TYPE-MOONから2021年8月26日に発売された、PS4/Nintendo Switch用ソフト「月姫 -A piece of blue glass moon-」のプレイレビューをお届けする。
目次
本作は、当時はまだ同人サークルだったTYPE-MOONが、2000年にPCゲーム用として発売した「月姫」のリメイク版。シナリオは奈須きのこ氏、原画は武内崇氏と、当時のメインスタッフはそのまま、文章やCG、フルボイス化などフルリメイクされており、PC版発売から20年以上経っての、初のコンシューマ移植となる。
2000年発売当時に「月姫」をプレイして以降、TYPE-MOONの魅力に憑りつかれた筆者が、アルクェイドルートとシエルルートをそれぞれプレイした上で、ほぼネタバレなしプレイレビューをお届けする。だが今回紹介する範囲(DAY5まで)には、「月姫 -A piece of blue glass moon-」にのみ登場する新キャラクターもいるため、出来るだけ新鮮な気持ちで「月姫 -A piece of blue glass moon-」をプレイしたい人は、注意してほしい。
死の線が見える「直死の魔眼」を持っている主人公・志貴
そもそも「月姫」とは、どのようなゲームなのか。ゲームの序盤を、軽く紹介しよう。
幼い頃、事故によって生死を彷徨うほどの怪我をした、遠野志貴。志貴はその時から、普通の人には見えない“線”が見えるようになってしまう。他の人には見えないその線が何を意味するものなのか、志貴に解るはずもない。ただ、その線の通りに切ってみたら、ベッドは壊れてしまった。
みんなには見えない、つぎはぎだらけの世界が怖い――。突然に線が見えるようになってしまい絶望しかなかった志貴は、蒼崎青子という女性と出会う。青子は志貴を気に入ったようで、様々なことを教えてくれた。志貴は青子と話をしていくにつれ、青子を“先生”と呼ぶようになる。
大好きな先生に「こんなことが出来る」と樹木の線を切ってみせた志貴に青子は驚くが、青子は「こんな眼、いらない」と苦しむ志貴に“魔眼殺し”の眼鏡を与え、更には今後の生き方についても指南する。青子は世界に現存するたった4人だけの“魔法使い”で、志貴の眼が“物体の死”を視覚情報として見ることの出来る、“直死の魔眼”と呼ばれるものであることを悟ったのだ。
やがて退院した志貴は遠縁に預けられ、本家とはほぼ絶縁状態となる。魔眼殺しの眼鏡のおかげもあり、ほぼ常人と変わらない生活を送っていた志貴だが、7年も過ぎた頃になって父親の訃報と共に、遠野の実家に戻ることとなった。その遠野家は、学校よりも大きな敷地と大きな屋敷を持つ大財閥。大豪邸で志貴を待っていたのは、遠野家の当主となった妹の秋葉と、琥珀・翡翠という双子のメイドだった。
遠野家で新たな生活を送ることになった志貴だが、ほぼ時を同じくして、志貴は街中で金髪の美しい少女と出会う。その少女を見た瞬間に志貴の思考は暴走し、魔眼殺しの眼鏡を外して欲望のままに死の線をなぞり、少女を“解体”してしまった。
今まで人を殺したいと思ったことすらなかった志貴は、自分が犯した目の前の出来事に慌てるが、我に返った時には翌朝になっており、あれは夢の出来事だったのかと思う。いつもと同じように学校に登校した志貴だが、校門の前で彼を待ち受けていたのは、前日に殺した少女だった。
逃げる志貴を捕まえた少女は、自分が“真祖”と呼ばれる吸血鬼であること、彼女はこの街に巣食う別の吸血鬼を倒しに来たこと、だが志貴に殺されて蘇生に力を使いすぎてしまったために今はその吸血鬼を倒す力が落ちていること、だから自分を殺した志貴に吸血鬼退治を手伝ってほしいことを告げる。こうして志貴は、吸血鬼の少女・アルクェイドと共に、吸血鬼退治へと挑むことになる。
――という流れで始まる「月姫」だが、本作はそもそも「(原作制作当時)流行っていたのが、美少女ゲームだったから」という流れで制作されたもので、登場人物の大半が女の子。選択肢によって特定のキャラクターとの間で恋を育み、各ルートを回ることで段々と物語に隠されていた様々な謎に迫ることが出来るようになっている。
そもそも、何故吸血鬼であるアルクェイドが、吸血鬼退治をしようとしているのか? そういった謎は、アルクェイドと行動を共にしているうちに、おのずと解るだろう。
「これはもうアニメでは?」と思う程のノベルゲーム
本作は、小説のようにテキストを読んでいき、選択肢次第でシナリオが分岐するノベルゲーム。スマートフォンゲームのシナリオで多く採用されているような、背景、キャラクターの立ち絵、文章、という構成なのだが、「月姫 -A piece of blue glass moon-」ではノベルゲームとは思えないほど、演出が多彩だ。
表情や立ち絵ポーズにちょっとしたエフェクトで表現されることが多いジャンルだが、「月姫 -A piece of blue glass moon-」は画面構成、エフェクト、効果音、BGMなど、ありとあらゆる技を駆使して、静止画をまるでアニメのように見せる場面も多く見られ、最早これはノベルゲームなのではなく、何十時間にも及ぶアニメーションなのでは……、と思うほど、画面を見ていて飽きることがない。
TYPE-MOON作品の演出技術は、2012年に発売されたPCゲーム「魔法使いの夜」の頃からノベルゲームとしては一線を画すほどであったが、「月姫 -A piece of blue glass moon-」では更にもう一段階……否、二段階も三段階も進化を遂げていると言っていいだろう。
もちろん同じイラストをアップで見せたり、引きで見せたりすることで印象を変えている場面も多いが、どのように見せればこのシーンをもっとドラマチックに出来るか、最大限に練られているのだと感じる。
このアニメーションのような演出だからこそ一層楽しめるのは、バトルシーンだ。元々バトルシーンこそTYPE-MOON作品の醍醐味とすら言えるほど重要な要素で、「月姫 -A piece of blue glass moon-」では原作よりもバトルシーンがボリュームアップしている(他の箇所も充分ボリュームアップしているのだが)。
多数の差分イラストとエフェクト、演出は、“人間ではないもの”や“通常の人間を超えた能力をもつ者”らの常識とはかけ離れたバトルを描くに相応しい迫力で、この場面だけでも「月姫 -A piece of blue glass moon-」をプレイする価値あり、と断言したくなる。
「月姫 -A piece of blue glass moon-」では基本的にセリフはフルボイス化されているため、AUTOモードにしておくことでほぼアニメを見ている感覚でプレイできてしまうし、作業用BGVにすらなり得てしまうのだが、本作の魅力はボイスで語られている部分だけではない。むしろ文字情報でしか得られない箇所にこそ、奈須氏の魅力がぎゅっと詰まっているのだ。
さらに、現在の場面を視覚から得られやすい点や、文章の配置による見せ方の工夫は小説ではなかなか味わえるものではなく、(デフォルトでは)自身でボタンを押して読み進めるまで次の文章が出てこない、という点も含めて、これはゲームならではの体験と言える。
そう、本作はいくら“アニメーションのよう”と言っても、道中の選択肢次第でバッドエンドになることもある、紛れもない“ゲーム”である。物語の主人公である志貴は、プレイヤーの分身ではない。志貴には、しっかりとした人格・性格付けがされており、プレイヤーが感情移入をしながら進めていく物語ではない。だが、志貴の運命を握っているのは、紛れもないプレイヤー自身だ。だからこそ、絶対の自信を持って選んだ選択肢によって、無情のバッドエンドが訪れてしまうこともある。
……しかし、バッドエンドを迎えることでしか見れないシナリオがあると知ったら、その時プレイヤーは、本当に正しく志貴を導けるだろうか? その隠しシナリオ的な存在が、「おしえて!シエル先生」のコーナーだ。
先生に扮したシエルと、三頭身のネコアルクが、本編とは違ったノリでバッドエンドになってしまった理由を教えてくれるという、ヒントコーナー。ゲーム本編はシリアスな展開が続くので、ほっと一息抜けるギャグ満載のコーナーとも言える(そしてネタキャラ全開のネコアルクが、やりたい放題のコーナーでもある)。中には「まず全てのバッドを回収する、話はそれからだ」というファンもいるほどなので、本編だけではなくこの「おしえて!シエル先生」も色々と探してみてほしい。
原作と違っている点を、前作を知っている視点で比較
本作は、原作の「月姫」から大幅なボリュームアップがされている。先程もボリュームアップについて触れたが、実際どれくらいボリュームアップしたのかというと、原作ではひとりのヒロインのルートを大体5~6時間ほどで読み終えられたのに対して、今回はひとりのヒロインだけで(ボイスをほぼ飛ばさず)約20~30時間ほどとなる。
ノベルゲームという特性上、読むスピードによってプレイ時間に差がつきやすい上に、前作はボイスがなかったため単純な比較はできないが、約4~5倍ほどのボリューム感と言っていいだろう。
その分、本作に収録されているのはアルクェイドとシエル、2人のヒロインのみで、原作にあった秋葉、翡翠、琥珀ルートは収録されていないので、注意してほしい。
アルクェイドとシエルは共にキャラクターデザインがかなり変わったものの、あくまで外見に現代風の変化があるだけで、性格などは変わっていない。むしろ、原作よりも深く内面が描かれているので、これまで以上に愛着が湧くのではないだろうか。
またキャストも一新し、全ての役の声優が変わっているのだが、新キャストのボイスにもすぐに馴染むことが出来た。
さらには、「月姫 -A piece of blue glass moon-」だけのオリジナルキャラクターも登場。恐らく原作を知らなければ、このキャラクターたちが新キャラクターであることすらわからないほど、自然と溶け込んでいる。なお、新キャラクターたちはシナリオの内容を大きく変えているわけではなく、よりシナリオに膨らみを持たせる存在だったりするようだ。
舞台設定も近年を想定したものとなっており、背景などもかなり現在に近いものへと変わっているが、これについてはむしろ普通であるとも言える。例えば志貴は携帯電話を持ち歩いているし、父親の死もそもそもはネットニュースで知ったというが、「今の時代ならこうなるだろう」というような修正のため、全体的に自然さが増した。
細かい変更点は多々あれど、その詳細は自身の眼で確かめてほしい。中には、他のTYPE-MOON作品を知っていると驚くようなものもある。
「月姫」の魅力とは
改めて、長い間奈須氏の作品に触れてきた筆者が思う、「月姫」という作品の魅力を語りたい。
可愛い女の子たちとの、きゃっきゃうふふ(?)も良い。戦闘シーンがカッコいいのも確かだ。モチーフ自体は“吸血鬼”という昔からある題材ながら、そこから更に深く広げた独創性、そして文章そのものにも引き込まれる力がある。だが、それだけではない。奈須氏の作品には、様々な形で「生と死」、「善と悪」が深く描かれている。
「月姫」では、志貴の力を持ってしてもなかなか殺せないほど強大な力を持つ真祖の吸血鬼アルクェイドと、死徒と呼ばれる吸血鬼すら殺す力を持っている人間の志貴、そしてアルクェイドとは徹底的に立場を逆にするシエルなど、様々な立場からその死生観、善悪が描かれる。
アルクェイドが口にする「イフの話って好き」という言葉は、彼女の立場を知れば知るほど深くプレイヤーの心に刺さるはずだ。その“イフ”は、ただの“もしも”ではない。吸血鬼であることや、アルクェイドが他の吸血鬼を倒す理由、その在り方に触れた時、初めて彼女が語る“もしも”に、どれだけの“生”が詰まっているかを知る。
そして志貴はアルクェイドに寄り添った時と、シエルに寄り添った時とで、揺れ動く。その意見は、志貴が想い人のことを考えてのことならば、非常に納得できる。
苦しみながら生きること、苦しみから解放されたいと望むこと、楽しく生きるということ、安らぎの死、悲しみの死。善と悪。奈須氏は「月姫 -A piece of blue glass moon-」の中でも、様々な立場からそれを描く。原作よりも一層、その密度は増したように感じた。
氏が描くその死生観や善悪には、激しく同意を覚えるファンもいる一方で、理解できないプレイヤーもいるだろう。だが本来、死生観や善悪とは個人の主観によって大きく異なるものであり、原作から約20年という時を経ることで、筆者も様々な場面にて当時とは違う印象を抱く部分もあった。
ただ、それは「月姫」という作品やキャラクターの根底が変わったのではなく、約20年の月日によって筆者自身の考え方に変化が生じたことによるものだろう。だからこそ、当時とは違った新たな気持ちで、本作の文章を自身の中に落とし込むことが出来るのではないだろうか。
もしも理解できない部分があろうとも、それが本作を否定する理由にはならない。奈須氏が描く世界には説得力があり、受け入れられずとも「そういう考え方もある」と感じられる流れになっており、それはきっとプレイヤーの考え方や生き方を広げてくれるものになるはずだ。
「そんな大げさな……」と、思うなかれ。TYPE-MOONの作品がここまで社会現象的なものを引き起こしたのは、その世界観が多くの人に刺さったからに他ならない。もちろん、その功績は奈須氏ひとりのものではなく、TYPE-MOONというクリエイター集団があってこそ成し遂げたものだろう。
TYPE-MOON初心者でも、充分楽しめる!
前項でも軽く触れたが、TYPE-MOONの世界観は基本的に「平行世界」ということである程度共通の設定があるため、「月姫」も他作品と設定が連動している。具体的に本作と世界観を共有している代表的な作品は「空の境界」、「Fate」シリーズ、「魔法使いの夜」、そして「月姫」を題材にした格闘ゲーム「MELTY BLOOD」シリーズなどが挙げられる。
これらの作品で共有されている主だったところとして、魔術師が使う“魔術”と、魔法使いと呼ばれる極少数の者が使う“魔法”には明確な違いがあり、その時代の人類の持ちうる技術で再現できるものが“魔術”、実現不可能な出来事を可能にするのが“魔法”だ。魔術師達の最終目的は根源に到達することだが、本作では魔術と魔法についてはそこまで詳細を知る必要はない。
“蒼崎”は魔術師の一家で、姉の橙子は「空の境界」で両儀式と行動を共にし、妹の青子は「魔法使いの夜」の主人公であり、現存する4人の魔法使いの一人。魔術師も吸血鬼とは敵対するため、真祖の姫であるアルクェイドは当然のように青子のことを知っている。
そして、“真祖”。真祖とははじめから吸血鬼であった存在で、いわゆる人間が思い描く吸血鬼とは異なっている。真祖には基本的に弱点はないが吸血衝動があり、真祖に血を吸われた者が“死徒”と呼ばれる人間が思い描く典型的な吸血鬼となる。真祖や死徒が大半を占める作品は多くないが、その単語はTYPE-MOON作品の端々に登場する。
また、吸血鬼など“異端”の排除を目的とした聖堂教会は、長年の作品を通じてその都度様々な内情が掘り下げられているが、本作内でも教会の役割についてはしっかり語られているので、安心してほしい。ただ、教会関連者はほぼ全作品に登場するため、教会のより深い話は様々なTYPE-MOON作品を知るとより一層楽しめるだろう。
……と、並べてみたが、誤解のないように述べておくと、共通要素というのは「TYPE-MOON作品内にて、ほぼ同じ意味合いとして使われている設定」や平行世界の出来事であり、例えば「月姫」の世界に志貴と式が同時に存在しているとは、語られていない。それでも「月姫」にも「空の境界」にも、蒼崎姉妹は存在する。
つまり「月姫」は他作品の続編というような扱いでもなければ、「月姫」の世界で聖杯戦争が行われているわけでもない、ということだ。そのため本作はTYPE-MOONを全く知らなくても充分楽しめる内容で、他の作品を知っていればもっと楽しい、という程度に捉えてもらえれば幸いだ。
派生作品の多さに「まだTYPE-MOONに一作も触れられていない」という人もいると思うが、「月姫 -A piece of blue glass moon-」はTYPE-MOON初心者にもオススメの内容となっているので、まずはこの一作だけでもぜひ触れてみてほしい。