2022年5月12日にスクウェア・エニックスから発売される、PS5/PS4/Nintendo Switch/PC(Steam)向け新本格ミステリアドベンチャー「春ゆきてレトロチカ」(Steam版は2022年5月13日発売予定)のレビューをお届けする。

目次
  1. 100年もの時のなか、繰り返される殺人事件を解き明かすミステリ
  2. 映像の視聴時も受動的と感じさせない、“手がかり”が張り巡らされた“問題編”
  3. “論理の道”により膨大な情報を吟味し、整理させてくれる“推理編”
  4. 最大の見せ場“解決編”。失敗したプレイヤーを強烈な“共感性羞恥”が襲う!?
  5. 後年まで語り継がれるかもしれない、最後まで夢中になれるアドベンチャー

タイトル自体は少ないものの、時折世に出るタイトルには名作が多い実写モノのアドベンチャーゲームとして、少なくないゲーマーの期待を一身に受けて発売される「春ゆきてレトロチカ」。プレイした者ならば強く胸を打たれたであろう名作「428 封鎖された渋谷で」にシナリオディレクターとして携わった伊東幸一郎氏が本作ではディレクターを務めている点も、期待の高さの要因のひとつだろう。

あえてこの2作を比較するならば、「428」はエンターテイメント性重視のサスペンスであり、「レトロチカ」は謎解きミステリ。「428」は静止画を使ったノベルゲームであり、「レトロチカ」は動画を用いているからこそ可能な方法で、プレイヤーの“気づき”に重きを置いたアドベンチャーゲーム。

「428」は同じ1日を複数の人物の視点(マルチサイト)で描いていたのに対し、「レトロチカ」は異なる時代のエピソードを、ひとりの人物の視点から描いていると言える点(後述するマルチロールを参照のこと)も対照的だ。このように、同じ実写アドベンチャーでもこの2作は根本的な性質が大きく異なる。

なので「どちらかが好きならもう一方もきっと好き」と言えるような単純なものではないだろう。そしてだからこそ、「春ゆきてレトロチカ」にはこのゲームにしかない魅力がたくさん詰まっているとも言える。今回のレビューでは、そうした数々の独自性について、ネタバレにならない範囲で紐解いていこうと思う。

なお、筆者がプレイしたのはSteam版だ。

100年もの時のなか、繰り返される殺人事件を解き明かすミステリ

「春ゆきてレトロチカ」は現代、50年前、100年前の3つの時代に起きた複数の殺人事件の謎を解いていくことで、ある一族に代々伝わる“不老の果実”にまつわる秘密を解き明かしていくストーリーとなっている。

主人公はミステリ小説家の河々見(かがみ)はるか。彼女の小説の科学考証を請け負っている科学者・四十間(しじま)永司がまさに“不老の果実”の伝わる一族・四十間家の出身であり、はるかはこの永司から依頼を受けて、四十間家の豪邸を訪れることになるのだ。

はるかを桜庭ななみさんが、永司を平岡祐太さんが演じており、そのほかの登場人物にも演技力に定評のある俳優陣がキャスティングされている。声優の梶裕貴さん、麻倉ももさん、青木瑠璃子さん、女流棋士の香川愛生さんなどがゲストキャストとして出演している点も話題となっているが、それぞれが素晴らしい演技を見せてくれた。

キャスティングの面で本作の大きな特徴となっているのが、ひとりのキャストがそれぞれの時代・シチュエーションでまったく異なる登場人物を演じる「マルチロールシステム」。ある時代では人畜無害な人物を演じていたキャストが、ほかの時代では正反対の厚顔無恥な人物や、あるいは殺人犯を演じているかもしれないというわけだ。

筆者はこの試みをおもしろいと思いつつ、プレイ前はどんな印象を受けるかいまいち掴み切れなかったところがあった。実際にプレイしてみると、作中において過去編は「実際の出来事をもとにして小説形式で書かれた手記を、はるかが身近な人たちを登場人物に置き換えて読み進めていく」という設定で描写されるため、その理由づけによって自然なものとして受け入れることができた。

その上で、さまざまな役者の複数の演技のバリエーションを一作で味わえる贅沢感、別のエピソードのイメージをひきずっていると、その固定観念から真実を見誤ってしまいそうになるという謎解きにおける緊張感にも繋がっている。以上のことからマルチロールシステムは、このゲームの魅力を広範囲に補強する、優れた機能になっていると思えた。

こだわって制作されたというそれぞれの時代の雰囲気も素晴らしく、舞台となる屋敷や旅館、ナイトクラブといったロケーション、そして登場人物たちのファッションからも、その時代の息吹が確かに感じられた。映像演出は格調高いものとなっており、この点は「全裸監督」の撮影プロデューサー・シナリオディレクターであるたちばな やすひと氏ら、映像業界の第一線で活躍する本職のクリエイターたちが存分に腕を振るったであろうことが、素人目にもよく分かる出来栄えだ。

ちなみに「全裸監督」のタイトルを聞くとセクシャルな表現を連想する人もいるかもしれないが、本作にはそうした表現はないので、苦手な人も安心してほしい。公開されている映像どおりのしっとりと落ち着いた雰囲気の中、謎解きミステリの世界を堪能できることを保証しよう。

作中楽曲を手がけているのは林ゆうき氏。林氏といえば個人的にはバトルもののアニメと相性の良い、熱く激しい音楽のイメージが強かったのだが、本作では情緒豊かでメロディアスな曲の数々で、作品世界を静かに盛り上げてくれている。

映像の視聴時も受動的と感じさせない、“手がかり”が張り巡らされた“問題編”

ゲームは章仕立てになっており、それぞれの章は基本的に3つのパートに分かれている。3つのパートとは、映像によって事件のすべてが描かれる“問題編”、はるかの思考空間で“謎”と“手がかり”を組み合わせてさまざまな“仮説”を検証する“推理編”、推理をもとに真相を暴く“解決編”のこと。

問題編では映像を視聴していくことになるのだが、ときどき視点人物(はるかが自己を投影している各時代の人物。どの時代も桜庭ななみさんが演じている)の受け答えや思考として選択肢が現れることがある。また、のちの推理編で“手がかり”となる描写があったときはそれが文字情報として画面に現れたり、気になるシーンがあったときは任意のタイミングで映像を5秒戻したり一時停止したりできるため「ただ受動的に眺めているだけ」という感覚にはならなかった。

しっかりと「このあとの推理編に活かすため、あらゆる情報をキャッチしなければ」という姿勢にさせてくれる辺りは、「ゲームは能動的に遊びたい」という人も良い印象を持てるのではないだろうか。

映像の視聴中は、画面下部で登場人物のプロフィールと入手した“手がかり”がいつでも確認できるのも、特筆すべき点。映像内で言及のあった人物の名前と顔が一致しないとき、映像を流したまま即座に確認できるのは極めて快適だった。また、100年前と50年前、あるいは50年前と現代では、共通する人物が登場することもあるのだが、すべての人物のプロフィールに年齢も明記されているため、その人物の生きてきた時代の感覚を掴みやすいのも、作品世界の解像度が高まり、ありがたいポイントであった。

“論理の道”により膨大な情報を吟味し、整理させてくれる“推理編”

推理編では、六角形の図形が連なった盤面で“論理の道”を表現。赤い六角形で表現される“謎”の周囲に適切な“手がかり”のパネルを当てはめることで、さまざまな“仮説”を生み出していく。仮説が増えると新たに検討すべき“謎”も増え、これを繰り返すことで“真相”へと近づいていくのだ。

似たようなニュアンスの“手がかり”が複数存在する状況も見受けられ、どの“謎”に繋がるのかが分かりづらい部分もあるのだが、実は図形にあしらわれた模様の位置によって、どこに当てはめるべきパネルかは絞り込める。正しいパネルを当てはめるたびに貯まるゲージを消費して、まだ空いている場所に当てはめるべきパネルを特定する「ひらめき」の使いどころを工夫すれば、誰もが苦労せず推理を進めて行けるだろう。

正しいパネルをしかるべき場所にはめ込んだときの感触は、「カチーン!」という効果音も相まって気持ちがいい。本作の長所のひとつとして、いろいろな局面での手触りの良さを挙げておきたい。効果音はすべてクラシカルな雰囲気によく馴染むものが使われているし、前述した映像内での巻き戻しや一時停止も、レスポンスは非常に快適だ。

“仮説”が生まれるたび、CGジオラマを使った再現映像が表示される。これらに目を通していくことで、「この仮説は意外性が高いけど、いかにも有り得そうなトリックだ」とか「いくらなんでもこんな無茶苦茶はあり得ないだろう」というように仮説ごとに信憑性を判断でき、筆者のように推理小説をあまり読まず、謎解きに慣れていない人間でも、おぼろげながら真相が浮かび上がってくる辺りが絶妙なところ。「どこに注目したらいいか分からない」膨大な情報が自然と整理されていき、登場人物の言動・行動の違和感がある点に気づきやすくなっていくのである。

仮説の信憑性に疑問が生じたときは、問題編の各“手がかり”に対応した映像をチェックして、推理が正しいか確かめることも可能。もちろん一時停止や前後5秒間の移動など、問題編で使えた機能はここでもそのまま使える。

十分に仮説ができると“真相が”と書かれた紫色のパネルが出現し、隣に“みえた”と書かれたパネルを当てはめれば、推理は完了。ここで永司(正確には、桜庭ななみさんの演じる人物の思考空間で推理をサポートしてくれる、イメージ上の平岡祐太さん演じる人物……ややこしいが、そういうことになる)が登場し、改めて推理したことのまとめを行って、ゲームは各章のクライマックスである“解決編”へと向かう。

最大の見せ場“解決編”。失敗したプレイヤーを強烈な“共感性羞恥”が襲う!?

解決編では桜庭さん演じる視点人物が、容疑者たちを集めて事件の真相を語り、真犯人を明らかにする。このパートでは途中で何度も選択肢が登場。プレイヤー自ら正しい答えを選び、推理を完成させなければならない。気をつけなければならないのは、推理編で正しい“仮説”を手に入れていなければ、これに付随する選択肢は現れず、正解にはたどり着けないということ。

選択をミスするたびにその章の終了時に表示されるスコアが減点され、評価が下がってしまうので、たとえ正しい仮説を入手していたとしても緊張の連続だ。間違えた場合はバッドエンドとなり、一度推理編に戻って自分の推理を見直すことになる。改めて解決編での真相究明を再開するときは、ミスした箇所からやり直せるので、ストレスはまったくない。

ドラマや小説にないおもしろさとしては、プレイヤーが選択をミスすると、キメキメで推理を披露していた桜庭さんがみんなから矛盾点を突っ込まれ、なんとも情けない形で推理失敗となってしまうところだ。本作に近い推理失敗シチュエーションというのは過去の推理要素のあるアドベンチャーゲームにも存在しただろう。だが、実写映像で生身の人間が演じていることもあって、その光景から受ける共感性羞恥はなかなか大きいものだった。便宜上“共感性羞恥”と書いたが、穴のある推理をしたのはプレイヤーである筆者自身なので、桜庭さん演じる人物に恥をかかせてしまった申し訳なさもあったかもしれない。

しかし、これは本作が実写作品として世に出たからこそ大きく増幅された感情であり、なかなかほかのゲームでは味わえないその情動を、筆者は実にユニークで愉快なものだと感じた。極端に共感性羞恥的感情を抱くことが苦手な人は仕方ないが、個人的には本作をぜひ多くの人にプレイしてみてほしい理由のうち、割と大きな部分だったりする。

推理編に続き、解決編でもその謎解きは、この手のジャンルに慣れていないプレイヤーにも優しい。たとえば、実際にはまったく正解を絞り込めていない選択肢でも、直前の演出や桜庭さんの口ぶりから「どの選択肢を選べば自然な流れになるか」という、いわゆるメタ的な推理で正解を導けた局面もあった。推理編の時点では何が正しいか分からなかった“手がかり”も、選択肢として並べて提示されることで、消去法により正解を絞り込める場合も。

どうしても先に進めないというときにはバッドエンド画面から、推理の評価が落ちることと引き換えに、ほとんど正解を教えてくれるに等しい“ヒント”を見ることもできる。推理編、そして解決編の各種要素というのは、ミステリ小説の謎解きをゼロベースで真実までたどり着くことが困難な我々のための、補助線であり補助輪と言えるかもしれない。

一方で、筆者はエンディングにたどり着くまで、ノーミスで解決できた事件はひとつもなかったことも付け加えておこう。多くのプレイヤーが最後まで楽しめると同時に、完全な推理を目指すなら、抜群の歯ごたえがあるゲームというのも間違いないのである。

後年まで語り継がれるかもしれない、最後まで夢中になれるアドベンチャー

本作の物語や、用いられたトリックの数々がミステリとしてどの程度の完成度なのか――この点についての評価は、語る言葉を持つレビュアーに委ねたい。しかし少なくとも筆者は、どのエピソードでもそこで展開されたトリックに何度も翻弄されつつ、張り巡らされた謎を看破するカタルシスに大いに喜び、それぞれのエピソードで残った疑問点がやがてしっかりと回収されていくストーリーに、最後まで夢中になることができた。

一部で“不老の果実”が存在する世界であることを考慮して謎を解いていく必要はあるのだが、それ以外は極めて現実的な法則性に則った謎解きであるため、フェアで納得感のある進行であったのも、ノイズを感じず夢中になれた要因として大きいだろう。

もちろん、俳優陣の演技力や、格調高い各種演出、それらに寄り添う音楽の魅力なくしてこの没入感はあり得なかった。こうした部分に期待を寄せている方には、諸手を挙げておすすめしたい逸品と言える。

多くの人がエンディングまでたどり着ける設計とあわせて、聴覚情報を補うテロップの表示や、色覚をサポートするための字幕の背景色の変更など、アクセシビリティ・オプションが存在することも付け加えておきたい。Steam版ならばキーボードとゲームパッドの両方に対応しているので、自分に合ったインターフェースでプレイできるのも嬉しいところ。

「春ゆきてレトロチカ」は実写アドベンチャーとして、ゲームにおける映像表現として、ミステリの魅力を落とし込んだビデオゲームの新生として……後年まで語り継がれる可能性のある作品だ。その物語を、ぜひ多くの人に自分の目で確かめてほしい。

春ゆきてレトロチカ

スクウェア・エニックス

PS5ダウンロード

  • 発売日:2022年5月12日
  • 12歳以上対象

春ゆきてレトロチカ

スクウェア・エニックス

PS4ダウンロード

  • 発売日:2022年5月12日
  • 12歳以上対象

春ゆきてレトロチカ

スクウェア・エニックス

Switchダウンロード

  • 発売日:2022年5月12日
  • 12歳以上対象

春ゆきてレトロチカ

スクウェア・エニックス

PCダウンロード

  • 発売日:2022年5月13日
  • Steam

※メーカー発表情報を基に掲載しています。掲載画像には、開発中のものが含まれている場合があります。

コメントを投稿する

この記事に関する意見や疑問などコメントを投稿してください。コメントポリシー

関連ワード
  • プレイレポート