音楽の制作に組み込むのはなかなか難しいのだそうだ。しかしメランは、ヨハン・ヨハンソンのアコースティックなアプローチとは異なる、シンセを使ったテクスチャーで映画音楽を作り上げる。
クリフ・マルチネスのアンビエント・サウンド
続いて、「ファークライ4」にも起用された、レッド・ホット・チリ・ペッパーズの初代ドラマー、クリフ・マルチネスの紹介。クリスタル・バシェという、クリスタルガラスを使った不思議な楽器による、個性的なアンビエントサウンドが特徴だ。
セッションでは、映画「ドライヴ」の1シーンが上映され、たとえ前後のストーリーがわからなくても、登場人物の関係を想像させるような質感を伴ったスコアを聞くことができた。
ブライアン・ディオブリエラの楽器コレクションと演奏技術
4番目に挙げられたのは、来月発売の「シャドウ オブ ザ トゥームレイダー」で音楽を手がけたブライアン・ディオブリエラ。なんと800種類以上の楽器を持っているだけでなく、それらすべてを演奏する技術を持つ。
ひとりですべての楽器を担当し、ガンガン多重録音していくことで、特有の質感を生み出す。演奏技術を作曲に活かす奇才だ。
「バイオハザード7 レジデント イービル」での事例
最後の事例は、備氏も音楽制作に参加した「バイオハザード7 レジデント イービル」。このプロジェクトでは、REMM(レジデント イービル ミュージック モジュール)という、KONTAKT(ソフトウェアサンプラー)のエンジンで動作する音色作成ツールや、弦楽器、効果音、ボイスの3種類のKONTAKTライブラリを、オリジナルで制作したそうだ。
ステージでは、ハチの巣でバイノーラル録音された効果音に、弦楽器の音色を重ね合わせる実演が行われた。ふたつの音をミックスしただけで、そこには不気味な質感が生まれていた。
次世代の「ハリウッド映画音楽3.0」へ
5つの事例を振り返り、備氏はテクスチャーについて、「音だけで作品の世界観に一瞬で引き込む、唯一無二の質感」とまとめた。また、テクスチャーが収録や収録後の加工の段階で作られることが多く、ミキシングはその盛り付け的な作業であると整理した。
そして最後に、備氏が「ハリウッド映画音楽2.0」と呼ぶサウンドが、音楽と効果音が歩み寄ったものであるとまとめ、その代表的な作家のひとりであるハンズ・ジマーが、すでに「ハリウッド映画音楽3.0」的な取り組みをしていることを紹介。
彼が作曲した映画「ダンケルク」の音楽は、映画で聞くのとサントラ盤で聞くのとではまったく異なるという。というのも、ジマーが映像に合わせて曲を書いていないからで、これは監督のクリストファー・ノーランが、テンポを変更してしまうほどジマーの曲をエディットする、独特な演出を好むためだ。
「今まで以上に、音楽という枠やテンポの概念などを取り払い、音楽なのかサウンドデザインなのかわからないくらい」演出に振ったものが「ハリウッド映画音楽3.0」なのではないかと、備氏はセッションを締めくくった。