パシフィコ横浜で開催中のCEDEC 2017にて、8月30日に行われたセッション「技術デモだった『サマーレッスン』がご家庭で遊べるようになるまで―あなたの技術デモでは製品化できますか?―」をレポートする。
目次
本セッションでは、バンダイナムコエンターテインメントから、「サマーレッスン」技術デモ版テクニカルディレクターの小関一正氏と、「サマーレッスン」リードプログラマの山本治由氏が、技術デモを製品化にもっていくまでの経緯を語った。
意外と少ない?製品化されている「技術デモ」
技術デモとは新しいテクノロジーやデバイスがリリースされるときにその魅力を伝えるためにサンプルとして作成するソフトのことで、スタートアップ企業の増大により現在ではその必要性が高まっている。
必要性が重視される技術デモだが、もちろん作成するためには一定のコストがかかる。高度な技術になればなるほど、費やされる時間も経費も桁違いだ。しかしせっかく作られた技術デモの大半は、その場限りでのデモンストレーションとして終わってしまっていると、小関氏は語る。
実際に東京ゲームショウ(以下、TGS)2014と、TGS2015でVRの技術デモとして出展されたもののうち、どれだけのデモが製品化されたのか、小関氏が調べたグラフがある。
あくまで独自調査のため、多少数値の変動はあるかもしれないが、製品化されているのはたったの16%で、残る84%もの技術デモは「製品化」というところにまでたどり着けていないのが現状だ。
なお、いくつかのVRデモを詰め合わせにして販売している、というパターンもあるが、ここではあくまで「単体製品化」の話に絞ると、小関氏。「単体製品化」というのは、端的に述べるなら「技術デモだったものを、お客様にお金を支払って買っていただくものに値する製品にする」ということである。
「技術デモ」版の手ごたえは上々!それでも待ち受ける、製品化への困難
今回の題材となる「サマーレッスン」は、自分自身が家庭教師となり、教え子の宮本ひかりと7日間を過ごすPS VR専用のゲームだ。PS VRの発売と同時に発売された、いわゆるローンチタイトルである。
もともとは技術デモとして開発されたものであり、TGS2014で展示するつもりで作成していたが、その後諸事情によりTGSでの出展は中止になるものの、2014年11月に開催されたSIE(ソニー・インタラクティブエンタテインメント、当時はソニー・コンピュータエンタテインメント)によるPS VRのクローズド体験会に出展、そこでユーザーに体験してもらうこととなった。
その後、2015年のE3でアリソン・スノウ版を出展。こちらは田舎ののどかな場所で隣人であるアリソンと過ごすという、ひかり版とはまた違ったコンセプトで作られている。
カンファレンスで発表した時から話題になり、特に日本でもアメリカでも実際にプレイした人からは非常に好評だったこともあり、社内でも「PS VRはいけるのではないか」といった声が上がっていったそうだ。
しかしVRコンテンツは、体験会などを開催しても一度に体験できる人数がかなり限られている。技術デモをプレイした人からは絶賛されていたものの、そもそもその時点で遊ぶことができた人数は極わずかであり、これをもっとたくさんの人に遊んでもらうにはやはり製品化したい、という想いがあったと小関氏は語った。
だが、いざ製品化するとなると、それは難しいのではないかという声も聞こえてきたのが現状だった。その理由は、技術デモから製品化として発売するのに必要な条件や仕様がほぼ真逆だったからだという。
技術デモとしての役割と製品化に必要な仕様は、まさに真逆!
その「真逆」とはどういうことなのかを、具体的に説明していこう。
まず、技術デモに必要とされるのは、5~10分程度という短時間でデバイスの特徴が体験できること――すなわち特徴をアピールする仕様を入れていくということだ。
また、技術デモを遊ぶ場合は基本的にアシスタントがつくため、デバイスの装着の仕方や、内容、アピールポイント、ゲームの進行に迷った人をアシスタントが口頭で教えられるというメリットがある。
ケースとしては起こらないに越したことはないが、最悪ゲームが途中で停止してしまってもアシスタントが再起動をしてもう一度プレイしてもらえばいいため、ソフト的な安定性をあまり気にしなくていい部分もある。
「サマーレッスン」の技術デモは、プレイ時間約5分ほどを想定して作られ、UIもシンプルに首振りと注視だけにし、コンパニオンが「棚の上に本がありますよ」「ひかりちゃんに近づいてください」などプレイヤーへの行動を促すことで、操作説明などを入れずに簡略化したそうだ。
では次に、製品化に必要な条件を何か、それはじっくり長く遊べるものであることだ。今は発売後にパッチをあてられるとはいえ、やはりゲームとしての安定性は重要なポイントであり、操作を説明してくれるコンパニオンはいないので少なからず操作の説明などをするUIが必要になってくる。そして一番のポイントは、お金をいただくものに値するということだ。
こうしていくつかの条件を挙げてみるだけで、確かに技術デモと製品化とでは全く方向性が違うのがわかる。技術デモでうけた要素を維持しつつ、新しさがあり、家庭でも迷いなくじっくり遊べて、ユーザーからお金をもらうに値するクオリティ、というのが製品化に向けて目指すラインだったと小関氏は語った。
さらにPS VRの発売と同時発売を目指していたこともあり、PS VRというデバイスの特徴をアピールするところはすごく重要だったとも述べた。
「サマーレッスン」というすごいタイトルがあればPS VRの素晴らしさもわかる、「サマーレッスン」をプレイしたいからPS VRを買おうという気になってもらえる、そのようなタイトルになることを目指したそうだ。
じっくり遊べるVRコンテンツとは?具体的な製品化への道
「サマーレッスン」の製品化に向けて、最初に当たった壁は「じっくり遊べる」という部分だったと、山本氏。
当初はユーザーにさまざまな行動を試してもらう、つまりはトライアンドエラーが満たせればじっくり遊べるようになるだろうと考えた山本氏は、それを前提として、技術デモを発展させた試作品の作成に入る。
最初に注目したのは家庭教師と生徒という関係性を利用し、教え子と会話をつないでいき、信頼関係を築いていくというコミュニケーションの部分。この部分を家庭用としてどう遊ばせるかが問題になるのだが、試作画面を見てみると、画面の上部にひかりの現在のパラメーターが表示されているため、これではユーザーの気持ちはひかりではなくパラメーターに向いてしまう。
画面下部にはプレイヤーの選択肢などが表示されているが、こちらも画面に対して占有面積が広すぎて、これではひかりと話しているという気持ちになれないという問題が浮き彫りになった。
結果、試作品ではゲームとしてはそこそこ遊べるし、ゲームらしい試行錯誤感もあるものとなったが、VRの売りである実在感や、技術デモ版で好評だったキャラクターとの距離感などは失われてしまうことに。
UIとキャラクターの共存が思っていた以上に難しく、キャラクターの感情を数値化してしまうと生きている感じが失われてしまうので、この問題点をクリアできなければ製品化には出来ない。いかにゲームらしさを維持しつつ、キャラクターの実在感を出すか、その点に絞って開発は進んでいくこととなったそうだ。
ゲームらしさと、VRならではの存在感を両立させたその解決策とは
これらの問題は、ひかりとのコミュニケーションパートと、ゲームパートの部分を明確に分断させることで解決させた。
まず、ひかりとの会話のシーンでは、UIは最低限に抑え、コントローラーも極力つかわず、視線で色々と誘導したり伝えられるように。
なお、コントローラーはPS Moveコントローラーを使うことも一応考えたそうだが、PS Moveコントローラーを別途購入しなければならないというユーザーへの負担を考え、採用はとりやめたそうだ。
そうしてプレイヤーのセリフについては、たくさん選択肢を出すとその分現実感がなくなるため、できるだけ一択か二択程度にまで絞り込むことにしたという。
一方、ゲームらしさについては、ひかりがいないところで表現しようと決め、喫茶店で翌日のスケジュールを組むことにさせた。ここでは大量のUIを表示させることにより、ゲームらしさを思い切り前面に出そうと試みたのだ。
この場所にゲーム的な要素をすべて詰め込むことにより、「VRってなんなの?」というユーザーの不安を払拭し、これまで遊んできたゲームと同じなのだと解ってもらい、VRへのハードルをできるだけ下げたという。
次の壁は、「新しさ」。衣装の変更や、アニメーションの変化でそれなりに新鮮さはつけられるが、改めて「サマーレッスン」がどういうゲームかということを考えた時に、従来のゲームとVR体験の違いは「視覚」と「聴覚」にこそあり、この二つを変えれば「サマーレッスン」が新しいものになると山本氏は考えたそうだ。
そのためにはロケーションを変える必要があったため、ひかりの部屋という狭い空間を飛び出して、新たに広い場所を用意した。例えば夜の神社などを用意することで、虫の鳴き声などの聴覚と、背景による視覚の効果で新鮮さを出すことに成功した。
現実感から離れてはならない、プレイヤーに違和感を覚えさせない、そんな小さな積み重ねが重要!
家庭用のゲームとして最大のハードルは、操作がわからない、ゲームが進行しない、何が起きているのかわからない、そういう時に横からサポートしてくれるアシスタントがいないことだ。よって、プレイヤーが何かを入力しなければならないような時は、それをサポートするガイドを表示させることにした。
そして、最後まで頭を悩ませる要因になったのは、ゲーム上どうしても必要になるUIだ。VR上でカーソルが移動するのはすごく違和感があったと語る山本氏。モチーフを重視したUI作りを心がけようと、喫茶店で組むスケジュール一覧も全部付箋になっていて、付箋を手元のノートにぺたぺたと貼ってスケジュールを組んでいくように工夫したそうだ。
どうしてもUIの表示が必要な場面では、UIを挟んでひかりと目を合わせることにはならないようにした。またUIが表示されてプレイヤーが何かをしなければならないときは、ひかりはスマホをいじっていたりすることで、極力不自然にならないような演出を心掛けたという。
こういったUIやデザイン面での「距離感」は常に意識をしていた部分で、プレイヤーが青い素体でしか登場しないのも、例えば靴などほんの僅かでもグラフィックをいれてしまうだけで、「自分ではない」という違和感を覚えてしまうからだそうだ。
ゲーム内での時間の経過や場所の移動なども、試作の段階では時計の針が進むアニメーションなどで表現していたが、これも現実感が薄れる一因となってしまったため、シンプルに暗転させることにした。
家庭用のゲームならではの「じっくり遊べる」という点については、前述のユーザーにさまざまな行動を試してもらうという部分で解決させた。ただしシンプルでいて、そして攻略サイトなしで遊べて、なおかつエンディングがある、という点を重視したとのこと。
VR用のヘッドセットを装着しながらだと攻略サイトを見ることはできないため、そこでいちいちヘッドセットを着脱していたら、それはゲームとしては楽しめない。
そこで一日の最後にリザルト画面を表示させることで、その日の行動で何が変化したかを解りやすく視覚化し、プレイヤーに次の日の行動を色々と模索してもらうことで、どのようなエンディングにいくのか楽しんでもらえるゲーム性にした。
「サマーレッスン」のようなゲームにエンディングを用意するというのは難しいところだったが、ゲームとしての良さを感じてもらうためにもやはりエンディングは必要であると山本氏は決断したという。
そして次の壁は、「お金をいただくクオリティ」。技術デモからの製品化ということに絞って言えば、プログラムの安定性と、VR体験の快適さ、この二点にほぼ絞れるという。ロード時間の短縮や、オプションでユーザーの背の高さなどのパラメーターを変更できるといった細かい設定、ハリボテ感をなくすなど、全体のクオリティアップを図った。
そうしてこれらの要素をすべてクリアした結果、ついに技術デモから製品化が可能になったというわけだ。
最後に山本氏は、「あなたの技術デモも製品化できる!」と強く述べ、「展示会などで技術デモに触れる機会も多いですが、家に帰ってじっくりやりたいようなものや、行列がすごくて諦めるしかない作品もあり、なるべくこういった形で技術デモが製品化し、世にでるといいなと思います」と、講演を締めくくった。
※画面は開発中のものです。
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