2014年9月2日~9月4日の3日間にわたってパシフィコ横浜にて開催されたゲーム開発者向けカンファレンス「CEDEC 2014」。本稿では、バンダイナムコスタジオバンクーバーによる学生プロジェクトと、そこから生まれた北米市場向けコンテンツおよび産学協同事例について紹介していく。

目次
  1. 学生プロジェクトとは
  2. 反省点を活かした第2期
  3. ユーザーテストに臨む第3期
  4. 学生プロジェクトを通して
Dennis Chenard氏
Dennis Chenard氏

昨年設立されたバンダイナムコスタジオの海外子会社「NAMCO BANDAI Studios Vancouver Inc.(バンダイナムコスタジオバンクーバー)」では、北米向けのコンテンツ開発事業と並行し、現地教育機関との連携・協業によるコンテンツおよびサービスの創出、現地の優秀な人材獲得を目的としたプロジェクトが進められていた。

本講演では、バンダイナムコスタジオよりET開発本部 未来開発部の堤康一郎氏、同じくAM開発本部コンテンツデザイン2部の本山博文氏に加え、提携先である大学院・CENTRE FOR DIGITAL MEDIA(以下:CDM)のDennis Chenard氏が登壇し、全3期に渡るプロジェクトを通し、「驚いたこと、気づかれたこと」の事例が語られることとなった。

学生プロジェクトとは

本プロジェクトは、バンダイナムコスタジオがクライアントとなり、デジタルメディアのプロフェッショナルを輩出してきたCDMの学生チームに仕事を発注し、学生たちが“本当に欲しいと思うサービス”のアイディア、ならびにコンテンツを作り上げる過程に注目していくというものだ。「右も左も分からない」という中で始まった第1期プロジェクトでは、下記のようなテーマを元に依頼を発注し、学生チームの動向を見守ったという。

第1期はテーマを広範にし過ぎたとのこと。

現地で組まれたチームは、学内に開設された企業スタジオで、それぞれが明確な役割を決め、スケジュールを立て、プロジェクトを開始していくことに。たった1週間で没を含めた30以上ものコンセプトが学生たちから挙げられ、使用しなかったコンセプトを日本国内でミニゲームにする企画など、当初は想定していなかったケースも発生した。

第1期では、「こちらが学生たちを膨らませて伸ばし、思いもよらなかったコンテンツを創出していく」ことに早速手応えを感じたようだが、もちろん課題もあったという。学生たちは本プロジェクト、ひいてはクライアントの意向をくみ取りがちであったことから、「バンダイナムコはIPを使ったゲームを作る会社」「クライアントが気に入るテーマ」などを考慮してしまい、クライアント側からもう一工夫、何らかのアプローチを仕掛けなければ“思いもよらなかったコンテンツ”まで辿り着くのは難しいと感じたらしい。また、約3ヶ月という短いスパンでは、0から試作品の完成まで持っていくのがやはり困難であったと、堤氏は語っていた。

反省点を活かした第2期

第2期以降は第1期の反省点を活かし、「コンセプト作成の前半をAチーム(第2期)」「ユーザーテストの後半をBチーム(第3期)」と設定し、2ターム(半年)の期間を使いながら、企画を別の学生チームに引き継いでいくという新たな形式が採用された。また、コンセプトデザインの考え方を教えるための経験豊富な企画者が投入されたほか、あまりクライアントの方を見ないようにさせ、ゲームに限定しないアイディアを出してもらう土壌を形成していったとのこと。

「コンセプトの作成」を担う第2期では、自身のニーズを自身で統一させる企画者意識の向上、自分達が毎日使うからこそ気になった点をドンドン改善させるユーザー体験の向上、そして3ヶ月という期間で自発的に動くチーム意識の向上など、さまざまな面から製作物のクオリティ向上を図っていったとしている。

さらに、アイディアについて深くディスカッションしていくためには共通理解が必要とされることから、企画検討前に社員が現地へと赴き、ゲームデザインに関する講演が行われた。そして、プロジェクトの口火を切る企画だしでは、多彩なアイディアが紙1枚に描かれ、「学生ならでは/欧米ならでは」の斬新な発想が次々と出てきたという。この中から採用されたのは、「クロネコSNS」。ただし、クロネコというアプリ名は日本的な印象で違和感がないものだが、クライアントにしてみれば、まだ学生たちがクライアントを意識していることが受け取れたに違いない。

また、企画が決定したところで、出来る範囲を紙で物理的に作る「企画の見える化」が行われ、企画の長所・短所をメンバー同士で共有し、さまざまな側面を検討していったという。なお、CDMでは画面遷移、UI、ユーザーアクションなどのゲーム設計をホワイトボードに次々と張っていき、学内の学生たちにユーザー目線からの意見・ダメ出しをもらっていく広範な「ペーパープロトタイプ」が通例とのことで、仕様、フロー、工数などを洗い出し、開発プロセスのスピードアップを図っている。アナログ的な手法でこそ磨ける試行錯誤といえよう。

第2期の最終段階として行われたクライアント・プレゼンでは、バンダイナムコスタジオの社長が現地へと赴き、学生たちからの説明を直接聞くことに。「欧米向け製品のステレオタイプな印象と正反対」「学生ならではの奇想天外な発想」に、社長も思わず「青天の霹靂だ」と漏らしたようだ。また、プレゼン前日に学生たちからアプリ名の変更が申し出され、アプリ名が「クロネコ」から「Hyrd」へと変更されていた。

「Hyrd」とは、「heard(聞く・聞こえるの過去形)」の短縮形であり、現地の若者のスラングの1種だという。「クロネコ」という企業への納品物から、「Hyrd」という自分たちのための製作物へ。この名称を提案してきた瞬間こそが、学生たちが本気でプロジェクトに取り掛かった証であり、同時にプロジェクトテーマ“自分たちが本当に欲しい”が結実した瞬間であると、本山氏は述べた。

ユーザーテストに臨む第3期

第3期は、2期とはメンバーを変えたBチームによる「ユーザーテストの実施」。ここでは2期の改善案を元に試作品の開発が進められ、完成した試作品を受容性調査と題し、計3回、学内や違う学校の学生に、実際に体験してみてもらったという。こちらはビデオの形で紹介されたが、学生たちの反響も非常によく、様々な国籍の学生たちが、いちように笑顔で楽しんでいる様子が覗えた。

また、最後は今回もバンダイナムコスタジオの社長が現地に訪れ、プレゼンが行われることに。プレゼンでは2期からの改善点やユーザーテストの結果がビデオなどを通して紹介され、「リサーチが丁寧」「学生の横のつながりを活かしたテスト内容」「アプリの意外な使用方法」などが特に好評を博したとのことだ。

なお、「Hyrd」についてはサービス運用も検討されているようで、詳細についてはぼやかされていたが、紹介された範囲ではどうやらTwitterのような形式でありながら、“これまでにないアプリ”となっているらしい。

学生プロジェクトを通して

本山博文氏
本山博文氏

本山氏は最後に「クリエイティブの原点を体験できて、とても楽しい経験でした。我々としても予測不能な中、スリルたっぷりにサポートすることとなりましたが、スピード感ある開発プロセスや、私たちが持っている『仕事の慣れ』『先入観』を取っ払ってくれたことで、非常に元気になりました。また、日本に居てはできない現地の大学のネットワークを使ったユーザーテストのシステムはとても魅力的に思いますので、欧米向け製品の企画成功打率の向上に寄与できるのではと考えています」と述べてくれた。

堤康一郎氏
堤康一郎氏

また、堤氏は「手探りながらに始め、3期に渡って行われてきた本プロジェクトですが、学生のクリエイティブな発想を引き出す試行錯誤が経験できてよかったです。こちらから提案したテーマでなく、自分たちが本当に欲しいと思うコンテンツの創出を手助けすることで、本当に予想もつかない、正に『青天の霹靂』のようなものが生まれてくるのです」と語ってくれた。

約3ヶ月という期間は、アドレナリン全開で濃縮して駆け切るGameJamや、1年から長期期間を念頭に進められる基礎研究とも違う、長いようで短い、持久力が必要な期間なのだという。また、アナログ的な手法から進められる開発も新鮮で分かりやすく、何よりも早いことが伺えたとのこと。

インターンシップのように学生が会社に来るのではなく、社員が学校に行くというCDMならではの環境は、国内においてはとても新鮮なケースに思える。また、現地学生の能力の高さも見逃せない。CDMではさまざまな企業との産業提携が常時行われているため、学生はこういった体験は“ざら”だという。個々の学生たちのプレゼン能力は非常に高く、またそれを取りまとめるドキュメントの作成能力にも舌を巻いたと、堤氏は話してくれた。

昨今、日本のゲーム企業も色々な形で海外進出し、海外企業との提携を進めているが、「カナダのバンクーバー」「大学院の学生」「コンテンツの産学連携」という発想は実に興味深いコンセプトと言える。ゲームやアプリの1つを取っても国内と海外では全く毛色が違う中で、ローカライズではなく、現地に即した形でのコンテンツ提供、現地ならではの情報収集というのは、グローバル戦略の新たな形に成りうるのかもしれない。

※メーカー発表情報を基に掲載しています。掲載画像には、開発中のものが含まれている場合があります。

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