「御簾納直彦ミステリィ 篝火ノ屋敷」第6回は、1996年6月にセガより発売されたセガサターン用ソフト「月花霧幻譚 TORICO」を紹介します。

私は世界観のある作品が好きだ。
世界観が高いレベルで完成されている作品であれば、そのほかの要素が荒削りだったとしても、私にとっては些細なこと。映画にしても音楽にしても絵にしても、あらゆるジャンルにおいてその考えは変わらない。
今回紹介するセガサターン用ソフト「月花霧幻譚 TORICO」は、世界観の素晴らしさにおいて高い評価を受けている、現在においてもコアなファンを持つインタラクティブ・シネマだ。
本作のストーリーは、記憶を失った青年・フレッドが己を探し求めて、作品の舞台である「霧の街」を探索していくというもの。霧の街は空が紅色に染まっており、得も言われぬ妖しさを感じさせる。
さらにこの街は、独裁者のゴードンという男に支配されており、街の人々もゴードンに服従を誓っている。そして、その感情は実にさまざま。ゴードンを慕っている者もいれば、快く思っていない者もいる。霧の街の中で、あらゆる感情が渦巻いているのだ。フレッドは、そんな街の人々とのコミュケーションを通じて、色々なことを想いながら行動する。
私が「月花霧幻譚」で感心したのは、キャラクターの背景にしっかりと人間性が描かれているということ。本作は15年以上前の作品なので、今プレイしたら、グラフィックやモーションなどに古めかしさを感じてしまうと思う。
しかし、キャラクターのセリフ一つ一つにこだわりを持って書かれていたり、先の展開を期待させるストーリーの秀逸さ、そして作品から溢れ出る完成された世界観などは、今プレイしてもまったく色あせない。昨今のゲームにはあまり見られない作風なので、むしろ新鮮に映るかもしれない。
また、音楽の素晴らしさも、見逃せないポイントとして挙げておきたい。霧の街とマッチした妖しくもどこかもの悲しいサウンドは一聴の価値あり。筆者的には、オープニングでフレッドが牢屋から抜け出して、街に飛び出した冒頭シーンの曲が特に気に入っている(おそらくほとんど人が同意見だと思う)。サウンドトラックが発売されていないのが実に惜しい。
本作には、思わずホロリとしてしまう人間ドラマがちりばめられているのも特徴である。愛娘を失った男性や、幼い子供と共に暮らす花屋の女将さん、街の医者など、そこには確実に人々の生活があり、ドラマがある。プレイヤーはフレッドを通して、街の人々の心情に触れ、霧の街を理解していく。
世界観の良さという地盤があり、そこにドラマが加わる。インタラクティブ・シネマも結構な数の作品が存在しているが、本作はその中でもかなり高水準の作品であると断言したい。大げさだと言われるかもしれないが、立派な芸術作品だと思っているくらいだ。
本作が発売された1996年はゲーム機の性能が飛躍的に向上し、ゲーム製作者が作家性をゲーム内に注ぎ込める環境が整ってきた頃だ。「月花霧幻譚」は、そんな時代だからこそ産み落とされた作品ではないだろうか。
私はこの作品に出会えたことを感謝しているし、もっとたくさんの人に知ってほしい。残念ながら現行機には移植されておらず、配信などの予定もされていないだろう。そのため、現状で本作をプレイするにはセガサターンを買ってもらうしかない。しかし、それだけの価値がある作品だと私は思っているので、本稿を読んでぜひプレイしてみたいと思った方はぜひセガサターンを購入して、「月花霧幻譚」の世界を堪能してほしい。
(C) SEGA
※画面は開発中のものです。
本コンテンツは、掲載するECサイトやメーカー等から収益を得ている場合があります。













































