スクウェア・エニックスが2022年5月12日に発売を予定しているPS5/PS4/Nintendo Switch/PC(Steam)用完全新作ミステリアドベンチャーゲーム「春ゆきてレトロチカ」(Steam版は2022年5月13日発売予定)。本作のキーパーソンである二人に、話をうかがった。

目次
  1. 場合によっては2ケタ違う!?実写作品の開発費
  2. そもそも“新本格ミステリ”とは?
  3. 「100年にわたる物語」は実写でやるからこそ、すごく価値がある
  4. バッドエンドでは俳優陣の貴重なアドリブ演技が見れるかも
  5. 推理する上では、物語を「しっかり見直す」ことも重要
  6. はるかと永司は開発段階ではひとりのキャラクターだったことも
  7. ひとつの作品で4回おいしい「マルチロールシステム」
  8. 登場人物が身にまとう“着物”に込められた強いこだわり
  9. 連綿と培われてきた“犯人当てミステリ”のおもしろさを味わってほしい

インタビューに答えてくれたのは、本作のディレクター・伊東幸一郎氏と、プロデューサー・江原純一氏。

伊東幸一郎氏 江原純一氏

“RPGの会社”という印象の強いスクウェア・エニックスで、完全新作のアドベンチャーゲーム、しかも珍しい実写作品を開発することになった経緯。大正・昭和・令和という3つの時代、4つの事件が絡み合う壮大な物語となった理由。「仮説」によって「論理の路(みち)」を繋げるという独特のゲームシステムや、ひとりの役者が時代ごとに異なる人物を演じる「マルチロールシステム」の魅力――。

さまざまな点について、これまでの情報では分からなかった部分まで、掘り下げてお聞きすることができた。本作を楽しみにしている方はもちろん、どんなゲームか少しでも気になっている方には、ぜひ最後まで読んでみてほしい。

場合によっては2ケタ違う!?実写作品の開発費

――伊東さんは現在フリーの立場ですが、これまでの経歴をうかがってもよいでしょうか?

伊東氏:もともとはチュンソフト(現スパイク・チュンソフト)で「428 封鎖された渋谷で」「トリック・ロジック」などのアドベンチャーゲームを作っていたのですが、その後、KONAMIで「METAL GEAR SOLID V」と「P.T.」に携わって、それからスクウェア・エニックスに在籍しました。

そこで「ファイナルファンタジーXV ロイヤルエディション」のDLCのシナリオを書き終えた頃に、本作の話を江原さんからうかがい、参加中にフリーになりました。

――ありがとうございます。スクウェア・エニックスで新規のアドベンチャーゲームを開発すること自体が珍しいように思うのですが、この企画の立ち上げの経緯や、伊東さんと組むことになった理由についても、うかがえればと思います。

江原氏:そもそも、僕はミステリがすごく好きだったんですよ。小学生の頃から児童文庫の「名探偵ホームズ」を読んでいて、高校以降は新本格ミステリと呼ばれるジャンルを知って読みはじめたり。

それで、「NieR:Automata」の開発がひと段落したときに、新たに企画を立てる機会があったんです。僕はミステリが好きで、伊東さんには過去にミステリ要素のあるアドベンチャーゲームを作られたことがあった。それで、一緒にミステリアドベンチャーを作ろうということになりました。ということでしたよね……?? 伊東さん。

伊東氏:はい。それにしても、よく実写の企画が通りましたよね。

江原氏:スクウェア・エニックスは寛容な会社なんですよね。さまざまな助言をしてこそくれ、「やめなさい」と言う人はひとりもいなかったんです。

――やはり実写の企画となると、制作費としてはスタンダードにアドベンチャーゲームを作るのと変わってくるのでしょうか?

江原氏:いやぁ、開発費は高かったです……。僕の知る、CGで作ったアドベンチャーゲームの最も安いケースと比べたら、2ケタ違いました。

――2ケタですか……。

伊東氏:余談ですけど、私がスクウェア・エニックスに入社したときに入ったのは「KINGSGLAIVE FINAL FANTASY XV」のチームだったんです。あの作品も凄いじゃないですか。そういうチャレンジにしっかりお金を掛けてくれる会社だからこそ巡ってきた機会だなと思います。

そもそも“新本格ミステリ”とは?

――先ほど“新本格ミステリ”という言葉が出てきましたが、「春ゆきてレトロチカ」も“新本格ミステリアドベンチャー”と銘打たれています。私含め、この“新本格”というのがそれ以前のミステリとどのように異なっているのか、よく知らない読者は多いと思うんです。

江原氏:そうですね。きっかけは講談社さんが打ち出した、綾辻行人さん以降の推理小説のプロモーションワードだったと僕は認識しています。ルールとしては、密室や、山奥にある館といった、いわゆるクローズドサークルなどを用いた古典的なミステリの手法に則った上で、新しいものを作る――それが新本格だったんじゃないかなと。伊東さんの見解も伺いたいところですが。

伊東氏:定義は人それぞれになると思うのですが、“本格”と呼べるようなミステリは100年ほど前からあったんです。その後、60年頃になると松本清張などによって“社会派推理小説”と呼ばれる作品が書かれていきました。

一時期そうした作風が席巻していったのですが、さらに時代が進むと、綾辻行人さんたちが、昔ながらの本格ミステリに回帰したような作品を発表していきました。かつての横溝正史や江戸川乱歩などの作風を蘇らせたんです。幻想的な舞台、クローズドサークル、特殊な舞台装置、独特の持ち味がある探偵像。そうした要素を取り入れた作品に“新本格ミステリ”というキャッチフレーズがついたということかなと思います。

江原氏:すべての作品に該当するわけではないのですが、「読者への挑戦状」みたいなものがある作品も見受けられますね。「ここまで読んだら犯人を特定できる情報はすべて手に入ったはずだよ。君にも解けるはずだから考えてみてね」みたいな要素を含んだ作品が、初期には多かった気がします。

ただ、新本格ミステリの定義って博識な方々の間で見解が割れることもあるので、若輩の私が説明するのは正直、分不相応です。でも「春ゆきてレトロチカ」は、多くの人が“新本格”だと納得してくれる内容になっていると僕は思っています。遊んだ結果、「なっていない!」と感じられたプレイヤーはこの言葉を持ち出した僕を責めてほしいです。

――なるほど(笑)。もうひとつ気になったフレーズが“フェアに作られたミステリ”という部分です。

伊東氏:「論理的に考えたら、犯行が可能なのはこの人ひとりだ」という唯一の人物を特定できる、謎解きがフェアにできるミステリーということです。たとえば「この人は被害者を殺しそうな因縁があるなぁ」というような、動機でもって犯人を当てるといったものにはなっていません。しっかりと犯行に至るロジックを紐解くことで「この人しかいない」という人物を突き止められる――というのが“フェアに作られたミステリ”という言葉には込められています。

動機を重視したお話が好きな人もいると思うのですが、このゲームの場合、謎解きの部分は現実的なロジックで、答えを導き出せるようになっています。その上で、「なぜその人は犯行に及ばなければいけなかったのか?」という部分もしっかり明らかになります。ロジックで謎を解きたい人も、動機にまつわるドラマを楽しみたい人も満足できる作りにはしています。

――個人的には最初にこのフレーズを聞いたとき、解決編で突然オカルト的な要素が出てくるとか、そういう展開を否定するための目配せのような意味合いもあるのかなと思ったのですが。

伊東氏:わざわざこのフレーズを打ち出しているのは、まさにオカルトや超常現象が関わるミステリではないことを伝えたかった意図もやはりあります。というのも、このゲームには鍵となるモチーフに“不老の果実”っていうものがあるんです。これはいわばファンタジーの装置ですよね。

「こういう装置があるということは、ゲームとして謎を解く上でも、何でもありな発想が必要になってくるんじゃないか?」という風には思われたくなかったんです。“不老の果実”という突飛な設定は使いつつも、ミステリとしてはしっかりロジック立てて答えを導き出せるというのは、改めてお伝えしたいです。

「100年にわたる物語」は実写でやるからこそ、すごく価値がある

――物語については、「100年にわたってくり返されてきた殺人事件」という設定が目を引きますが、この設定にはどういった意図があったのでしょう?

伊東氏:当初は現代劇にしようと思っていたんですよ。ただ、グローバルで販売することを考えると“エキゾチックな日本”というものを打ち出したほうがいいだろうという話になったんです。時代を越えた連続殺人という題材も作り手として挑んでみたいと思いましたし、100年前の大正時代から続く4つのエピソードにすることが決まりました。

江原氏:今回、実写でゲームを作るということで、それなら「実写でやる意味」を持たせないといけないと思ったんです。

大正時代を描くって、CGやアニメでやるなら実写よりはハードルが低いはずなんですよ。ゲームとして大正時代を実写で表現するというのは“本気感”を感じてもらいやすいし、良いものになれば成果としてすごく価値がある作品になります。実写で、本気でゲームを作る上で、「100年にわたる物語」というのは、とても良いハードルだと思いました。

伊東氏:いまにして思えば「現代劇にしておけば良かった」と思う瞬間もありましたけどね(笑)。

江原氏:まぁそうですね。いやホントに……(苦笑)。

伊東氏:苦労はしましたが、100年前といまを繋ぐストーリーにしたからこそできたミステリ的な仕掛けももちろんありますし、江原さんが言っていた“本気感”みたいなものもしっかり出ています。

――Netflix製作のドラマ「全裸監督」をプロデュースした、たちばな やすひと氏が撮影プロデューサーだけでなく、シナリオディレクターとしても開発に参加していることも話題です。たちばな氏は、シナリオの構想段階からガッツリ関わっていたのでしょうか?

江原氏:そうですね。当初から3人で議論して作っていきました。

――たちばな氏が参加したことで、普段のゲーム開発とは異なっていた部分はありましたか?

江原氏:ゲームの開発現場にもいろいろな制作順序があるので一概には言えませんが、システムなどよりも先にシナリオのテーマを話し合ったのは、初めてのケースでした。ゲームは遊びの部分から作るのが順当であると考える開発者が大半でしょう。シナリオのテーマから決めていくと、もっとも大切なゲームのコアと矛盾しかねないですから。

「春ゆきてレトロチカ」でもやはり、途中でそうした矛盾は起こりました。でも、ちゃんとした形にするために、そのこじれている場所をほぐしていった結果、最終的にシナリオのテーマはきちんと生き残ったんです。そのテーマはまだ詳しくは明かせませんが、たちばなさんが得意とする“大人向けのドラマ”としての要素です。

トレイラーを見ていただけた方には、これまでの実写ゲームと少し違う雰囲気は感じていただけたのではないかと思っています。

バッドエンドでは俳優陣の貴重なアドリブ演技が見れるかも

――「仮説」を作ることで、「論理の路(みち)」を繋げて真実を導き出すというゲームシステムは、組み合わせのパターンが膨大になりそうな印象を受けました。

伊東氏:プレイヤーは「この手がかりはどういう意味を持っているだろう?」というのを、「仮説」を立てて検証していきます。「こう考えられるんじゃないか? いや、こういうふうにも考えられるな」と、いろいろな可能性を、実際に試していくことができる。それが「仮説」です。ハズレもあれば、もちろん正解もある。

そして「この仮説と、この仮説と、この仮説を組み合わせれば、筋が通るぞ」というのが一本の“路(みち)”になって、その先に真相があります。いろいろな「仮説」を立てるための手掛かりは、問題の中に散りばめられて、決まっています。なんでもかんでも「手がかり」になって、とんでもない量の「仮説」ができるわけではなく、ゲーム側でもある程度絞り込んでいるので、物量がめちゃくちゃ多いわけではないですね。

ただし、微妙にハズレみたいな、上手いこと騙そうとしてくる仮説も用意しているので、プレイヤーの方には悩みながら試行錯誤をしてほしいですね。

――微妙に間違っている「仮説」を提示した場合、「このあたりが違ってるんじゃない?」みたいに、ゲーム側で正解に導いてくれるようなものになっているのでしょうか?

伊東氏:そうですね。「解決編」では容疑者たちを集めて、推理を披露していくんですけど、「仮説」が選択肢としてプレイヤーに提示されるんです。ハズレの選択肢を選んだときは、ハズレの展開になって「もう一度やりなおし」になるんですが、そのときに「何が間違っているのか?」というのは、容疑者たちによる反論の形で示されるようになっています。

「これでは、消去法で絞り込むには不十分なんじゃない?」とか、「この理屈だとこっちの人が犯人の可能性も残っているから、もっと考える必要があるよ」みたいなことは分かります。

――サウンドノベルなどのアドベンチャーゲームですと、選択を間違うことで到達するギャグっぽいバッドエンドが用意されていたりしますが、そういった要素も……?

伊東氏:ちょろちょろと(笑)。

江原氏:ゲーム的にはバッドエンド扱いではありますけど、役者さんたちがアドリブでおもしろいことをしているシーンを、見れることがあります。正しい展開ではない分、割と自由にやってもらっているので、「ちょっとキャラ変わってるじゃん!」みたいな(笑)。

伊東氏:だからといってパラレル展開に突入するとか、そういうことはないです。あくまでプレイヤーには「あなたのいまの推理は、こういう理由で、こういう風に間違っているよね」というのを提示して、リトライのモチベーションになるようにしています。

やっぱりロジックを積み重ねて答えを導き出すというのは、難しいことではあるんですよ。作っている側としても、そこはサポートしたかったので、バッドエンドも含めてロジックを補強するような物語にしました。

「あなたは宇宙人です」と推理して、「ハハハ、よく分かったな!」と正体を現すみたいなことをやると、推理のヒントにはなりませんから。「もっとこういうところに注目してみるといいかも」みたいなことが分かるバッドエンドにはなっています。マルチシナリオ・マルチエンディングを楽しむゲームではなく、あれこれと迷いながらたったひとつの真相を見つけ出すタイプのゲームです。

推理する上では、物語を「しっかり見直す」ことも重要

――昨今は、アドベンチャーゲームにセーブやロード、スキップ機能などの快適さを求めるユーザーも多いと思いますが、この辺りはいかがでしょう?

伊東氏:基本的にはオートセーブで、細かいチェックポイントごとに記録されていく形ですね。どこかのフラグを立て直さなきゃいけないから、別のセーブデータを持ってきて……みたいなことをする必要はありません。「仮説」の検証を積み上げていけば、クリアに向けて進んでいけるので、ひとつのセーブデータでじっくり遊んでいただくことができます。

――「ここから先はルートが分岐してしまうので、引き返せません」みたいになっているのではなく、ひとつのデータでさまざまな可能性を試していけるということですね。

伊東氏:プレイヤーのしたことがすべて無駄にならないようなゲームデザインにするのは、最初から決まっていました。そこに細かくセーブしてくれる機能が加わったことで、ストレスなく遊べるようになったと思います。

江原氏:システムまわりはだいぶ快適になりましたよね。ムービーのスキップも気軽にできます。一度観たものは、5秒先に飛んだり、早送りしたりといったことが可能です。

伊東氏:バックログもあるので、気になった台詞はすぐに確認できます。

――手掛かりが揃っていれば、「問題編」を改めて見る必要はないのかなと思ったのですが、再確認する機能が充実しているということは、推理する上で結構重要な要素なのでしょうか?

伊東氏:そうなります。しっかり物語を見直すということが、このゲームではかなり重要になってくると思います。そのために「推理編」では、改めて「問題編」を見直す再生機能が使えるんです。手掛かりを眺めているだけで、真相が分かるとは限りません。犯人がポロッと喋った言葉が、最大のミスだったりするんです。そのミスを切っ掛けに、「こういうことを言ったということは……そうか、分かった!」と、頭の中で推理がひらめく。謎だけ、手掛かりだけ、仮説だけ、ではなくて、シーンもしっかり見直して、謎を解いていってほしいですね。

はるかと永司は開発段階ではひとりのキャラクターだったことも

――異なる時代に起きた4つの殺人事件が絡み合っている、同じ役者さんが別の人物を演じているなど、物語の構造としても、ゲームシステムとの絡みとしても、複雑なものになりそうな印象ですが。

江原氏:そんなに複雑ということはないですよ。

伊東氏:基本的に、各エピソードが独立した犯人当てミステリになってはいるんです。その物語の中に、謎が隠されている。事件そのものが大きな謎の手掛かりだったり、ちょっとした小さな手掛かりが散りばめられていたり。それらが、現代で解決すべき大きな謎を解く手掛かりになっているんです。そうした大小さまざまな手掛かりを、自然なものとして物語の中に入れ込むという部分は、大変だったところではありましたね。

江原氏:ひとつ言えるのは、「複雑でよく分からない」と思われてしまったらそこで終わりなので、そうならないように気をつけてシナリオや演出を調整していったというのはあります。通しでチェックして、「結末がこうなるなら冒頭はこうしなきゃいけないよね」と言って修正するみたいな往復作業を、憶えていられないくらいの回数やっています。

その過程で、メインの主人公を男性キャラクターにするか、女性キャラクターにするかというのも4回くらい変わっているんです。プレイヤーのゲーム体験が最も良くなるケースはどうだろうかと探った過程で、いまは男女ふたりに分けている役割を、ひとりのキャラクターに集約していた時期もありました。

――最終的にメインの主人公になったのは桜庭ななみさん演じる「河々見 はるか」ということになるのですよね?

江原氏:そうです。平岡祐太さんが演じている「四十間 永司」とのW主人公ではありますが、はるかの視点で物語は進んでいきます。

伊東氏:たちばなさんの得意とするテーマを際立たせることと、ゲーム的な満足感を両立させた結末を目指す中で、そういった試行錯誤を繰り返しました。

桜庭ななみさん演じる「河々見 はるか」
平岡祐太さん演じる「四十間 永司」

ひとつの作品で4回おいしい「マルチロールシステム」

――役者さんのことも教えてください。撮影現場での役者さんたちの様子で、印象に残っていることはありますか?

伊東氏:今回「マルチロールシステム」という、時代ごとに、同じ役者さんが役割を変えて別の人物を演じるというシステムになっています。同じ役者さんでも、演技は口調から何から違いますし、衣装も変わってくるわけです。それを役者の皆さんはおもしろがってくれました。人によっては着物も何着も着てもらっているのですが、それも好評で。

――同じ役者さんでも、全然違う人物像を演じているんですね。それぞれの役者さんの、いくつもの演技の引き出しを見ることができそうで楽しみです。

江原氏:4つのエピソードで、役者さんたちがそれぞれに違った表情を見せてくれるので、ひとつの作品で4回おいしいと言いますか。

現代編で「四十間 了永」という恐いお父さんが出てくるのですが、そのお父さんが若い頃の姿で、昭和時代にも出てきたりとか。一方で、昭和で若い了永を演じている役者さんは現代編でまた別の役を演じているんです。それが物語的にも意味があるものになっています。これもまさに先ほど話した“実写にする意味”のひとつですね。

まったく違う人物を演じているのもおもしろいですが、ちょっとした変化を演じている場合もあります。たとえば100年前の大正では事件が2つ起きるのですが、桜庭ななみさんは、この2つの事件では同じ「四十間 佳乃」を演じています。佳乃はこのとき、学生を卒業して、大人になる時期なんです。前半の事件ではまだ学生で、袴を着ているんですけど、後半の事件では少し大人びた姿で現れます。

こういった変化も、実写だからこそおもしろいものになったと思います。CGでやってもモデルの使いまわしにしかなりませんから。このアイデアを発案したのは伊東さんですが、正直言って天才の発想です。

マルチロールシステム

伊東氏:実写ならではの“微妙な役の使い分け”は今回、本当に見どころですよ。物語は令和の時代から始まるので、プレイヤーの皆さんが最初に出会うのは現代編の登場人物たちです。「この人はこういうキャラクターなんだな」と捉えると思うんですけど、別の時代の話が始まると、同じ役者さんが意外なキャラクターを演じていたりするんです。

見ていて不思議な感じがすると思いますし、ミステリ的にもおもしろいんです。「この人、別の時代では被害者を演じていたなぁ……ということは、また被害者ってことはないんじゃないの?」とか、いわゆる“メタ推理”をしていただくのもおもしろいんじゃないかなと。

登場人物が身にまとう“着物”に込められた強いこだわり

――先ほど俳優さんたちの衣装のことも話題に上りましたが、Twitterをチェックしてみると、着物デザイナーの斉藤上太郎氏が本作に関わっているということで告知をしていました。役者さんたちのコーディネートは斉藤氏が行っているのでしょうか?

江原氏:着物に関してはそうですね。洋装はまた別のコーディネーターさんがついています。着物はすべて斉藤上太郎さんにご提案いただいて、こちらでチェックしたものを役者さんに着てもらっています。ほぼご提案いただいたとおりですけどね。上太郎さんにお願いすることになった発端は伊東さんが提案してくれた1枚の写真なんです。

伊東氏:ネットで斉藤さんのファッションショーを拝見したことがあって、すごくカッコいいと思いまして。

江原氏:最初に伊東さんが「主人公像はこういうイメージです」と持ってきたその写真が上太郎さんの手で作られた着物だったんですよ(笑)。それをずっと「めっちゃカッコいい!」と話していて、じゃあ駄目もとでお声がけしてみようと。連絡したところ、すぐに「おもしろい!」と言ってくださって。

「ゲームの資料が欲しい」といっていただけたので、すぐにお送りしました。上太郎さんはそれを読み込んだ上で、コーディネート案を作ってくれたんです。

――では各キャラクターの設定などもガッツリ読み込んだ上で、そのイメージに合ったコーディネートをされているんですね。

江原氏:しかも僕ら、だいぶややこしいことをお願いしているんです……。本作はキャストごとにテーマカラーが決まっているんです。桜庭ななみさんだったら紫色で、松本若菜さんだったら若草色。筒井真理子さんは深緑。そういったテーマカラーまでコーディネートに取り入れていただきました。

――すごく丁寧な仕事ぶりですね……!

江原氏:ほかにも、大正編で平岡さんが演じている謎めいたキャラクターがいるんですが、このキャラクターは、現代編で平岡さんが演じている永司と同じ柄の着物を着ていて、でもカラーバリエーションが地味に異なっているんです。若干やわらかい色をしているくらいの違いで、映像を観ても気づいてもらえないかもなぁと思いながらも、時代の違いを表現したかった部分なんですね。

少しでも実写とゲームを繋げていくために細部までこだわりました。たとえば桜庭さんが大正編で演じている四十間佳乃の帯の模様は、ヘックス(六角形)状なんですが、これは「論理の路」のインターフェースに使われているヘックスに合わせたものです。このヘックスは、脳細胞のメタファーであり河々見はるかを象徴するシンボルともいえます。

あとは、平岡さんが演じるキャラクターの着物には“流紋”という、川の流れを表現する模様があるんですけど、同じ柄が、ゲーム中に行われる灯篭流しにもそのまま使われており、そこに意味もあります。本気で実写ゲームを作るためとはいえ、かなりわがままをいいました。

――それは衣装とゲーム内のデザイン、どちらが先だったのでしょう?

江原氏:もともと上太郎さんの着物にあったデザインをゲームに取り入れたものもあれば、「ゲームの要素がこうだから、これを衣装に落とし込みましょう」とやりとりして決めたものもあります。上太郎さんは何度も案を出してくれて、完璧に対応いただけました。

――実際にある着物の柄に合わせてゲーム内のデザインを決めたりしていったということですよね? すごいですね……。

江原氏:上太郎さんは千葉の東金っていう、けっこう遠い撮影現場にも来てくださって……あと昭和のエピソードでカメオ出演もしていただいています。本当に一瞬だけですけど。

――ロケ地も、大正や昭和の風景として違和感のないところとなると、見つけるのに苦労しそうです。

伊東氏:横浜の“クリフサイド”という老舗のナイトクラブがありまして、昭和感の残っている、素敵なクラブなんです。修善寺の新井旅館は明治期に建てられ、文人に愛された風情ある建物です。そういった場所をロケ地として使わせていただきました。

江原氏:ゲーム中そのまま使っているかというとそんなことはなくて、かなり施工で手を加えさせてもらっていますけどね。

伊東氏:ロケ地をそのまま使っている部分もあれば、建物の中にセットを組んで、このゲームのために用意したものもあります。実際にロケ地にあるものを、シナリオに反映させていくということもしましたね。

連綿と培われてきた“犯人当てミステリ”のおもしろさを味わってほしい

――最後に、本作に期待を寄せているゲームファンにメッセージをお願いします。

江原氏:このインタビューは、Nintendo Directでの発表後の初のインタビューになるので、まずお伝えしたいこととして、僕が期待していた以上に好意的な反応をしてくれた非常に多くのゲームファンに、まずお礼を言いたいです。実写のゲームを好ましくないものとする方がもっと多いのではと不安を覚えていた気持ちは正直、ありました。

でも蓋を開けたら、楽しみにしているという反応が本当に多くて。しかも、新本格ミステリの火付け役だった綾辻行人さんまでツイッターで反応してくださっていて。ゲーム業界関係の方ですと、小島秀夫監督(コジマプロダクション)や松山洋社長(サイバーコネクトツー)、小高和剛さん(トゥーキョーゲームス)など、錚々たる方々からの温かいお言葉をいただけて感謝の気持ちしかありません。

好感を持って受け止めてくれた方々の期待を、裏切らないゲームを届けたいと思います。制作スタッフ一同、しっかり作ってくれているので、引き続きご期待いただけると嬉しいです。

伊東氏:「春ゆきてレトロチカ」は“犯人当て”というジャンルのミステリです。この“犯人当て”というのは、ゲームの舞台にもなっている100年ほど前、江戸川乱歩の時代から日本で連綿と培われてきたジャンルです。そのおもしろさを多くの方に楽しんでほしいですね。

映像の尺は8時間半ほどありまして、映画で言えば4~5本分くらいのボリュームです。林ゆうきさん監修の楽曲がそれらのシーンを美しく彩っています。じっくりと味わって、遊んでいただければと思います。

――プレイできる日が楽しみです。本日は、ありがとうございました。

春ゆきてレトロチカ

スクウェア・エニックス

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  • 発売日:2022年5月12日
  • 12歳以上対象

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  • 12歳以上対象

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  • 12歳以上対象

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  • 発売日:2022年5月13日
  • Steam

※メーカー発表情報を基に掲載しています。掲載画像には、開発中のものが含まれている場合があります。

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