2022年8月23日~25日にわたって開催された「CEDEC2022」。本稿では24日に行われた講演「シリアスゲーム最新事情 ~ 一般的なゲームと相互越境する現代のシリアスゲーム」のレポートをお届けする。

登壇者は東京大学准教授でゲーム学習論を研究、「シリアスゲーム」、「ゲームと教育・学習」などの著者である藤本徹氏と、アトリエサード所属、ゲームジャーナリスト・シナリオライターの徳岡正肇氏。

講演のおしながきは以下のとおりだ。

・「シリアスゲーム」の基本的定義と代表的事例
・シリアスゲームムーブメントの展開とその後
・シリアスゲーム分野のこれまでに得られた知見と近年の変化
・近年(2014~)におけるケーススタディ

シリアスゲームの成り立ち、そしてこれまで

講演の前半は、藤本氏が担当。かれこれ20年ほどシリアスゲームを研究している藤本氏は、まずこの分野をよく知らない人のために「シリアスゲーム」の基本的定義と代表的事例についての紹介を行った。

シリアスゲームとは「社会の諸領域の問題解決のために開発・利用される(デジタル)ゲーム」のこと。社会科学の研究者であるクラーク・アプトが1970年に発表した「Serious Games」という著書で登場した概念だという。

アメリカにあるウッドロー・ウィルソン国際研究センターが2002年に開始した「シリアスゲーム・イニシアチブ」プロジェクトによりこの言葉が脚光を浴び、普及の切っ掛けになった。

「シリアスゲーム・イニシアチブ」プロジェクトは、以前から存在した教育分野へのデジタルゲーム技術の利用を超えて、公共政策や経営課題など、社会の重要課題への応用を明確に打ち出し、新たなゲームの開発だけでなく、既存のゲームの用途開発、それらのためのコミュニティの形成も行うものになっていたとのこと。

シリアスゲームの概念が普及した初期の代表的な事例は、「シムシティ」の大学版と言える大学経営シミュレーションゲームの「Virtul-U」(2000年)、米国陸軍が新兵募集用に開発したFPSの「America's Army」(2002年)、国連食糧計画が開発した食料援助活動体験ゲームの「Food Force」(2005年)など。

市販ゲームを利用したシリアスゲームの例としては、アメリカのウエストバージニア州が「ダンスダンスレボリューション」を学校での体育の授業や、健康増進のための課外活動に導入した「DDRプログラム」が挙げられる。これ以降、フィットネスゲームやリハビリ用のゲームなど、ヘルスケアへのゲーム活用の事例は世界中で展開されることとなる。

また、教育機関などと「シムシティ」の開発元であるエレクトロニック・アーツが協力して設立したGlassLab(グラスラボ)が学校教育コンテンツとして提供した「SimCity EDU」も、市販ゲーム利用の代表的な事例だという。

こうしたシリアスゲームの登場により、それまでバラバラに行っていた他業種とのコラボレーションが、ひとつのまとまったコミュニティでやりやすくなったとのこと。資金や人材の動きが活性化するなどのメリットがあったようだ。

そうしてかつての教育ゲーム、ビジネスゲームなどを集約する形で2000年代にムーブメントとなったシリアスゲームだが、その後は再び、社会的課題の分野などによって細分化していくことになる。

ヘルスケアの分野では「Games for Health」、社会活動にゲームを取り入れる「Games for Change」、人々に変容をもたらすゲームという意味の「Transformational Games」、日本ではゲームのUI(ユーザーインターフェース)を家電や社会のシステムに転用する「ゲームニクス」といった概念も提唱された。

これらの流れは2010年代になると「ゲーミフィケーション」という言葉となって再び普及し始めている。これは人々の行動をゲームの力で変えていこうといった概念だ。

CEDEC2007で藤本氏が講演したときは、ニンテンドーDSの脳トレ系ゲームの大ヒットや、Wiiで発売が迫っていた「Wii Fit」などにより、シリアスゲーム事業への参入や資金提供への関心が強まっていた。「わざわざシリアスゲームと言わなくてもゲームがシリアス(真面目)なものとして社会で認識されている」状況だったわけだ。

このときの講演で50件ほどのシリアスゲーム事例を紹介した藤本氏だが、その大半はすでに提供を終了。とくにAdobeのFlashが2020年にサービス提供を終了したことで遊べなくなったゲームは多かったとのこと。

また、シリアスゲーム開発のスタートアップ企業は、他企業によって買収された企業もあるものの、一部は事業を継続しているという。

シリアスゲームを取り巻く状況がは大きく変わってきているが、一方で2000年代に始まったシリアスゲームの作品コンテストは定着し、現在も行われているとのことだった。

“シリアスなテーマのインディーゲーム”の旺盛がシリアスゲームに質的変容をもたらした

2021年に至るまでのシリアスゲーム関連研究の進展については、教育分野の査読付き論文数を集計してみると、2010年代中盤からゲーミフィケーション、それから「game-based learning」と呼ばれる分野に関する研究が大きく伸びているが、シリアスゲームについても定着しているというのが示されている。

2010年の時点で藤本氏がまとめた「シリアスゲーム開発の7つの失敗要因」では、ゲーム開発についてよく分かっていない人が過大な期待や少ない予算で参入し、上手く行かなかったケースなどを紹介している。開発者のニーズやスキルとのミスマッチなどもあったという。

これらを踏まえて「なんでもゲームにすれば良いというものではない」という知見が生まれたことで、例えば「ゲームの要素を部分的に取り入れたアプリ」を作るなど、ゲームの活かし方を評価方法も含めて検討するといった成功率を上げる方法が分かってきている。

ここまで紹介してきたシリアスゲームを取り巻く状況の変遷に加え、エンターテイメントとして開発されたゲームで、戦争や心の問題などを扱う「シリアスなテーマのゲーム」が増え、これらが社会的な影響を持つといった「シリアスゲームの質的変容」も見られるとのこと。

これを象徴する例として、ゲーム販売プラットフォームのSteamにて、先ほど紹介した「Games for Change」に該当するゲームのコンテスト「G4C Award」が行われており、「Papers, Please」、「ライフ イズ ストレンジ」、「This War of Mine」、「フィンチ家の奇妙な屋敷でおきたこと」、「Never Alone」、「Walden, a game」などのゲームが評価されていることを紹介。

ここで挙げた内容については、後半の徳岡氏の講演パートの内容にも通じることになる。

ポーランドにおけるゲームの社会的地位にとって大きな一歩となった「This War of Mine」

ここからは徳岡氏が担当する後半部。シリアスゲームの新しいフィールドにおける顕著な作品として、以下の3タイトルに関するケーススタディが行われた。

・「This War of Mine」(11 bit studios)
・「Attentat 1942」(Charles Games)
・「ComBat Vision」(ComBat Vision games)

最初に紹介したのはポーランドの11 bit studiosが開発、2014年にリリースされた「This War of Mine」。先ほど藤本氏からも名前の挙がった、インディーゲームとしては比較的有名なタイトルだ。「G4C Award 2015」ではBest Gameplayを受賞している。

兵士ではなく一般市民を主人公とした戦争サバイバルゲームである本作。当然彼らは戦う力など持っておらず、もし人を殺したら、心に傷を負ってしまう。そうした人々が極限状態でどのように生き延びていくかというのがゲームシステムで表現されている。

シリアスゲームとしての興味深い動きとしては、2020年にポーランド政府が本作を学校推薦図書に指定した事例がある。ゲームが政府によって推薦図書に指定されたのは世界初。これはポーランド首相のマテウシュ・モラヴィエツキ氏が「若い人たちにとってゲームは本を読むのと同じくらい、さまざまな状況に想いを馳せさせる力がある」との考えから行った施策なのだとか。

エンターテイメント作品として作られた本作が、そのメッセージ性の高さや実際の戦争へのリサーチを反映したゲームデザインから優れた教育的効果があるとして、このような評価を受けるというのはシリアスゲームという概念の拡張を示す分かりやすい例と言えそうだとのこと。

加えて、「This War of Mine」はボスニア・ヘルツェゴビナで起きたサラエヴォ包囲をモチーフとしているが、ポーランドのワルシャワ蜂起も踏まえたゲームであるというステートメントがモラヴィエツキ首相から発せられており、これはポーランドのゲーム文化において大きな意味を持っているという。

徳岡氏は本作を手掛けた11 bit studiosの開発者とカンファレンスに登壇したことがある。このとき開発者に、身近な題材であるワルシャワ蜂起を本作のモチーフにしなかった理由を尋ねたところ、開発時のポーランドでは、国内で極めて重要な意味を持つ歴史上の出来事を「遊び」であるゲームの題材にするのは、保守本流の人々からの風当たりが強い雰囲気があったと説明。

そうした状況を経て、ワルシャワ蜂起を踏まえたゲームであるという首相直々の宣言に至ったというのは、ゲーム文化の社会的地位にとって大きな一歩だったということなのだ。

次に紹介したのはチェコのCharles Gamesが開発、2017年にリリースされた「Attentat 1942」。ゲームシステムはわりとオーソドックスなポイント&クリック型アドベンチャーゲームだが、第二次世界大戦中に起きたハイドリヒ暗殺事件を題材としているのが大きな特徴と言えるという。

ゲーム内のビジュアルも、コミック調の演出があるかと思えば実写映像のパートもあるなど、なかなか印象的なものになっている模様。

先ほどの「This War of Mine」とは異なり、本作は歴史学習用のゲームとして開発された、もともとのシリアスゲームの定義ド真ん中のタイトル。開発に対して政府からの支援も行われているのだそう。G4C Award 2018でBest Learning Gameを受賞したほか、前身タイトルである「Czechoslovakia 38-89: Assassination」も受賞歴がある。

本作にはゲーム内容的にも重要なポイントがたくさんあるが、今回のテーマ的にいちばん重要なのは、本作が「Czechoslovakia 38-89」というプロジェクトの一貫として制作された点にあるという。「Czechoslovakia 38-89」はチェコスロバキアの膨大な歴史をトピックごとに切り取りそれぞれをゲーム化するという、世界的に見ても非常に野心的なプロジェクトなのだとか。

開発チームはもともとCharles University(カレル大学)とCzech Academy of Sciences(チェコ科学アカデミー)の混成チームなのだが、後にCharles Gamesとして独立し、チェコ語以外の英語、ロシア語、ドイツ語でもプレイできる「Attentat 1942」としてリリースしたという経緯がある。

結果として本作はシリアスゲームとしてのみならず、エンターテイメントゲームとしても高く評価されており、シリアスゲーム開発のチームがエンターテイメントゲーム開発会社として成長していくというなかなか珍しく、興味深い事例でもあるとのこと。

「ごっこ遊び」サポート用に開発したシステムが、負傷兵救助システムに

徳岡氏が最後に紹介したのは2015年にリリースされた「ComBat Vision」。ここまでに紹介した2作と違い、ゲームファンで認知している人はほとんどいないだろうとのこと。

その開発はゲームそのものではなく、「LARP」(Live Action Role Playing game)という遊びをサポートするシステムとしてスタートしたのだという。それが2014年にウクライナで勃発したドンバス戦争に伴い、負傷兵の救助活動支援システムとして改変され、2015年4月にリリースされたという経緯がある。

そもそもLARPとはなにかというと、簡単に言うとテーブルに縛られずに遊ぶTRPG(テーブルトークRPG)のことなのだそう。「ごっこ遊び」として衣装や舞台に注力する場合もあるそうだ。

このLARPの事例の中でも非常に凝った「ごっこ遊び」を行ったものとして、徳岡氏は2016年にWhite Wolf社が開催した、ポーランドのお城を借り切ってのLARPの模様を紹介。

そうそう無いものではあるが、ここまで大掛かりなイベントも開催されるほど、とくにヨーロッパではLARPが巨大市場になりつつあったとのこと。もう少しカジュアルに遊べるものとして、イギリスでは「ハリー・ポッター」のホグワーツ魔法学校を体験するLARPがヒットしたこともあるのだそう。コロナ禍に入って縮小傾向にはあるものの、2014~2016年頃には非常に注目されていた遊びだったということだ。

このLARPをテーマに修士論文を書くほどにLARP好きだったベラルーシ出身のYaraslau I. Kot 博士は、LARPそのものではなくこの遊びに対する支援システムの開発・販売に着手。これが「ComBat Vision」の原型となるわけだ。

博士がLARPの支援システムを作ろうと思った背景には、デジタルゲームからLARPへの流入などもあり、扱うデータがリアルタイムに人力で処理するのが困難な量になることも珍しくなかったことなどが要因としてあったと説明。そこで汎用的な管理システムを作ろうという着想で始まったとのこと。

LARPは現実空間で遊ぶため、ゲームデザイン・ゲームシナリオの制作も現実の地図をもとに行わなければならない。現実空間の利用を見越したシステムがあれば役立つ。

またLARPのプレイが始まると、参加者は散り散りになるため、「どの参加者がどこにいて、どんな情報を持っているのか」や「プレイヤーたちに接するアクターたちがどのプレイヤーにどういったリソースを渡したのか」などのゲームの状況・リソースの配分を一括管理できれば便利だ。

このように純粋な遊びのサポート用として開発していたシステムだったが、そんな中、2014年にウクライナでドンバス戦争に繋がるマイダン革命が起きる。このときウクライナ軍が直面した問題の中には「負傷兵の救出の難しさ」があったという。

本人に現在の正確な位置情報を聞き出すのが困難であったり、市街戦ではGPSによる追跡も正確性に欠けるし、故障もあり得る。複数の情報を突き合わせて負傷兵の居場所を推定、一括管理するシステムが必要ということになった。

この管理ができれば、医療部隊が派遣された情報をみんなで共有し、医療リソースが偏ってしまうといった問題の解消にも繋がる。こうしたニーズが、絶妙にLARP支援システムの要件と一致を見せたのだという。

かくしてLARP支援システムは、戦争時に兵士たちの命を救う「ComBat Vision」へと生まれ変わり、ウクライナ軍が正式採用することとなった。その後、電波状況や、軍隊の通信ネットワークとの相性といった部分の改良が続き、サポートツールとしてブラッシュアップされていったとのこと。

これはかなり極端な事例ではあるものの、ゲームのプレイヤーは現実世界に存在するのだから、プレイヤーをサポートするということは、社会的なアクションにも繋がり得るということだ。そうした意図のある無しに関わらず、社会的課題の解決に利用される可能性は大いにあるのだと「ComBat Vision」は示唆している。

その後、藤本氏と徳岡氏は現在の日本におけるシリアスゲームの研究開発について補足。日本では海外と比べると、アナログゲームに対するシリアスゲーム的な概念の導入が進んでいる側面があるという。

こうした「アナログシリアスゲーム」のゲームジャムが開催されていたり、アナログゲーム即売会である「ゲームマーケット」でも該当するゲームを扱っている人が増えているのだそう。

加えて、徳岡氏のケーススタディに対する藤本氏による補足も行われた。「This War of Mine」や「Attentat 1942」の事例は、シリアスゲームよりも広い意味を持つ「エンターテイメントエデュケーション」と呼ばれるエンターテイメントメディアの教育利用に近い取り組みとしても考えられるとのこと。

すでに小説などは国語の教科書に載っているが、同様に優れた人の心を動かす作品が教育メディアとして位置づけられる流れになっているとの見解を示した。

「ComBat Vision」については、この事例のような軍事利用に繋がるケースは日本では生じづらいが、海外では従来から軍事研究の助成金でゲーム開発を行うという事例がシリアスゲームの流れで行われてきている。

CIAが使っている研修用ボードゲームが話題になったり、米軍が2015年に導入したブレインストーミングツール・TRPG・ウォーゲームをミックスしたような「マトリックスゲーム」と呼ばれるものがあるなど、この分野をチェックしていたら見逃せない動きは無数にあるのだとか。

「ComBat Vision」は災害救助などへの転用も現実的にあり得るとし、戦争用であるというだけで見ないふりをするべきではないといった見解を共に示した。

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