スマホゲームアプリ「ブルーアーカイブ -Blue Archive-(ブルアカ)」のメインストーリーの魅力を紹介する連載。第5弾は「カルバノグの兎編」。

目次
  1. SRTとしてのアイデンティティを守り抜く
  2. 「責任」とは何か

「あまねく奇跡の始発点編」の配信を挟んで展開された「カルバノグの兎編」。1章の配信開始から2章まで1年以上あいただけに、待ち望んでいた方も多いのではないでしょうか。幅広い切り口から語ることのできるエピソードですが、今回はSRT特殊学園に所属するRABBIT小隊隊長・月雪ミヤコにフォーカスしていきます。

SRTとしてのアイデンティティを守り抜く

「カルバノグの兎編」でこれまでのストーリーと明らかに異なるのは、メインキャラクターであるRABBIT小隊の面々の、先生への好感度が底辺であること。先生にとっても、ゼロからのスタートと言えるストーリーです。

もっとも、当初の彼女たちは先生に限らず、誰にでも強い警戒心を抱いています。というのも、SRT特殊学園が解散となり、ヴァルキューレ警察学校への編入を打診されたものの、彼女たちはそれを拒んでデモを起こしているからです。

ヴァルキューレへの編入を拒む理由はそれぞれ抱えているようですが、ミヤコの場合はヴァルキューレが嫌なのではなく、、SRTを去ることを拒んでいる様子。ミヤコはSRTの正義……すなわち「理にかなった正しい道理を守ること」に誇りを感じています。

SRT(Special Response Team)特殊学園とは、その名の通り特殊な任務に対応するためのエリートたちの学園。立場上、学校間の関係や利害に左右されず、時と場所を選ばず、相手が誰であっても同じ基準で正義を追求する存在です。ミヤコは、そんなSRTの生徒としてのプライドを持っています。だから、ヴァルキューレの生徒にはならない。

デモとして子ウサギ公園でキャンプ生活を送るRABBIT小隊ですが、その生活は厳しいもの。治安維持どころか、食料品を探し回っている毎日です。そんな折、豪雨がRABBIT小隊のキャンプを襲います。テントの支柱が倒れ、弾薬も通信機器もムダになってしまいました。

あまりの惨事に張り詰めた心の糸がぷつんと切れ、諦観を見せる空井サキ、風倉モエ、霞沢ミユの3人。しかしミヤコだけはどうしてもSRTであることを諦められません。いつ何時も変わらない正義を貫くという、彼女が大切にし続けてきた理想を、ミヤコは捨てきれないのです。

そんなミヤコが自身の理想を体現する機会が訪れます。それが、ヴァルキューレの公安局とカイザーコーポレーションによるリベート事件。ヴァルキューレが私企業と結託して不法行為を行おうとしている以上、正規の手続きでは解明しきれない問題です。すなわち、SRTしか介入することができない特殊な任務であり、これを解決することこそ、ミヤコをSRTたらしめる。青臭くも純粋な小隊長がSRTであり続けるためのチャンスとも言えます。

一方で、学園を離れてからというもの、ミヤコが指揮した作戦はすべて失敗しています。公園でのデモ然り、豪雨によるキャンプでの浸水然り。豪雨の件から先生に心を開き始めたミヤコですが、今度は「導くもの」として、自分と先生を比べてしまっているのではないでしょうか。

そんなミヤコに自信を取り戻させたのは、やはり先生でした。全部自分で背負わなくてもいい、仲間を信じようと言う先生。サキたちは、ミヤコにすべてぶん投げているのではなく、自らの選択としてミヤコを信頼しています。その信頼を信じたミヤコは統率力を発揮し、リベートの証拠をヴァルキューレから持ち出すことに成功するのでした。

SRTとしての名前と責務を守れていない現状に、ミヤコは自信を失くしていました。しかし、SRTにしかできない任務で、隊長である自分にしかできない指揮をもって結果を出した今、ミヤコは自分自身のことを紛れもなくSRTであると思えるでしょう。先生や隊員の助けを借りながら、理想を捨てなかったことで、彼女はSRTとしてのアイデンティティを守り切ることができたわけです。

1章のRABBIT小隊たちの姿を通じて描かれているのは、どんな状況であっても、自分の進む道をゼロからつくり上げられるということ。どん底にいながらも、ミヤコたちはSRTとしての矜持を保ったのです。

でも、それだけじゃ足りません。なぜならSRTとは、他人から与えられたものだからです。

「責任」とは何か

1章のキーワードを信念とするならば、2章のキーワードは間違いなく「責任」です。ストーリーの中心的人物のみならず、例えば中務キリノであったり、安守ミノリだったり、さまざまなキャラクターがひっきりなしに「責任」という言葉を口にするので、前半のうちにこれがキーワードと察した人も多いはず。

しかも、責任を既に背負っている者よりも、言うなれば責任を奪われた存在の方にスポットライトが当てられているように感じます。

象徴的なのが、RABBIT小隊の尊敬する先輩たちFOX小隊。彼女たちはSRT特殊学園復活のため、クーデターによって連邦生徒会長代行の座に就いた不知火カヤの「武器」であろうとします。

武器とはすなわち、自分たちで判断しないことで価値が生まれるもの。ゆえにFOX小隊は、恐怖政治を敷こうとするカヤのサーモバリック弾爆破任務の命をも受けてしまうのです。

学園復活の願いを胸に秘めながら、テロ行為とも言える任務を遂行しようとする七度ユキノたちFOX小隊。それに対峙するのが他でもない、ミヤコです。

彼女のこれまた一つの転機となったのは、SRTの軍事演習場を訪れた先生との会話。

「責任を負うというのは、自分の行動に後悔がないように、心の荷を解く、楽しいことじゃないとね。」

1章からミヤコは二度三度、自分のことを子どもであると表現しています。まだ先生に心を開いていない段階でさえ、「ただ無力なだけの子どもではありませんから」と言っている。このように自分のことを子どもと言うのは、辛い真実と向き合って、他人を疑いながら成長する大人の世界に身を置くことを不安がっていたからではないでしょうか。

しかし、前述した先生の一言で彼女の考えは変わります。「責任」という言葉が、行うべき義務を指すのは間違いありません。同時に、「責任」とは自分自身で選ぶことだとミヤコは理解したのだと思うのです。

ミヤコを変える言葉を口にした先生の態度も、1章から一貫しています。例えば、カヤにRABBIT小隊へヴァルキューレ警察学校編入を勧めてほしいと言われても「生徒たちが望まない進路を、強制することはできないよ」と一蹴。また別の、ニコとの会話シーンでも「生徒たちの夢を応援するのは、導く側の義務だから」と一言。挙げればきりがないほど、先生は生徒が自らの意志で選択することを尊重し、その選択を後押ししています。

これは過去のストーリーでも変わらないことですが、今回に関しては「責任」という切り口からその姿勢が描かれています。生徒たちが責任を負いにいく……つまり自身の手で選択するまで、ただただ見守る。そんな先生だからこそ、ミヤコはSRTとしての誇りを守っただけでなく、自らの意志で自分が歩む道を選択していくようになったのではないでしょうか。

さて、SRTの軍事演習場から先生を見送ったミヤコは、「自身の責任を果たしに行きます」と宣言。1章で見せた、どん底に沈もうとも失わなかったSRTとしての理想をここでも体現します。「市民の安全を脅かし、他者の権威に頼って延命するSRTなんて――SRTと呼ばれる資格などありません」。そう言って、FOX小隊の作戦を阻止するべく身を投じていく小隊長。その後のストーリーは、皆さんがご存知の通りです。

SRTはその強大な力ゆえに、自分たちの責任を自分たちで背負いきれない存在でした。だからこそ、メタ的に言えば、RABBIT小隊は強大な力という荷をいったん降ろされた状態から物語が始まっています。憧れを抱いたあの時から掲げ続けた理想を筆頭に、失ったものを一つひとつ手に取る中で、自分にとって本当に必要なものを選び取っていった。それこそが、ミヤコが果たしていった「責任」ではないでしょうか。

そう、これは「責任」を取り戻す物語なのです。

※メーカー発表情報を基に掲載しています。掲載画像には、開発中のものが含まれている場合があります。

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