ニクキューが配信しているiOS/Android用アプリ「禅とヘラブナ釣りと私」。先週は東京ゲームショウ2015、続いてシルバーウィーク。急激な静と動の訪れにより崩れた筆者のバイオリズムを、穏やかな気持ちで見つめ直す時間がやってきた。
ハァ……東京ゲームショウ2015、お疲れ様でした。今年もいっぱい注目タイトルが飛び出し、餌に群がる金魚のようにあれよあれよと釣られてきました。そして会期終了とともに、世間よりも一足遅く訪れるシルバーウィーク。そんな激動のお祭りの日々と、ちょっと買い物に出ただけの休日。
とはいっても、筆者は同じ編集部スタッフならびに同業者と比べれば、“最後まで余裕はなかったが、最後まで切羽詰らなかった”くらいのもの。あんまり楽勝ぶっていると社内の風当りが冷えてくるので、忙しかったアピールは欠かせない。ポーズを取るのは大事なことなのだ。
さて、年末もそろそろ顔を出してくるアンニュイな今日この頃、筆者はiOS/Android「禅とヘラブナ釣りと私」なるものを見つけた。本作はビジュアルとネーミングだけでもはやコンセプトを余すところなく伝えている気もするが、一応説明しておくと和風の釣りゲームである。
水墨画のように描かれた水面、そこに揺らめくウキを見つめ、魚が針にかかるのを待ち続ける――。操作とシステムの複雑化に抗うスマートフォンゲームの近況に対して、なんとも淡彩なことか。むしろ警鐘にも受け取れるが、勝手に政治的役割を押し付けるのはいかがなものなので、ここは“かじゅあるげーむ”と称しておこう。
ハァ……11月は「Bloodborne The Old Hunters」やりたいなーと思っていたら、「STEINS;GATE 0」に「モンスターハンタークロス」にと、数えるのも億劫なくらい遊びたい新作が差し込まれている。いかに積んで、崩すか……。そんなことをボンヤリと考えつつ、ただただ画面の湖面でたゆたっているウキを眺める。いわく、これが禅の時間らしい。
はて、禅とはいかなるものだったか。時間なのか行為なのか概念なのか? 考えるものなのか考えないものなのか? はたまた瞑想や座禅とは何が違うのか? この間にキーワード検索の一つでもすれば親切な百科事典がご教授してくれたのだろうが、無粋な知識は野暮とした。ここは我思うがままに禅してみるのが一興か。
ゆっくりと静かに凪ぐ水面は、時には抒情的な風景を、時にはコンクリートの壁面を思わせる。ヘラブナは姿を見せない。探しているのに見つからないその様子は、幕張メッセに前日入りした時、「どっかでAK100失くした…」と嘆く筆者の姿を思い起こさせる。ついでに会社のノートPCの電源も失くして絞られた。やはり、注意散漫な人に釣りは向いていないのだろうか。
時間に追われるどころか、最近は時間の先っぽを追っているかのように、忙しない常日頃。禅の何たるかの一端を掴み、心の余裕を生み出すことに縋りたいが、与えられること、教えてもらうことだけに執着してはいけない。簡単な道のりに学びを委ねてはいけない。きっとフナは筆者に、そういう心を教えてくれているのだ。
あっ、フナっ! 釣るっ!
ハァ……一つ目の巨人の顔はもう見たくない。別のゲームで周回プレイに侘しさを感じていると、スマートフォンの画面内で「爆釣の時間」が訪れた。これは魚を3匹連続で釣り上げると発生するらしい。説明書に書いてあった。
App Storeでは「うひょー、入れ食いじゃ」の文言で表現されている通り、辺り一帯に薄ぼんやりとした魚影が浮き上がっている。爆釣の時間にある時、プレイヤーは時間の許す限り、投げては釣って、投げては釣ってと、それまでの閑静を見返すほどの大漁を味わえる。
本作はこれまでの釣りゲーム市場が培い、歩んできた進化の道程を、素知らぬ顔で脇道に逸れている。釣った瞬間から魚の体力 vs 糸のテンションのバトルを始めるわけでもない、急に野生生物が襲ってくることもない、色彩豊かな自然の中でフィッシングを楽しむわけでもない。待って、引いたら、釣れる。ただそれだけに集約されている。
釣りという行為に目を付けたゲームは、能動的・体感的に遊べるゲームとして、画面の中に釣りを組み込んできた。対して本作は、得てして無駄になりがちな“待つ”という行為そのものをゲームデザインに落とし込み、さらに「わび・さび」という付加価値を付けて、作品に仕上げてきた。
この作りから創出されるセールスに関しては語る術を持たないが、挑戦自体は値千金。隙間時間に手遊びを提供するスマートフォンゲームならではの魅力を反故にし、隙間時間の新たな使用方法を提案している。これこそ隙間産業を狙い打つ、スマートフォンアプリならではの切り口といえよう。
レア度の高い魚を狙う、Twitterで友達と釣り場をシェアする、魚拓コレクションを集める等々……当然のことながら、本作は純粋な釣りゲームとして楽しむこともできる。ただ、今回筆者はつまるところ、このゲームに1週間の整理を委ねることにしたのだ。
忙しく過ぎた1週間を思い返すため、ちょっとした時間でリフレッシュしてみる。しかし、決してアプリ側に求め過ぎてはいけない。「禅とヘラブナ釣りと私」はあくまで“考えるための状況”を用意してくれるだけなのだ。贅沢な時間の使い方は、禅と釣りと自身から生み出すべし。
「AK100を失くしたからどうした!こっちはもうNW-ZX2を買ってやった!ザマミロ!」
1週間前の筆者に対する逆恨みも、おかげで癒えた。
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