7年近くに渡る歳月を経てついに完結した、「Tokyo 7th シスターズ」のメインストーリーである「EPISODEシリーズ」。この物語から筆者が受け取ったものを、ここに記す。
目次
「Tokyo 7th シスターズ」(以下「ナナシス」)は、Donutsが開発、運営を行っているスマートフォン向けのアイドル育成リズム&アドベンチャーゲームだ。
アイドルを題材にしたスマホゲームは無数にあるが、そういった作品を比較したときに際立つ「ナナシス」ならではの特異性といえば、その世界設定、ストーリー、演出、さらにはゲーム内で使用される楽曲のメッセージ性に至るまで、あらゆる部分が総監督である茂木伸太郎氏の手を通したものである、という点だろう。実際、茂木氏は本作の脚本・演出・アートディレクション・音楽プロデューサー、作詞作曲のみならず、アニメ映画の脚本やライブの脚本演出まで手掛けてきた(2021年2月12日、茂木氏が3月31日をもってナナシスプロジェクトから卒業することが発表された)。そんな茂木氏の作家性を最も色濃く感じられるのが、本作のメインストーリーである「EPISODEシリーズ」と呼ばれる物語群だ。
この「EPISODEシリーズ」の完結編である「EPISODE 6.0 FINAL -Someday, I'll walk on the Rainbow...-」が、2020年の11月から12月にかけて、ついにリリースされた。ゲームのサービスが始まった2014年から足掛け7年近くにわたり紡がれた物語の終着点となるこのエピソードがどれほどの力作であったかは、全7話の読破目安時間(すべてのテキストをオートモードで読んでいった場合に掛かる時間)が合計して“441分(7時間21分)”という、スマホゲームの追加エピソードとしては破格のボリュームだったことをお伝えすれば、未プレイの方にもある程度察していただけるのではないだろうか?
筆者は2020年の初頭から本作をプレイし始めた新参者なのだが、「EPISODEシリーズ」をすべて読破するまでに、何度も大きな感動を味わった。リリース当初から追いかけてきたプレイヤーが物語の完結に際して覚えた感慨は、想像するに余りある。
本稿では、そんな「EPISODEシリーズ」を、核心に関するネタバレを避けながら総括。筆者の個人的な本作に対する想いも交えて、書き記していく。
近未来、伝説のアイドルが姿を消した世界で紡がれる“新たなアイドル”たちの物語
まずは「Tokyo 7th シスターズ」の世界設定とストーリーの概要を簡単にお伝えしよう。
舞台は近未来の日本。2032年に伝説のアイドル「セブンスシスターズ」が引退したことを切っ掛けに訪れた“アイドル氷河期”と呼ばれる時代。その真っ只中だった2034年に物語は幕を開ける。
劇場一体型のアイドル事務所“ナナスタ”の二代目支配人となったプレイヤーは、「アイドルは流行遅れ」とされるこの時代に、未来を担うアイドルの卵をスカウトし、育てることになる――というのが導入部のストーリーだ。
その後の物語を通して、ナナスタには最終的に総勢38名のアイドルが在籍。彼女たちは「ナナスタシスターズ」と呼ばれ、その中でもストーリー上、重要な役割を担う12名からなるユニットは「777☆SISTERS(スリーセブンシスターズ)」と名付けられる。
本作に登場する支配人(≒プレイヤー)以外のキャラクターの中で、特に重要な人物を挙げるならば、ナナスタのマネージャーであり、どことなくセブンスシスターズのリーダー・七咲ニコルの面影がある女性“六咲コニー”。そしてナナスタに所属するひとり目のアイドルであり、777☆SISTERSの中心的な存在となる少女・“春日部ハル”。このふたりだろう。
かつて別のアイドル事務所で挫折を経験しているハル。しかし支配人やコニーに導かれ、ナナスタで再びアイドルになった彼女は、元々持っていたひたむきさに加え、その“痛みを知った”ことで手に入れた強さと優しさ、仲間たちとの絆によって、降り掛かる様々な困難を乗り越え、新たな時代のアイドルとしての道のりを歩んでいくのだった。
ひとりひとりのアイドルたちにスポットを当てた「EPISODE 1.0」~「3.5」
「EPISODEシリーズ」の「EPISODE 1.0」から「EPISODE 3.5」までは、ひとりひとりのアイドルたちにスポットを当てたショートストーリーが展開。
その中の「EPISODE 4U」、「EPISODE KARAKURI」といったエピソードでは、3人組ガールズバンドの「4U(フォーユー)」、双子のボーカルユニット「KARAKURI(カラクリ)」といった777☆SISTERSのライバルが登場。777☆SISTERSとの対立が描かれた。
「EPISODE 4U」では“アイドルへの敵意や悪意を持った存在との戦い”、「EPISODE KARAKURI」では“都市を裏で操る巨大権力”といった、その後のエピソードに連綿と続く本作の重要なファクターが登場。この時期のストーリーはコメディ色が強いものも多いが、このふたつのエピソードはシリアスなシーンが多く、のちの長編エピソードがさらに苛烈な展開を見せることを予感させるものとなっている。
また、セブンスシスターズの現役時代を描いた過去編「EPISODE 0.0(EPISODE Seventh)」も同様に展開。ここで描かれる、“カリスマ性をまとった偶像”ではないセブンスシスターズメンバーの“本来の姿”は、これもまた、のちの物語を読み解く上で不可欠な描写となっている。
作品を劇的に変容させた新章「EPISODE 4.0 AXiS」
そんな「EPISODEシリーズ」の性質が大きく変わったのは、2019年4月から7月にかけて、毎週1話ずつ公開された全13話の長編「EPISODE 4.0 AXiS」からだった。
伝説のセブンスシスターズと同じ声を持つ6人の少女からなる最凶の刺客「AXiS(アクシズ)」が777☆SISTERSの前に立ち塞がる一連のエピソードでは、ひたすらに露悪的で重苦しい展開が続き、綺麗事だけでは太刀打ちできない過酷な“現実”が描かれた。しかしその先に待っていた感動もまた、筆舌に尽くしがたいものであった。これまでに積み重ねられたドラマがひとつの結実を見せる、まさに集大成的なストーリーだったと言えるだろう。
「EPISODE 4.0 AXiS」での変化はボリューム面だけではない。777☆SISTERSのアイドルたちのグラフィックには苦悶、逡巡、哀哭などの感情を表現する様々な差分が追加され、シリアスな物語を彩った。さらに要所でムービーシーンによる演出も挿入されることで、ドラマチックな展開がいっそう劇的なものになっている。
通常時は口パクなどもない、いまとなってはアプリゲームのノベルパートとしても簡素な部類に入る演出が採用されている本作。しかしこれ以降の「EPISODEシリーズ」の特色となった上記の追加要素に、劇伴も含むディレクションの見事さも相まって、長編エピソードの読後の満足感はいずれも非常に大きなものだった。
未曾有の強大な敵との対峙となった「EPISODE 4.0 AXiS」、セブンシスターズの解散までを描いた、過去編の最後の物語「EPISODE 0.7 -Melt in the Snow-」を経て、物語は「EPISODE 5.0 -Fall in Love-」で、一気に時計の針を進めることになる。
“9年後”という時代設定に衝撃を受けた「EPISODE 5.0 -Fall in Love-」
ここで少し、自分語りをさせてほしい。
なぜ筆者が2020年初頭に「ナナシス」のプレイをはじめたのかというと、前述の「EPISODE 4.0 AXiS」のトレーラーとそこで流れていた楽曲「HEAVEN'S RAVE」のインパクトも大きかったのだが、決定打となったのは「EPISODE 5.0 -Fall in Love-」のトレーラーだった。
そこには9年の歳月を経て、子どもから少女へと成長したアイドルたちが、恋に落ちた胸の高鳴りを伸びやかに歌い上げる姿があった。
ゲームに触れる前からときどき「ナナシス」の楽曲は聴いており、その歌詞などから「ナナシス」が希望ある未来を諦めないことや、変わり続けることの大切さを描こうとしている作品であることは感じていた。こういったテーマは、あらゆるアイドルコンテンツで頻出するものでもあるだろう。にもかかわらず、コンテンツそのものが“アイドルたちもまた変化を続ける存在である”ということを積極的に作品展開に取り入れた例は、あまり見たことがない。
なぜならそのアイドルを、キャラクターを、商品として“末永く楽しんでもらう”のなら、彼女たちが変化を続け、我々ファンの思い出との齟齬が大きくなってしまうのは、不都合のほうが大きいからではないだろうか?
未来や明日、そういったこれから訪れるものへの希望を歌っているにも関わらず、自身が要求されるニーズは“現状維持”――この二律背反の性質を持っているのがアイドルコンテンツの宿命と言えるように思う。
そうした想いを抱いていたからこそ、「EPISODE 5.0 -Fall in Love-」での、メインエピソードで9年もの歳月が経過した2043年を描くという展開に、筆者は衝撃を受けた。それは「ナナシス」がストーリーでも、楽曲面でも、描きたいテーマを貫き通すことへの強い“覚悟”を持った作品であるという何よりの証左であるようにも思えたからだ。
それからアプリをダウンロードし、当時解禁されていたすべてのエピソードを読破するまでには、さほど時間は掛からなかった。
なお、「EPISODEシリーズ」を完結編まですべて読破した現在も、個人的にベストエピソードにはこの「EPISODE 5.0 -Fall in Love-」を挙げたいと思っている。
無邪気だった時代を過ぎ、大切な人たちとの別れも経験し――かつて信じていた“魔法”も、いまはもうどこにもない。そんな“時を経る”ことにまつわる切なさも描きつつも、それでも未来には輝ける瞬間がたくさんある。そう信じ続ける限り、歩いてゆける。そんなメッセージは、「ナナシス」自体が痛みを伴いながらも前進し続けることをためらわない作品だったからこその説得力を宿していた。
クライマックスに待っていた美しい光景を、忘れることはないだろう。
それは、きっといつか“あなたの背中”も押してくれる物語
「EPISODEシリーズ」完結編「EPISODE 6.0 FINAL -Someday, I'll walk on the Rainbow...-」では、改めて時間をさかのぼり、人気絶頂を迎えた777☆SISTERSの最後の物語が、これまでのすべての長編エピソードを凌ぐ破格のボリュームで展開された。
舞台は物語が始まってから2年の歳月が過ぎた2036年。学生だったアイドルたちは進級。777☆SISTERSメンバーのひとり・晴海シンジュはツインテールをやめて髪を切っているなど、時間の流れに伴うメンバーたちの変化が、丁寧に描写されている。
そんな中で描かれたのは、777☆SISTERSに襲いかかる、AXiSをも上回る強大な敵との戦い――そして、“誰かが決めたことだから”ではない、ひとりひとりの少女たちの、自分自身による新たな決意の物語だ。
そのストーリー展開は、「EPISODE 4.0 AXiS」を想起させる、やや既視感を伴う部分もあったことは否めない。しかし、物語で、楽曲で、すべての構成要素を総動員してただひとつのことの大切さを繰り返し問いかけ続けてきた本作ならば必然とも言える、堂々たる話運びでもあった。彼女たちの選択の行く末を、万感の想いを持って見届けたことは、言うまでもないだろう。
すべてのメインストーリーを読み終えた上で振り返ってみると、「EPISODEシリーズ」の歩みは、とても不器用なものだったように思う。本作と同じ問題意識を、よりスマートに表現した作品は、探せば存在するかもしれない。
けれど、そんな不器用で、がむしゃらで、一生懸命なエネルギーがこれほど作品全体から発せられることは、アイドルを題材にしたゲーム、アニメ、漫画を見渡しても、ほとんどないように思うのだ。それは迷い、苦しみながら、それでも未来へと突き進み続けた777☆SISTERSというアイドルたちの在り方とも重なる。
世の中の価値観が劇的に変化していったこの7年近くもの間、世界観のリセットなどを行うことなく現実と共に時計の針を進め続けた事実も、作品のテーマに何よりも大きな説得力を生み出していた。ここにわたしはとても大きな価値を感じている。
最後に、筆者が「ナナシス」に触れた理由の中には、当時追っていたアイドルコンテンツの方針が自分が求めていたものとズレはじめているように感じ、「もう一度“アイドル”を信じさせてくれる作品に触れたい」という気持ちが芽生えたというものがあった。
夢中になっていたものを信じられなくなるという心理――それは「EPISODEシリーズ」で777☆SISTERSが戦い続けた者たちの敵意や悪意の根本に、いつもあった想いだったかもしれない。そしてそんな“アイドル”という言葉が内包する意味の大きさ、可能性を、「ナナシス」と777☆SISTERSは、もう一度わたしに示してくれた。
もしあなたも、かつて大事だった何かを信じられなくなったり、それが原因で未来への希望が見い出せなくなったときは、「Tokyo 7th シスターズ」という物語があることを思い出してほしい。この物語は、“誰かの背中を押す”ために生まれ、その“誰か”には、あなたも含まれているのだから。