8月23日から25日にわたってパシフィコ横浜にて開催の「CEDEC2023」。本稿では8月23日に行われたセッション「アラブ諸国のゲーム市場・産業、2023年の現状と将来 ~何故サウジアラビアは日本のゲーム会社の株を買い、ゲームに5兆円超を投資するのか?~」のリポートをお届けする。
講演を行ったのは、ルーディムスの代表を務める佐藤翔氏。ルーディムスはコンテンツビジネスのコンサルティング会社で、佐藤氏は10年以上の中東市場の調査経験を持ち、今年の2月にサウジアラビアの3都市にてゲーム開発者向けの講演も行っている。
近年、サウジアラビアのゲームビジネスへの巨額の投資が注目を集めているが、背景には何があるのか。佐藤氏が豊富なデータと現地での経験に基づいて、サウジアラビアや中東諸国のゲームビジネス事業の現状、中東の企業や団体と適切な協力関係を作るための考え方などについて語った。
サウジアラビアの国家戦略のもとゲームビジネスに注力
まずはサウジアラビアのゲームビジネスへの投資の現状と、その背景について解説を行った。近年、サウジアラビアのゲーム産業への投資が活発化しているが、その中で主要なプレイヤーとなっているのがMiSKとPIF(Public Investment Fund)という組織だ。
MiSKはサウジアラビアの皇太子であるムハンマド・ビン・サルマーン氏が設立した財団だ。傘下企業が「キング・オブ・ファイターズ」シリーズなどで知られるSNKを買収し、日本でも大きなニュースとなったので、ご存知の人も多いだろう。やはり子会社のひとつであるManga Productionsも日本のアニメ、マンガ、ゲームに力を入れており、名作ロボットアニメ「UFOロボ グレンダイザー」を原作としたアクションゲーム「UFOロボ グレンダイザー:たとえ我が命つきるとも」をフランスのMicroidsと共同で発売することを発表している。
もう一方のPIFはサウジアラビアの政府系ファンドだ。2020年よりゲーム会社の株の取得を開始し、2022年に子会社のSavvy Games Groupが世界的なeスポーツ組織であるESL Gamingを10億ドルで買収。2023年4月にはモバイルディベロッパー兼パブリッシャーとして知られるScopelyを49億ドルで買収するなどの活発な活動が目立っている。こちらも取締役会長はムハンマド皇太子で、やはり王族が深く関わっているのだが、佐藤氏によるとMISKとは違う目的で動いている組織だそうだ。
MiSKとPIFの系列以外にもさまざまな団体が活動しているが、そられも多くが政府系の組織や教育機関などに属していて、国策のもとにゲーム産業に関わっているという。非常に多くの組織が同時並行で動いており、そうした背景を踏まえておけばサウジアラビアの企業や政府機関と付き合う際に、よりスムーズに話を進められるとのことだ。
直接ゲームに関係してはいないが、ゲーム産業に高い関心を寄せている企業も存在するという。代表的なのがサウジの巨大都市計画を担当している「NEOM」で、デジタル分野でさまざまな提携関係を持つことを考えており、実際にゲーム会社と話をしているそうだ。このように政府や大企業など、多数の組織がさまざまに絡みながらゲーム産業の発展に力を入れているのが、サウジアラビアの興味深いところだと佐藤氏は分析していた。
これらの活動の背景にあるのがサウジアラビアの国家としての戦略だ。2016年にサウジ政府は国の成長戦略として「サウジ・ビジョン2030」を発表。このプロジェクトは石油以外の産業にも手を広げ、雇用を促進していくことを大きな目標としていて、先述したさまざまな組織の活動も長期的な国家戦略に則ったものと認識すべきと、佐藤氏は指摘した。
ゲーム産業に特化したものでは、2022年9月に「国家ゲーム・eスポーツ戦略」が発表されており、そこにはゲーム開発やeスポーツなどの分野で86ものテーマが掲げられていたという。さらに、サウジのゲーム産業全体のKPI(重要業績評価指標)として、「サウジをeスポーツイベントのもっとも有力な拠点とすること」、「2030年までにサウジ拠点のゲームスタジオから30以上のタイトルをトップ300に入れること」などの4つの目標が挙げられていたそうだ。
そうした国家戦略に沿って出されたのが、PIFがゲーム産業に約5.5兆円を投入した巨額の投資戦略だ。おもな投資先はSavvyのゲーム開発への支援やゲームパブリッシャーの買収などだが、その中で250社のゲーム会社を設立して39000人の雇用創出を目指すことなどを目標として掲げており、やはり雇用の拡大が大きな目的のひとつになっているそうだ。
日本との二国間協力の基本戦略も用意されているという。2017年3月に発表された「サウジ・日本・ビジョン2030」がそれで、「娯楽とメディア」の部分でゲーム産業についてはっきりと言及していることから、企業レベルだけでなく政府レベルでも日本のゲーム産業に協力を求めてくるだろうと佐藤氏は予測。実際、サウジのゲーム産業を育てるためのいろいろな協力関係がすでに進められているとのことだ。
規模の大きさに目を奪われがちなサウジアラビアの活動だが、このように「サウジ・ビジョン2030」という国家レベルの戦略が根幹にあり、国の政策の基でさまざまな団体が動いているという整然とした構造になっているという。しかも、これらはオープンソースの情報で誰でもチェック可能になっているので、そうした情報を事前に踏まえ、彼らの目的に沿う形で日本の側から提案していけば、話がかみ合うのではないかと佐藤氏はまとめた。
サウジアラビアのゲーム産業の傾向や市場の規模
次に、サウジアラビアのゲーム産業の構造について、サウジアラビアの50~60のゲーム開発者にインタビューしたデータをもとに解説。これによると、開発しているゲームジャンルはナラティブドリブンなものが一番多いようだ。ちなみに、「ナラティブ」とはプレイヤー自身が読み取っていく物語のことで、「ナラティブドリブンなゲーム」はオープンワールドなどの自由度の高いものを指すことが多い。
サウジアラビアではFPS、サッカー、レースゲームなどが人気の傾向にあるというが、開発しているのはこういったナラティブを重視したもので、ここが「すごく面白い」と佐藤氏は語る。また、プラットフォームのデータも非常に興味深いもので、市場ではPC向けのゲームがもっとも規模が小さいのだが、サウジの開発者が志向しているのはPCのゲームがもっとも多いそうだ。
もっとも大きなゲームスタジオとされているのがSteer Studios。Savvy Games Groupが所有しているスタジオで、名称もSuvvy Game Studioだったが,数日前にこの名前に変更されたとのこと。また、日本とよく似ているところとして、個人で活動している開発者も非常に多いことを挙げ、サウジ政府がそうした個人の開発者をサポートできるかがカギになるのではないかと分析していた。
では、どのようなゲームが作られているのか。代表的なタイトルが「Abo Khashem」で、リヤドの一区画を舞台にしたRPGのようなゲームだそうだ。日本人の目線では少し変わったゲームに見えるが、佐藤氏はいわく「すごく面白かった」とのこと。また、「Barrah Alsalfah」というモバイルゲームも100万ダウンロードを達成しているという。そのほか、ビットサミットにも出展されたパズルベースのアドベンチャー「A Cat's Manor」、宇宙人が人間を誘拐した数を競う「Neblas Lasso」など、変わったアプローチのユニークなゲームが多いようだ。
気になるアラブ諸国のゲーム市場規模だが、中東・北アフリカで40億ドル(約5800億円)となっており、10年前に比べて約2倍に膨れ上がっているとのこと。これはサウジアラビアをはじめとする中東諸国がゲーム産業に力を入れている証拠で、市場規模はさらに大きくなっていくだろうと予測していた。
サウジの市場規模はその約半分にあたる18億ドル(約2600億円)で、プラットフォームではモバイルが半分以上を占めているそうだ。家庭用も比較的大きな市場で、現状ではPCがもっとも小さいが、先述の開発者の傾向からこちらもだんだん大きくなっていくだろう。ちなみに、アラブ圏でもっとも大きい市場はサウジアラビアで次にUAE、だいぶ差があってクウェート、オマーン、カタールなどが続くと佐藤氏は語った。
アラブ圏にローカライズしたほうがよい理由
続いての話題はアラビア語への対応について。佐藤氏もアラビア語は難解だと語るが、アラビア語対応のタイトルはどんどん増加しており、最低でも字幕やインターフェースレベルでは対応するようになってきているという。そのため、「アラブ圏にローカライズすべきか」と問われたら、「やったほうがいいと答える」と佐藤氏は語る。
もちろん、アラブ圏にゲームを出すリスクもあるが、アラブ圏で出さなかったりアラビア語に対応しなかったりするリスクのほうがむしろ大きくなっているという。実際、とあるタイトルがアラビア語に対応していなかったために炎上しかけた事例もあったそうで、今後アラブのマーケットがさらに大きくなっていけば、そうした事態を引き起こす可能性も高まっていくことを覚えておくべきと佐藤氏は忠告した。
インフラの状況に関する話題も。驚くことにサウジアラビアは通信に関する政府機関が、ダウンロード速度などのレイテンシーを4半期ごとに調べてレポートを出しているという。「他の国でそんなことをやっている事例は思いつかない」と佐藤氏も話しており、それだけeスポーツを行う上での遅延の解消を重要視しているのだろう。モバイルの通信速度も極めて速く、決済口座の保有率も7割を超えているとのこと。ただ、クレジットカードの保有率は25.4%とあまり高くないため、クレジット以外の決算手段もなるべく用意しておくべきだろうと語っていた。
また、「マインクラフト」やホラーゲームなどの実況で人気を集めているストリーマーもいて、かなりの影響力を持っているそうだ。中東諸国でおもに使われているSNSはWhatsappやInstagramなど。国によって多少人気に違いがあったり、使えないSNSがあったりするが上位の顔ぶれはほとんど同じとのことだ。
サウジアラビアの人気ゲームと日本のコンテンツの展開
サウジアラビアで人気のある日本のコンテンツも紹介された。同地ではいろいろなアニメ関連のイベントが実施されていて、アニメカフェなども増えていることから過当競争になっており、最近では質が重要視されるようになっているそうだ。
では、どんなコンテンツが人気なのか。90年代以前に海外に売られた日本のアニメは、現在も年齢を問わず幅広い層に人気があり、とくに「キャプテン翼」と「UFOロボ グレンダイザー」は絶大な人気を誇っているとのこと。ただ、近年は2010年代以降の新しいアニメも若い層を中心に支持を集めているそうだ。
一方、1990~2000年代の作品は質の高いものが多いにも関わらず、相当コアなファンでなければ知らない空白期になっているという。そのため、この時期の作品の関連商品だけを集めてもビジネスにはなりにくいと現地の人も話していたそうだ。
「Gamers8」をはじめとするゲーム関連イベントも数多く行われていて、増加傾向にあるという。さまざまなイベントが開催されているので、ぜひ実際に行ってみて、いろいろな人と話してみていほしいと、佐藤氏は語る。それは、ひとりの人と話すだけでは得られる情報が偏ってしまうからで、特に中東はその傾向が強いそうだ。そのため、こうしたゲームイベントを通じて幅広い人脈を作ることを推奨していた。
そんなサウジアラビアの人気ゲームだが、「フォートナイト」や「PUBG」などのおなじみのものがほとんどで他のアラブ諸国と嗜好性にさほど違いはなく、「エルデンリング」などの日本のゲームも現地でレーティングを取って販売されているとのことだ。また、eスポーツもアラブ全体で盛り上がってきていて、「EVO2023」ではUAEのアングリーバード選手の活躍が話題になった。サウジとしてもeスポーツを盛り上げるために高額の賞金をかけており、それによって選手がどんどん育ってきていると佐藤氏は述べた。
一方、サウジアラビアのモバイルゲーム市場は市場規模がだいたい4.3億ドル。人気があるのはハイパーカジュアルゲームで世界平均に比べて1割ほど高くなっているという。
ジャンルの特性でいうとSTGの人気は世界平均より高いが、RPGのシェアは低くなっているようだ。これはモバイル以外のプラットフォームでも同じで、RPGがニッチなジャンルになっているので、逆にここを攻めているサウジの会社もけっこうあるとのこと。また、カジノ系のゲームが前年から売上を伸ばしていることも合わせて紹介された。
家庭用ゲーム市場では、王族系のグループが運営していてソニーの代理店を務めるmodern electronicsが有名。そのほか、任天堂の代理店であるShas Samurai、サウジアラビアで一番大きなゲーム専門店であるTOKYO GAMES、日本でいうツタヤやゲオ的なメディア複合店のJARIR BOOKSOREなどが元気で、元ゲーム専門店の販売員の自分としてはちょっとうらやましいと、佐藤氏は笑った。
PC、モバイルでは、Savvy Game Groupが保有しているVOVというゲームカフェがサウジで最大の規模を誇っているそうだ。そのほかにもWizzoというアラブ圏全体をカバーするファンコミュニティツールやeスポーツのマッチングツールであるPlayheraなども出てきていて、こうしたところと接触すればユーザーの獲得などについて面白い話ができるのではないかとのこと。また、通信キャリアもゲーム産業に相当力を入れていて、クラウドゲーミングやゲームのコミュニティサイトなどのサービスを行っているそうだ
また、サウジアラビアの審査制度にも言及。2016年に視聴覚メディア委員会(GCAM)という組織がレーティング制度を発表していて、その中で細かいレーティングが規定されているという。これらの情報は共有可能なので、興味のある方は連絡してほしいと佐藤氏は呼びかけた。また、Misk傘下の別組織がQayyemという親への助言を目的とした別のレーティング制度を導入しているようだが、この組織とGCAMがどのように関係にあるのかよくわかっていないとのことだ。
サウジ・アラブ諸国とうまく付き合っていくための心得
最後のテーマはアラブ諸国のゲームビジネスの今後について。まず、佐藤氏はゲーム産業の発展が、サウジという国の政策目標と深く結びついていることを理解しておくが非常に大事と改めてコメント。国の政策のもとで政府の公的団体や王族の財団、その傘下のゲーム会社などが動いているわけで、自分たちの提案がサウジの戦略にマッチしているか丁寧に分析した上で、ビジネスを持ちかけることが、長い関係を築くための重要なポイントではないかと述べた。
当然、彼らは韓国や中国といった日本以外の国とも活動も行っているが、一方で日本のゲームのファンが、サウジの政府関係者やゲーム会社にはトップも含めてたくさんいて、そこは追い風になるのではないかと予想。また、UAE、カタール、バーレーンといったサウジ以外の中東諸国も視野に入れておくべきとも語っていた。
よくあるトラブルとして挙げられたのが、急な管轄や担当者の変更、組織の改編など。こうしたことは中東では珍しくはなく、最近も担当者がほとんど替わってしまったことがあったそうだ。いきなりコミュニケーションが取れなくなる恐れがあるため、常に複数のコミュニケーションのラインを確保しておくことがとても大事と佐藤氏は指摘。役員クラスでもすぐに変わってしまい、コミュニケーションが断絶しがちなので、電話、メール、SNSなど相手の持つコミュニケーションツールにはすべて繋げられるようにしておくぐらいの対策を取っておいたほうがよいとアドバイスした。
そして、相手側の事情に振り回されないよう、「サウジ・ビジョン2030」などのサウジの戦略をきちんと理解して、その上で長期的な協力関係が作れるように提案していくべきと改めて説明。サウジアラビアはゲームの産業もマーケットも伸びてきており、日本の会社が投資を受けるチャンスも今後増えてくると思われる。しかし、目先の金額には捉われず、相手の戦略と合致していれば協力するという姿勢が重要だと重ねて強調し、講演を締めくくった。
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