8月30日よりパシフィコ横浜にて開催中の「CEDEC 2017」。こちらで行われたセッション「Fate/Grand Order VR feat.マシュ・キリエライトを支える、“非常識”な企画術」をレポートする。講師はディライトワークス・塩川洋介氏。
大型イベントを開催するたびに、過去最高のDAUを更新し続けるスマートフォンアプリ「Fate/Grand Order」(以下、FGO)。配信開始から2年を経て右肩上がりを続ける本作から新しく生まれたコンテンツが「Fate/Grand Order VR feat.マシュ・キリエライト」(以下、FGO VR)である。
2017年冬に配信を予定している本作は、Fate初のVR作品。先行体験会には5,000人以上が参加しているという注目度の高いタイトルだ。Oculus Rift創業者のパルマー・ラッキー氏も、本作を体験するためにディライトワークス社を訪れたという。
この「FGO VR」は、どのような企画プロセスで生まれたのだろうか。FGO PROJECTのクリエイティブディレクター・塩川洋介氏は、本作の3つのコンセプトを紹介。そこには、「FGO」の開発・運営を支える、あるヒミツが存在するという。
その1「特別な日常」
「FGO VR」のターゲットは、全FGOユーザーだ。当然のことのように思えるが、これが実は難しい。
というのも、FGOユーザーは「スマートフォンゲームは遊ぶが他は遊ばない」「FGOはプレイするが他作品はしない」人が多いのだ。言わずもがな、「FGO VR」はスマートフォン以外でプレイする作品である。
これを超えるために塩川氏は、「全マスターが遊べる」「全マスターが遊びたくなる」という2つの課題を設定した。
「全マスターが遊べる」ために、マシュ・キリエライトというキャラクターがフィーチャーされた。彼女はFGOをプレイし続けているユーザーはもちろん、始めたばかりのユーザーも所持しているキャラクターだ。あらゆるマスターが彼女のことを知っている。
その上で「全マスターが遊びたくなる」ために、概念礼装「パーソナル・トレーニング」をピックアップ。これは、カルデアの日常にあったかもしれない一コマを切り取っているアイテムだ。
大切なのは「あったかもしれない」こと。ただマシュに会うだけなら、毎日FGOで行われていることと変わらない。「あったかもしれない」ことを実現するからこそ、VRコンテンツ化する意味がある。
マシュという「日常」と、あったかもしれないことを実現する「特別」。「FGO VR」は特別だけど日常的な、「居心地がよいVR」なのである。
その2「マシュ詣」
2017年1月に発表された「FGO VR」は、3月、5月、6月、7月、8月と立て続けに体験会を行っている。塩川氏はこのプロジェクトを、体験会を想定した企画だったと明かす。
展示の目玉として興味を引き、満足度を高めるには、単純に設置すればいいわけではない。FGOユーザーは毎日マシュに会える。その上で、VRで絶対に会いたいと思わせるものを作らなくてはならない。
それを解決するのが、「会いに行った人だけの特別感」「会いに行くイベントごとの演出」の2つだ。
上記は今年1月に公開された、「FGO VR」の第1弾PVである。正直なところ、これだけでは具体的なゲーム内容はわからない。しかし、これは敢えてよくわからないように作っているとのこと。遊ばないと何なのかがわからないが、遊べばわかる。それが「会いに行った人だけの特別感」なのである。
では、「会いに行くイベントごとの演出」とは何だろう。ちょうど現在、アドアーズ秋葉原店で行われている体験会では、VR体験スペースのほかに「FGO VR」でデコレーションされたフロアが用意されている。このアドアーズとの施策しかり、各種イベントしかり、体験会では必ず、遊ぶまでを楽しませる何かが用意されている。それが「会いに行くイベントごとの演出」だ。
マシュに会いに行く過程まで楽しむ。「FGO VR」は、会いに出かけたくなるVRなのだ。
その3「5秒に1マシュ」
「FGO VR」は、居心地がよく、会いに出かけたくなるVRとして作られている。しかし、それだけでは「今日FGO VRを体験してきたよ」で終わってしまう。つまり、シェアできるものがないのだ。これを解決するのが「5秒に1マシュ」である。
本作は、5秒ごとに見どころが出てくるよう事細かに設計されている。マシュの着替えシーンに始まり、バランスボールでのトレーニングや、マシュの接近シーンもそうだ。マイルームをよく見れば聖晶石がしまわれているし、胸元が開いたマシュのコマンドカードは、ここでしか見られない。
このように、5秒おきに見どころを用意しておくと、「控えめに言って、最高でした!」「なんかもう…色々すごかった」「マシュのマシュがマシュマシュで、どうにかなりそう」といった、言葉にならないほどの感想が出てくる。「やってきた」だけではない声を引き出し、拡散できないという弱点を補う。「FGO VR」は、声に出して言いたくなるVRなのである。
※ちなみに、筆者の言葉にならない声は「マシュとの微笑ましいひとときを―『FGO VR feat.マシュ・キリエライト』カラオケフロアデコレーション&体験レポート」に記している。
顕在化していない声に応える
上に挙げた3つは、VRの特徴を考えれば当たり前と思うことかもしれない。しかしそう見えて、これらをかけ合わせて実現しているタイトルは少ない。“非常識”なことなのだ。この中に、「FGO」の開発・運営を支えるヒミツがある。それは「顕在化していない声に応える」ことである。
「こういうものが見たい」「これをやってほしい」という顕在化している声に応えれば、納得を生む。しかし、顕在化していない声に応えれば、爆発を生む。
例えば、「FGO」では聖晶石購入時のおまけが1.5倍なった。また、今年4月1日の24時間だけサービスが行われた「Fate Grand/Order Gutentag Omen」もそうだ。誰かがやってくれと言ったわけではないが、だからこそ驚きや爆発を生むのだ。
顕在化していない声は、邪念があると見つかりづらい。これを見つけるためには、ディライトワークスの開発理念でもある「ただ純粋に、面白いゲームを創ろう」という思いが大切だ。何をしたら面白いのかを素直に突き詰めていき、顕在化していない声を見つける。それが、塩川氏が挙げる「どんなゲーム制作にも役立つヒント」なのである。