集英社ゲームズが2026年4月16日に配信予定のNintendo Switch 2/Nintendo Switch/PC(Steam)向けタイトル「OPUS: Prism Peak」(以下、Prism Peak)のレビューをお届けする。
「Prism Peak」は、台北のインディーズゲームスタジオ「SIGONO」が手がけ、集英社ゲームズがパブリッシングを行う新作アドベンチャーゲームだ。SIGONOはこれまでに「OPUS-地球計画」「OPUS: 魂の架け橋」「OPUS 星歌の響き -Full Bloom Edition-」といったシリーズを展開しており、本作は「OPUS」最新作といった位置づけだ。ただし、シリーズ間でストーリーに関係性はないため、本作からプレイしても問題なく楽しめる。
「OPUS」シリーズの特徴は、アニメ調の美しいグラフィックと、悲しくも心温まる物語を軸に据えている点だ。別れや喪失、希望、自己実現といったテーマを丁寧に織り交ぜ、完璧ではないキャラクターたちの内面的な葛藤や成長をリアルに描く。SFの世界観を軸にしながら、人間関係や「つながり」の機微を静かに掘り下げるスタイルが一貫しており、プレイ後にじわじわと余韻が残るのが魅力だ。
内面を投影する「ボウの地」とユージンの記憶
まずは、「Prism Peak」のあらすじについて紹介しよう。本作は、40歳の男性「ユージン」が主人公。かつて彼は報道カメラマンやカフェの経営を行っていたが、今ではうだつが上がらない日々を過ごしている。祖父の葬儀に参列するため実家に帰省しようと車を飛ばしていたが、トンネル内で突如事故を起こしてしまい、異世界「ボウの地」へと迷い込んでしまう。
そこで記憶喪失で消えかけている少女「レン」と出会い、元の世界に戻る方法も分からないユージンは、彼女が漠然と抱えた「山の上の家に帰りたい」という願いを叶えるために、なりゆきで同行することになるというのが本作のあらすじだ。
「OPUS」シリーズでは、SFの世界観を軸にしていると前述したが、本作ではそうしたSF色は薄く、これまでのシリーズとは異なる世界観が描かれているのも特徴となっている。


「ボウの地」に人間の姿は見当たらず、代わりに「神霊」と呼ばれる動物の姿をした存在たちが暮らしている。彼らはかつての記憶や名前を徐々に失いながら、消滅へと向かっているという特異な存在だ。ユージンは旅の中でシカ・犬・イノシシ・ヤギなどと出会い、カメラを通じて「真の名前」や内面に触れていくことになる。
また、神霊たちはありふれたサブキャラクターではなく、それぞれが過去や想いを抱えており、物語が進むにつれてユージンの現実や人間関係を投影した存在だと徐々に明らかになっていく点が印象的だ。


彼らとの対話や関係性の積み重ねは物語の進行や結末にも影響を与え、マルチエンディングという形でプレイヤーがどれだけ真摯に向き合ったかが問われる構造である。なぜ過去の関係が動物の形で現れるのか、そもそも「ボウの地」とは何なのか。そうした問いをユージンとともに考えていくこと自体も魅力のひとつで、レンズ越しに相手を「見つめる」行為そのものが、神霊を救うと同時にユージン自身の内面へと返ってくるのだ。
さらにユージンは皮肉屋で、いわゆる「カッコいい主人公」ではない。かつては写真で食べていくことを志していたものの、度重なる挫折の末に情熱を失いかけている中年男性だ。努力の意味を見失い、「現実から目を逸らす」ことに慣れてしまった人物とも言える。だからこそ、記憶喪失の少女・レンとの関係性が際立つのだ。


彼女はユージンと異なり、過去に縛られているわけではない。「山の上の家に帰りたい」という曖昧だが純粋な願いだけを頼りに前へ進もうとするまっすぐさは、現実に疲れたユージンとは対照的でありながら、同時に彼の内面を静かに揺さぶっていく。
最初の頃のユージンはどこか投げやりで状況に流されるように歩んでいたに過ぎなかったが、レンや神霊たちと向き合う過程を通じて、彼は次第に自分自身の過去や選択と向き合わざるを得なくなっていくという構成が巧みだった。
“撮影”で世界を読み解くフォトアドベンチャー
このような観念的かつ情緒的な物語体験を支えているのが、本作の核となる撮影システムだ。プレイヤーはカメラを用いて360度自由に「ボウの地」を撮ることができるが、特定の場所を撮影するとキャプションが添えられていく。ゲーム進行の流れとしては特定の写真を撮影してイベントを発生させ、キャプションの情報を元に選択肢を選んでいく形だ。


また、探索中に手に入る「金蘭の種」を「神の火鉢」と呼ばれる装置に投げ込むと、切符やお茶などストーリー進行に関わるアイテムが獲得できる。さらに、「神の火鉢」では神柱という像を通じて、神霊が話す言葉に応じた写真を捧げると、神霊たちの過去を垣間見られる「灰の粉末」や、レンの装備グッズがもらえる要素も存在する。


文章で表現すると、ストーリーと同様に些か抽象的なシステムだと感じられ、「適切な場所を撮影できるだろうか」「システムを理解できるだろうか」と思う人もいるかもしれない。だが、写真のキャプションは基本的にインタラクション可能なオブジェクトを撮影したときに発生する。フィールドも広大ではなく、製材所、駅、田畑、線路など範囲の限られたロケーションが多いため、探索のついでにカメラを向けることを忘れなければ、詰まることはないはずだ。
肝心の撮影システムも、ストーリー装置として簡略化されすぎておらず、構図やピント・露出といった細部の調整も求められる。そのため理想の一枚を狙う体験にはさながら現実のような手応えがあり、物語に関わらない風景にもカメラを向けたくなる没入感が味わえた。また「神の火鉢」で一定数の種を燃やしていくと、レンズクリーニング用のアイテムが手に入ったり、レンズやフィルターの機能が拡張されていったり、撮影の幅が広がっていく要素もあった。


プレイヤーは各地を探索しながら、風景や神霊をカメラに収めていくが、撮影行為は単なる収集要素ではなく、物語進行のテーマに直結していると言えよう。「ボウの地」に点在する壁画や「神火文字」をプレイヤー自らが謎を解いて解析していく要素も用意されており、「撮影ノート」を整理して断片的な情報をつなぎ合わせながら、「ボウの地」を読み解いていくパズル的な側面を持ち合わせているのも特徴だ。


そして謎解き以外でもどのタイミングで何を撮るか、そこから得た情報をどう読み取るかによって、物語が変化していく。つまり本作における撮影は、世界を“記録する”行為であると同時に、“理解する”ための手段なのだ。
レンズ越しに相手に触れるという行為が、関係構築や物語解釈に接続されている点は、テーマとも強く噛み合っており、撮影を起点とした探索・記録・対話の流れに組み込まれている。「見ること」「記録すること」「理解すること」が一貫したプレイサイクルとしてまとめ上げられており、ストーリーとシステムの体験全体が分断されない設計だと感じられた。
最後に、本作における「撮影」という行為自体が、“現実と向き合うこと”のメタファーとして機能している点も重要だ。現実から逃げ続けてきた男が、カメラ越しにもう一度世界を正しく見ようとする。そのきっかけを与えたのが「ボウの地」での出会いであり、彼らとの関係性を軸としてユージンの再生のプロセスが形作られていく。
諦めと停滞を抱えた男が、他者との関わりを通じて少しずつ変化していく過程にこそ「OPUS」シリーズらしい「人間臭さ」がにじむ。本作の旅路はオリエンタルな幻想譚でありながら、極めて個人的な“ぼやけた内面にピントを合わせていく物語”として強く印象に残る作品だった。
(C)SIGONO INC. / SHUEISHA, SHUEISHA GAMES
※画面は開発中のものです。
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