アドベンチャーゲーム「The Longest Road On Earth」をレビュー。一般的な人たちのごく普通の日常を、美しい音楽に乗せて描いた作品。心へ静かに響くその魅力を紹介する。
「The Longest Road On Earth」は、Raw Furyから配信されているアドベンチャーゲーム。モノクロームのピクセルアートと美しいBGMが本作の特徴だが、それ以上にユニークなのが、一般の人のありふれた日常を描いた作品ということだろう。
もちろん、一般人が主人公というゲームはこれまでにも存在している。ただ、そうしたゲームでも、アクションの楽しさやストーリーの起伏を成り立たせるためには、システムであれ世界観であれ、何かしら非日常的な要素が必要だ。
これに対し本作が描いているのは、とことん日常。ご飯を食べたり、移動のためにバスや電車に乗ったり、仕事をしたり…。そう、我々が過ごす毎日とまったく変わらない日常なのだ。
ここまで読んで、「そんな作品がおもしろいのか?」…そう感じた人もいることだろう。ご安心あれ。一般の人の、ごく当たり前の、ありふれた日常を描いた本作はおもしろい。確かに派手さはないが、心へ静かに響く。そんな本作の魅力をこれから紹介していこう。ちなみに、本作はiOS版、Android版、SteamおよびEpic Games Storeで配信されるPC版が存在しており、今回筆者がプレイしたのはiOS版だ。
4人の登場人物の日常をナラティブに描くアドベンチャー
さきほど本作は、一般の人のありふれた日常を描いていると書いたばかりで恐縮だが、実は本作の主人公…のみならず、本作に登場するキャラクター達は、少なくとも外見上は人間ではない。動物を擬人化したようなキャラクターで、服を着て二足歩行するものの顔は動物。たとえるならギリシャ神話のミノタウロスのような姿なので、ファンタジーだったら種族はデミヒューマンだろう。
ただ、それはあくまで外見上の話。彼らは我々人類と同様、朝起きて食事をし、昼は仕事をして夜に寝て暮らしている。別に、何か動物に由来する特殊能力を使えるわけでもない。動物のような姿として描かれているのは、恐らく本作のテイストを守るためではないかと思う。本作が描いているのは確かにごくごくありふれた日常なのだが、そこから味わえるテイストは、非常にファンタジック。これこそが本作の魅力なのだ。
本作のファンタジックなテイストを支えている要素は大きく分けて3つ。ひとつは、モノクロームのピクセルアート。基本的に本作の背景はサイドビューで描かれるが、イベントシーンなどでは一枚絵で表示されることもある。いずれも非常に美しく、世界観に引き込む力を持ったアートだ。
2つめの要素はBGM。実はBGMは、本作の中で最も存在感を発揮している。本作はアドベンチャーゲームに分類される作品だが、一般的なアドベンチャーゲームのように謎解き要素があるわけでも、フラグ立てのお使いクエストがあるわけでもない。プレイヤーが本作でやることは、移動と探索。基本的には移動していれば物語は進行し、探索についても探索可能な表示が出たら画面をタップするだけでいい。それどころか、場合によってはただひたすら画面を見ているだけでOKというシーンもある。だからこそ、プレイにおいてBGMを聴くという比重が高いのだ。プレイしていて筆者は、ミュージックビデオを観ているようだと感じたくらい。
そして、最後の要素はセリフやナレーションがないという点。街中の看板や新聞記事など、一部の描写を除いて本作にはテキスト表現が登場しない。ゲーム中登場人物がどのような状況におり、何を考え、何を行っているのかはビジュアルとBGMからプレイヤーが感じ取らなければならない。いわゆるナラティブというやつだ。
ここまでの内容をまとめると、本作はキャラクターを探索ポイントまで移動させつつ、ビジュアルやBGMを通じてキャラクターの状況を感じ取るゲーム…ということになる。恐らく、ここで再び、「そんな作品がおもしろいのか?」と感じた人もいることだろう。が、本作はおもしろい。…いや、正確には本作を通じて「自分の記憶と向かい合う体験」がおもしろいのだ。
実はストーリーにおいて、「おもしろい」という感情の大部分は、ゲームや映画、コミックなどの外部からではなく、内部…プレイヤー自身の心からもたらされている。どういうことか?…たとえば作中に登場するシーンのひとつに「タンポポの綿毛が飛ぶシーン」がある。ここから「花が散る」といったイメージを連想すると、あまりポジティブな印象を抱かないだろう。「花が散る」というのは、「生命の最期」といった印象に繋がることから、ネガティブな印象に繋がりやすい。たとえば「桜が散る」という言葉は、受験などで結果が実らなかったということを示すネガティブなキーワードとして使われている。
ただ、「タンポポの綿毛が飛ぶ」というのは、「花が散る」というのは微妙にニュアンスが違う。「花が散る」場合、より具体的には「花びら」が散っている。もちろん、「タンポポの綿毛」も花びらではあるのだが、同時に「種子」だ。なので、そこには「生命の最期」とは真逆の「新たな生命の息吹」というイメージも見出すことができるだろう。そして、どんなイメージするかは多くの場合、その光景にどんな記憶が結びついているかによる。なので、「タンポポの綿毛が飛ぶ」という同一のシーンからどちらをイメージするかは、「その人の記憶次第」というわけだ。
本作はまさにこの、「自分の記憶」をガンガン呼び覚ましてくれる。なぜなら、描いているのがありふれた日常だから。そして、言葉がないから。ありふれた日常だから、我々がこれまで経験してきたシーンと重なる部分が非常に多い。電車に乗ってやることがない時間、店員としてお店でお客さんを待つ時間、のどかに過ごす休日の時間…。ああ、自分の人生でもこんなことあったな…と思うシーンが必ずあることだろう。
その上で、セリフがないからこそ、ゲーム内のシーンと自分の記憶とが強く重なる。多少なりともセリフがあれば、「自分も似たような経験しているけど、主人公みたいな考えは持たなかったな」など、ゲームと自分の記憶とのズレを意識してしまう可能性が出てくるだろう。しかしセリフがないので、自分の記憶がゲームとズレることはない。
本作で筆者が自分の記憶を呼び起こされたのは、赤ん坊を操作するシーン。まだハイハイしかできない赤ん坊を移動すると、部屋のコンセントが赤ん坊の目に入る。筆者がまずこのシーンで感じたのは「あぶない!」という印象。が、次の瞬間、自分がまだ子どものころ、テーブルの下へハイハイで潜ろうとして頭を打ち付けた記憶を思い出した。
現在44歳の筆者が何故そんな記憶を思い出したのか。その理由のひとつがコンセントのビジュアル。このコンセントは、下から見上げた構図となっている。コンセントはたいていどの家でも床付近にあるので、大人になってからコンセントを見上げることなど、そうそうないはずだ。では何故本作のコンセントが見上げる構図なのかといえば、ハイハイをしている赤ん坊の目線から描いたものだからだろう。だからこそ、子どものころの記憶が刺激されたのだ。
この記事を読んでいるあなたが本作をプレイしたとしても、コンセントのシーンをきっかけに子どもの記憶を思い出すとは限らないだろう。けど、それでいい。なぜなら本作は、主人公たちの日々の生活のシーンを通じて、自分の記憶と向き合う作品だからだ。作中で描かれるシーンは、一本のストーリーを牽引するためではなく、我々の記憶を呼び覚ますために置かれているといっていい。筆者はコンセントのシーンで子どものころの記憶を思い出したが、あなたは別のシーンであなた個人の記憶を思い出すことだろう。これこそが、本作の「おもしろい」ポイントなのだ。
ゆったりと流れる時間!人生を追体験するかのよう
いわば本作は、モノトーンのピクセルアートと美しいBGMを使って、人生を追体験するコンテンツといっていいだろう。ただ、こう書くと、「いや、自分の人生は結構嫌なことが多かったので、わざわざ追体験したくない」という人もいるかもしれない。けど、大丈夫。というのも、本作の雰囲気は美しいだけでなく、暖かく、優しい。まるで春の日差しのように。
なぜ本作の雰囲気が暖かく優しいのか。これは作中で、日常の中でもゆったりとしたシーンを切り取っているからだろう。乗り物に乗ってリラックスしていたり、テラスで本を読んでいたり、自転車で軽やかに移動していたり…。これらのシーンは一般的なゲームとして考えると「何もしていない」に等しい時間なのだが、本作にとっては何より重要といっていい。こうしたシーンが、自分の記憶の中でも安らぎを感じた想い出を引き出してくれるからだ。
また、「移動スピードの遅さ」もゆったりした時間を作るのに貢献している。本作は、一般的なゲームとして見た場合、「操作性が悪い」と感じるほど移動スピードが遅い。本作を「攻略」する気でプレイすると、恐らく移動スピードを不満に感じるはずだ。
けど、これは狙って作ったものだと筆者は考えている。というのも、この移動スピードがあるからこそビジュアルやBGMを味わう時間が生まれているからだ。この移動スピードなくしては、本作の持つゆったりした空気感は味わえなかっただろう。
それに、本作には「時間」を感じさせる表現が多く用いられている。そのひとつは、骨董屋らしき店舗内に置かれた多数の時計だ。これは完全に筆者の想像に過ぎないが、制作者は本作を表現するテーマのひとつとして「時間の流れ」をイメージしていたのではないだろうか。
アクションの楽しさや戦略性、ド派手な演出や起伏に富んだストーリーなど、一般的なゲームで味わえる「おもしろさ」は本作に存在しない。その代わりに味わえるのは、本作でしか味わえない、自分の人生を肯定的に振り返る、やさしい「おもしろさ」。だからこそ筆者は、あと数十年経ってから再び本作をプレイしたいと感じた。自分の人生を振り返るわけだから、きっと、44歳の今と、たとえば84歳になった時とでは本作の味わいが違うはずだ。そう思わせてくれる稀有なゲームなので、もし興味を覚えたなら、是非プレイしてみてほしい。
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